会談に現れた死神
しばしの静寂が訪れた。シルバリオは得意げに語っているが、現状イザベルもラドンも帝国の庇護を必要としておらず、一方的な搾取の宣告としか聞こえない。一番の問題は、シルバリオがこれが交渉に値しないことに全く気付いていないことだ。そんな中、ダノンが首を傾げて尋ねた。
「ところで、税金って、何だの?」
「……」
思わず力が抜ける。そうだった。イザベル村もラドン村も、これまで税金とは無縁だった。村人の収入はすべて自分たちのもので、観光ツアーの収益の一部を俺に還元してくれるのも、俺のアイデアや貢献に対する感謝と、将来の発展への投資の意味合いが強い。義務ではなく、むしろ喜んで自発的に支払われているものだ。
「ちょっと、俺とシルバリオさんだけで話させてくれないか?」
このままでは話がまったく噛み合わない。いったんダノンとサードンに退出してもらい、俺はシルバリオと真正面から向き合うことにした。
◇ ◇ ◇
俺とシルバリオの2人だけの話し合いは長引き、すでに夜になっていた。机の上にはナノンが用意してくれたお茶とドーナツ、調印のためのペンとインクが置かれている。部屋の中ではランタンの灯りが揺らめき、まるで俺の気持ちを映すように不安定に揺れていた。
「今のイザベルやラドンは、帝国の支援を必要としていない。それに、七割を税金として納めろなんて、そんな負担を強いられたら、村人たちは逆に困窮してしまう」
俺は冷静に言ったが、ドーナツをもぐもぐと頬張るシルバリオの表情は微塵も揺るがなかった。
「帝国の一部になれることを喜べないとは、にわかには信じられませんね」
彼はお茶を一気に飲み干すと、軽く肩をすくめて見せる。
「たしかに、今は戦時中ですから税率は高めになっています。しかし、それは魔王軍との戦いを続けるために必要不可欠な措置。申人であれば誰しもこの戦争に協力する義務があるのですよ」
シルバリオは俺の前にあるドーナツを物欲しげに見つめながらも、それが当然のことのように淡々と言い放った。完全に否定はできないが、その言葉はあまりにも押し付けがましい。
「サリオン帝国の人々も、かなり生活に苦しんでいるように見えたが……今の税収はほとんど魔王軍との戦いに使っているのか?」
俺はできるだけ冷静に問いかける。
「もちろんです。現在、税収の実に四割は軍事費として充てられています。さらに、一割は国を維持するための様々な費用に回されています」
「……なるほど。それで、残りの五割は?」
俺は嫌な予感を抱きながら聞いた。
「残りは当然、陛下と私たち貴族の生活を豊かにする費用ですよ」
「……」
シルバリオは何の後ろめたさもなく、むしろ誇らしげに答えた。
「まずそこを減らして、魔王軍との戦いに使えよ!」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。どうりでサリオン城と貴族の屋敷だけがいつもピカピカなわけだ。
「無礼な! 我が国の財政に、魔道具師ごときが口を出すとは!」
シルバリオは激しく怒りをあらわにし、勢いよく椅子を蹴飛ばした。椅子は宙を舞い、部屋のストーブに激突して、大きくへこませた。おいおい、勝手に備品を壊すなよ。それに、下手すりゃ火事になるぞ……
「サリオン帝国を築き上げた我々王族の血筋こそが、最も尊ばれるべき存在だ! 貴様らは黙ってサリオン帝国に併合されればいいものを!」
シルバリオは鼻息荒く言い放った。帝国を築いたのって、何代前の話だよ。こいつ、何をそんなに偉そうに……俺は改めてシルバリオを見つめ、深くため息をついた。根っこのところが腐ってるよ。正直、こんな相手と交渉できる気がしない。やっぱり、えいっとやっつけてしまうのが、一番手っ取り早いんじゃないだろうか……?
◇ ◇ ◇
俺とシルバリオの二人だけの会談が始まってから、すでに数時間が経過していた。あまりにも長引いているため、ハンツとモーリスが不安に思い、帝国兵たちと相談の上、中の様子を確認することになった。
ところが、彼らが慎重に会談室の扉を開けた瞬間、全員が息を呑んだという。
部屋の中は、闇に飲み込まれていた。
邪悪な空気が部屋から溢れ出し、まるで空間そのものが深い暗黒に沈んでいるかのようだった。そして、その闇の中に、彼らは「それ」を確かに見た。青白く光る、不気味な存在を――。
「あひゃあああ! し、し、死神!?」
その姿を目にした瞬間、ハンツの体がガクンと崩れ落ち、完全に意識を失った。
「うわぁぁぁ、兄ちゃん!」
帝国兵たちも次々に倒れていく。モーリスも凍りついたように立ち尽くしていたが、その死神が、邪悪な笑みを浮かべながら、そこにいる者たちから魂を吸い取っていく光景を見たという。そして彼もまた、その場に崩れ落ち、意識を失ったそうだ。
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