皇帝ゴルディアス・サリオン
俺たちが支配の首輪の魔改造を終えたちょうとその頃、サリオン帝国から千人規模の軍勢がイザベル村に派遣されてきた。これは予想を遥かに超える規模だ。戦争でも始めるつもりなのだろうか。
しかし、幸いなことに、ハルトの姿もその中にあった。話ができそうな相手がいるのは助かる。
「今日からイザベル村はサリオン帝国の支配下に置かれる。そして、シルバリオ卿の一件、陛下は大変お怒りである。よって、この村の責任者を直ちに連行する。村長ダノン、自警団団長ミーア、賢者エルマ」
兵団の指揮官が宣言した。ミーアやエルマの名前が出たということは、先日シルバリオと共に訪れた帝国兵たちから村の詳しい情報を得たのだろう。
しかし、ダノンさんまで巻き込むわけにはいかない。俺は一歩前に出ると、冷静に断言した。
「この村の代表は今、俺だ。そして、俺はこの村をサリオン帝国の支配下に置くつもりはない」
だが、指揮官の言葉は有無を言わさないものだった。
「貴様たちに拒否権はない」
その言葉を合図に、帝国兵たちが一斉に剣を抜いた。もはや言葉でどうにかなる段階ではなさそうだ。仕方なく、俺もクサナギを引き抜いて構える。同時に全面戦争を始める覚悟を決める。
「止めてください!」
その時、毅然とした声と共に、レイアが前に出てきた。
「今は同じ種族同士で争っている場合ではありません。剣を収めてください!」
だが、帝国兵は冷たく答えた。
「聖女レイア、貴様にも連行の命令が出ている。シルバリオ卿の責任は貴様にもある。大人しく同行しろ」
「レイアまで……」
レイアはその言葉に怯むことなく、言い返した。
「私は構いません。戦いではなく、話し合いで解決しましょう」
正直、俺の直感では、話し合いがまともにできるとは思えない。俺が次にどうすべきか迷っていると、ハルトがそっと俺の近くに寄り、耳打ちしてきた。
「お願いです、今は帝国の指示に従ってください。後のことは私に任せてください。このような策があります……」
その内容を聞いて、俺はひとまずハルトに任せてみることにした。イザベル村を戦地にするのは俺もできる限り避けたい。そして、俺、レイア、ミーア、エルマの四人は、抵抗せずに帝国兵に連行されることになった。
◇ ◇ ◇
サリオン帝国の街は前以上に荒んでいた。その一方で、城だけは煌びやかに輝いている。民衆の疲弊と、王族の栄華。その対比はあまりにも露骨だった。正直、この国はもう限界が近いんじゃないだろうか。
「無駄に豪華な城じゃな。じゃが、洗練されておらん。儂の趣味ではないな」
サリオン城の中に通されるとエルマが呟いた。以前訪れた時にはなかった新しい装飾品や調度品も増えているようだ。これらも生活に苦しむ民衆から搾り取った税金で買い漁ったものだろう。それにしても、どれもバラバラで統一感がない。
俺たち四人は、無駄に広すぎる謁見の間へと通された。その中央、玉座に鎮座するのは皇帝ゴルディアス。
「リバティよ。話は聞いておるな? 我が弟を殺めた責任を取ってもらわねばならん。そして、村の他の責任者たちも同罪だ。さらに、帝国を抜け出した聖女レイア――お前にも同じ罰を与える」
ゴルディアスの声には、怒りと冷淡な決定事項としての響きが混ざっていた。
「陛下、あれは不運な事故だったのです。イザベル村の誰も罪を犯してはいません!」
レイアが毅然と訴えた。しかし、皇帝は冷ややかに鼻を鳴らす。
「ふん、事故に見せかけることもできるだろう。いずれにしても余の身内でもある我が国の使者が訪問中に命を落としたのだ。許されることではない」
「シルバリオさんの件については心からお詫び申し上げる。しかし、今は責任を追及している場合ではない。魔王に立ち向かうために協力すべき時ではないのか?」
俺は一歩踏み出して訴えた。
「俺には、魔王を倒すための作戦がある」
だが、ゴルディアスは鼻で笑った。
「ふん、貴様のような大した加護も持たない魔道具師風情に何ができるというのだ?」
ゴルディアスは、最初に出会ったときから一貫して俺を軽んじている。彼にとって、人の価値とは地位と加護の肩書きでしか測れないのだろう。あの時、ジャガーノートを退けた功績をもっと誇示しておけばよかったと今さらながら悔やむが――きっと、理解し合える日は永遠に来ない。
「貴様の力など借りずとも、我が帝国には『勇者』という対魔王の切り札がある。幸運なことに、先日ようやく勇者トオルが帰還した。すでに魔王討伐に向けて出陣しておる。あやつならば、必ずや魔王を討ち果たしてくれるだろう!」
トオルが生きていたのか――それだけは素直に嬉しかった。だが、勇者ひとりで魔王軍に挑ませるなど、無謀すぎはしないか? ゴルディアスの勇者信仰はもはや妄執の域に達している。
そのとき、宮殿の扉が乱暴に開け放たれた。
「陛下、大変でございます! 勇者が――勇者が魔王と手を組みました!」
「な、な、なにぃ!? 勇者と魔王が共闘だと!? そんな馬鹿な、あり得ぬ!」
ゴルディアスは激昂し、居並ぶ重臣たちに怒声を浴びせかけた。それは俺にとってもにわかに信じがたいことだった。
トオルは魔王軍と共に、次々と申人の街を襲い、破壊しているというのだ。
「だーははは! 見ろよ、勇者様のご活躍だ!」
瓦礫と化す街並みを前に、彼は高らかに笑いながら戦鎚を振るったという。
帝国兵の報告によれば、サリオンの命令に従い、抑圧されていた頃とはまるで別人のように――彼は、心から楽しんでいた。
勇者トオルが魔王に与したという衝撃的な事実により、戦局は一気に崩壊の淵へと傾いた。
「……やはり、金にものを言わせて異世界から得体の知れぬ者たちを召喚し、次々と魔王に差し向けるというやり方は――考え直すべきだったのでは?」
重臣のひとりが口を開いた瞬間、雷鳴のような怒号が宮殿に轟いた。
「ええい、黙れ! この私に意見する気か!」
怒号が宮殿に轟き、空気が一気に凍りつく。騎士たちは思わず背筋を伸ばし、呼吸さえためらう。皇帝の逆鱗に触れれば、次に斬られるのは自分かもしれない――誰もがそう思った。
「陛下……この状況、いかがいたしましょうか……?」
静まり返る室内。誰もが、正解のない問いの答えを探していた。
ゴルディアスが椅子から立ち上がる。その目には狂気にも似た光が宿っている。
「余の計画はまだ終わっておらん。仕切り直すぞ! まずは今回の作戦の失態、その責を取らせる。指揮官の首をはね、新たな者に差し替えろ!」
声が鋭く突き刺さるように響き、場の空気はさらに重く沈んだ。沈黙を破ったのは、別の老いた重臣だった。唇をかすかに震わせながら、なおも諫言する。
「陛下……どうか、冷静に。勇者の裏切りは、誰にも予測できぬことでした。指揮官に過失はなく、むしろ被害を最小限にとどめるべく尽力を――」
「言い訳は聞き飽きた!」
怒声とともに、机が凄まじい音を立てて揺れた。重臣たちは一斉に身を引き、誰もが息を詰める。
「そもそも、もう兵の数が足りないのです」
重臣が恐る恐る告げる。
「ならば、国民を動員すればよいではないか! 市民どもに『狂戦士』の魔法でもかけて前線へ送れ! 多少の役には立つだろう!」
ゴルディアスの顔には怒気と焦燥が入り混じり、もはや正気の光は残っていなかった。
「市民を……戦場へ? 強制的に……? そ、それは、あまりにも――」
そのときだった。
「……ここまでですね。これでは、どちらが魔王か分かりませんよ」
ハルトが静かに立ち上がった。だがその動きは、確かな決意を宿していた。
因縁のゴルディアスとの対面でした。
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