旅立ちはいつも問答無用
部屋の中に一人の男が入ってきた。彼は落ち着いた様子で、しっかりとした足取りで俺たちの前に歩み寄った。
「皆様、本日はお忙しい中、足をお運びいただきありがとうございます。すでに自己紹介などなされたようですね」
男の声は低く、落ち着いているが、その中には不思議な力強さがあった。彼からは、ただのエージェントやコンサルタントではない何かを感じさせる。
男の服装は洗練されており、黒いスーツを完璧に着こなしている。襟元には無駄のないシンプルなネクタイを締め、足元は光り輝く黒の革靴が見事に磨き上げられていた。スーツのシルエットは無駄なく体にフィットし、その姿勢と相まって非常にスマートな印象を与えている。そこに、感じる違和感……あまりにも、存在が理想的すぎるのだ。
「さて、ここにいる皆様には共通点がございます。まず、類い稀なる能力をお持ちであること、そして、現状に不満を抱えていらっしゃることです」
男のその言葉で、部屋の空気が変わった。そう、確かに俺は、満たされない思いを抱えている。だが、そう的確に指摘されると、まるで心を見透かされているような気がして気味が悪い。
「皆さんにはこれから新しい挑戦をしてもらいたい。そして、その新しい地では、今の皆さんの不満がきっと解消されることでしょう」
男は自信を持って言い切る。その言葉には思わず引き込まれそうな強い説得力があった。
「俺の体も前のように動くようになるのか?」
「私も再び挑戦ができるのですか?」
レスラーの徹と、大企業の創業者の晴人が続けて声を出す。
「もちろんですとも。あの頃のいくらでも溢れ出るような力を再び得ることができます。そして、多くの人々を救うことも、真に自由に活躍することもできるでしょう」
男は静かにうなずきながら、それぞれが抱えている問題を正確に言い当てている。しかし、男は慎重にその先を続けた。
「ただし、これまでにない困難が伴うこともあります。ですが、皆さんにはこれからひとつずつ、素晴らしい『加護』の力が与えられます。それは、この上ない祝福でもあります」
その言葉を聞いて、全員が固唾を呑むようだった。加護の力? それは福利厚生的な何かか? それが何を意味するのか、まだ理解できていない。
「この加護の力と、皆さんが元来持つ素晴らしい能力、これらを合わせて活用すれば、きっと皆さんは世界を変えるほどの力を手にすることができるでしょう」
その言葉は、壮大な希望を感じさせた。それは確かに、俺たちの思い描く未来につながるものかもしれない。
「私からの説明は以上です。あとは、皆さんの目で確かめてください。それでは、準備はよろしいですね?」
男の言葉が静かに響く。だが、僕の頭の中はまだ整理がついていない。何をどう受け止めればいいのか、まだその答えを見つけられずにいた。詐欺の類ではなさそうに思えるが、この男が一体何者で、加護や世界を変えるという話がどうつながるのか、見えていない。
「えっ、いや、加護とか世界を変えるとか、何だかよくわからないんだけど……」
「申し訳ありません。この場でこれ以上の言葉を重ねても、おそらくあまり意味はないでしょう。皆さんがこれからその身をもって体験することこそが真実なのです」
僕の問いかけはうまくあしらわれ、それ以上の質問を挟む余地はなさそうに感じた。男は頷くと、厳かに、呪文を唱えるかのように言葉を紡いだ。それは何かの儀式のようでもあった。
「我解放する。遥かなる、時空を繋ぐ扉。至れ、創造神ティアノスが創りし彼方の世界、偉大なるの大地の西方サリオンの城、導くは類稀なる才を宿す此方の者達!」
その瞬間、男の言葉に呼応するかのように、足元が突然輝き始めた。光がどんどん強くなり、床から上がるような模様が広がり始める。眼下のその模様は、古代の文字や幾何学的なシンボルのようで、未知の力を感じさせた。これは新たなアトラクションか何かなのだろうか。そんなことを考えるうちに、俺たちは完全に光に包まれ、身体全体が軽く、温かい感覚に包まれる。視界は今や白一色になり、体が重力から解放される感覚を覚えた。
◇ ◇ ◇
どれほどの時間が経過したのだろうか。気がつくと、俺は先ほどとはまったく異なる場所にいた。豪華な装飾が施された部屋の中。高級感あふれる絨毯、豪華なカーテン、そして煌びやかな調度品の数々。目の前には、いわゆる中世ヨーロッパ風の服を着た人たちが立っている。
それ以外にも、何かが違う。視界が変だ。そう、まるで地面が近くなったような感覚。思わず自分の体を見下ろして驚愕した。服が異様に大きくなって、ブカブカだ。腕が袖から出ておらず、ズボンの裾は深く床に落ちている。よく見てみると、体が縮んでいるのだ。俺の体がまるで子供のように小さくなっている。
また、俺の近くに2人の子供たちと、1人の若い男性が立っているのに気付いた。つまり、彼らは先ほど同じ部屋にいたレスラー、医者、大企業の創始者ということだろう。
その変化に混乱していると、正面の豪華な椅子に座っている偉そうな男が口を開いた。
「よくぞ参った、異世界の者たちよ!」
その声には圧倒的な威厳と、どこか冷たい響きがあった。
見た目は子ども、頭脳は大人!
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