先導者の加護
彼は視線だけで合図を送る。すぐに訓練された騎士たちが周囲を囲み、ゴルディアスの背後を塞いだ。
「な、何だ貴様ら! 誰が来いと命じた! 下がれ!」
ゴルディアスが怒声を上げるが、騎士たちは一歩も退かない。彼らの目には、もはや忠誠ではなく、覚悟が宿っていた。
ハルトは一歩進み出て、冷静かつ毅然と言い放つ。
「陛下、ここで退場していただきます」
民衆の怒りはすでに限界に達していた。長年の重税と独裁、そして極めつけは、民に慕われていた聖女レイアの不当な投獄――。それが火種となり、民意は一気に燃え上がった。そしてその流れを読み、機を逃さず動いたのが、他でもないハルトだった。
「これより、この私、ハルトが戦局を指揮します。異論がある者は?」
沈黙。宮殿を満たすのは、張り詰めた空気だけだった。
異を唱えたのは、ただ一人。
「ハルト……貴様、何を勝手な真似を……! ええい、この者を叩き出せ、早く!」
ゴルディアスが叫ぶが、その声にはもはや威厳も力もなかった。騎士たちは冷静に、静かに彼の腕を取り、抵抗を許さずその場から連れ出していった。
「やめろ、離せ! 余は皇帝だぞ、絶対の存在だ! 命令に逆らうなど万死に値する! 全員、処刑だ! 処刑だあああああっ!」
だがその声は、すでに誰の耳にも届いていなかった。
ハルトは民衆の支持を背景に、帝国上層部を動かし、計画通りにゴルディアス追放を実現したのだ。正義の心と、『先導者の加護』を備えた者にとって、それは必然とも言える結果だったのかもしれない。
そして、ハルトは即座に新たな命令を下す。
「全軍、リバティさんを支援してください。彼の指示に従って行動を開始します。これが――我々に残された、最後の戦いになるでしょう!」
その言葉が宮殿の天井を突き抜けるように響いた。兵士たちの表情に次々と生気が戻り、張り詰めた空気が熱を帯び始める。サリオン帝国の命運は、この瞬間から、ハルトの手に託されたのだった。
「それにしても、『先導者の加護』というのは強力じゃのう」
歓喜に震える城内で、エルマが呟いた。
「放つ言葉に力がある。一国の皇帝をも凌ぐとは」
「ああ。ハルトは信頼できる人物だし、大企業のトップとして、大勢の従業員をまとめた実績もある。暴君の言葉より重みがあっても不思議じゃない」
「これからも多くの者がハルトに付き従うことになるじゃろうな。面白いのう」
さて、ハルトがその役割を果たした以上、俺たちもやるべきことをやるとしよう。
「みんな、俺はこれから単騎で魔王を倒しに行くつもりだ。その代わり、師匠とミーアには、魔王軍をできるだけ魔王から引き離す役目を頼めないか?」
俺の言葉にエルマが驚き、細い目を見開いた。
「なんと、お主、一人で魔王に挑むというのか?」
「うん、勝算はある。俺の作戦なら、魔王単独ならなんとかなるはずだ。それに、大勢で行ったところで、噂に聞く厄介な『魔王の瘴気』ってやつにやられちゃうだろ? 俺一人なら、それは効かないと思うんだ」
エルマはしばし沈黙したあと、面白そうに俺を眺めた。
「儂の弟子ながら、相変わらずとんでもないことを言い出しおるのう」
「それに、師匠、魔王と魔王軍の『魔王以外全員』、どっちが強いと思う?」
俺のその唐突な質問に、エルマは冷静に答えた。
「それは……さすがに『魔王以外全員』の方が強いじゃろうな。四天王もおるし、何より数が圧倒的じゃ」
俺はエルマを真っ直ぐ見て頷いた。
「だから、そっちを師匠とミーアに頼みたい。サリオン帝国の街が壊滅する前に、大群を食い止めてほしいんだ」
「ふむ、確かに、それは魔王退治以上に難しい仕事かもしれんな……」
「わわわ、ミーア、頑張ります!」
ミーアが小さな拳を握りしめ、背筋を伸ばした。
「もう一つ、勝手な話だけど、俺自身で魔王を倒すか、あるいは魔王を支配下に置きたいって理由もある」
「どういうことじゃ?」
エルマが聞き返す。
「サリオン帝国だけじゃない。これからもイザベル村を我がものにしようとする奴らが出てくるだろう。それは、まだイザベルがどの国にも属していないからだ。だから、俺は正式にイザベルを独立した国として宣言しようと思っている」
その言葉に、場の全員が俺を見た。
「だけど、一介の魔道具師が『国を作る!』なんて言ったところで、おそらくどれほどの抑止力にもならない。でも、もし『魔王』が支配する国なら話は別だ」
そこでエルマは納得したように頷き、その先を言った。
「つまり、お主は魔王になるつもりか。確かに魔王になるための条件の一つは、魔王を倒すか、従えることじゃったな」
「そう、それを達成できれば、イザベルに手出ししようなんて奴らはそうそういなくなる。争いも未然に防げるんだ」
「戦争もなくせる、ってことですか?」
レイアの問いに、俺は頷いた。
「ところでさ、魔王を『従える』って、具体的に何をさせればいいんだ?」
だが、そこでふと疑問に思い、俺はエルマに尋ねてみた。エルマはやや冗談混じりに答えた。
「さあのう、儂も魔王を従えたことはないからな。ただ、例えば……そうじゃな、魔王に『ご主人様』とでも呼ばせれば良いのではないか?」
「ご主人様か……」
俺はその言葉を深く心に刻み込んだ。
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