滅びの波動
戦場は混乱を極めていた。サリオン帝国の兵士たちは苦悩の表情を浮かべながら、支配の首輪をつけられたかつての仲間と切り結び、後方から魔王軍の寅人たちが攻撃魔法を放つ。いずれにしても倒れるのはサリオン兵士のみという苦しい戦い。戦場に響くのは怒号と絶望の叫びだ。
そんな中、ジャガーノートは俺から悠々と距離を取り、俺の攻撃を楽しそうにかわしていた。
「奇妙な魔法だけど、まあ、距離を取れば恐るるに足りないっと。じゃあ、今度はオイラの得意な広範囲魔法、披露しちゃうよっと!」
ジャガーノートの目が鋭く光った。その言葉が発せられた瞬間、周囲の魔王軍の寅人たちは、慌てふためき一斉に後退を始める。彼らの表情には焦りが滲んでいた。間髪入れず、ジャガーノートは詠唱を開始する。
「我は開かん。万象の理、朽ち果てる終焉の虚域。
招来せしは、世界を蝕む滅びの波動……」
強力な魔力に空気がビリビリと震え、辺り一帯の温度が急激に上昇したように感じた。そして、一瞬にして巨大な魔法陣が地面に刻まれ、ジャガーノートを中心に広範囲に広がっていった。
――強力な反応。回避不能。耐えてください、マスター。
ロイナの警告が耳に響く。俺は咄嗟に詠唱を開始するが、それよりも速く、ジャガーノートの魔法が発動した。
『大いなる滅び』
その瞬間、空気が一気に重くなり、広範囲に滅びの波動が放たれた。辺りの草木は一瞬で枯れ果て、俺の体にもその波動が襲いかかった。
「ぐはっ……!」
肌がひび割れ、筋肉が収縮し、体力が急速に奪われていく。人の最大値であるレベル99の体力を持ってしても、この状態では5秒も持たなさそうだ。骨が軋み、体が崩れ落ちそうな感覚が広がる。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
「ホワイル コール トランスファー ポーション エンド!」
俺は咄嗟に詠唱を終えた。これは、俺の工房にある大量のポーションのストックを連続転送し、使用し続ける高速オートポーションだ。体が朽ちていく速度を超えるスピードでポーションが体を回復する。その代償として、わずかな時間でとんでもない量のポーションを消費している。
周囲を見渡すと、滅びの魔法の範囲から逃げきれなかった寅人たちは、絶叫をあげながらその場に崩れ落ち、次々に朽ち果てていった。何と恐ろしい魔法だろう。一方で、ジャガーノートだけは平然とその場に立っていた。……なるほど、広大な魔法陣の中心の円、奴が立っているその円の内側だけは、滅びの波動が発生していないようだ。
「オイラのとっておき、周囲の全てを滅ぼす不可避の攻撃。ヒャーハハー! 命、夢、希望、どこから来ても、どこへも行けねえんじゃがのっと!」
狂気じみた笑い声とともに、滅びの波動が絶え間なく放出され続ける。だが、俺は立ち止まらない。大量のポーションを消費しながら、波動の只中を突っ切り、ジャガーノートへ向かって突撃した。
「驚いた! なぜ滅びない? なぜ向かってこられる? この滅び、ヒトの身で到底耐えられるはずがないんじゃがのっと!」
ジャガーノートの顔が驚愕に歪む。この魔法が発動している間は、奴自身も中央の小さな安全領域の円から動けないはずだ。つまり――今この瞬間だけは、あの超高速の動きが封じられている。
「至れ、我が工房。顕現せよ、魔道具12番!」
俺の詠唱に応じて、魔法陣から黒い石板が出現する。魔道具12番『魔法ブースター』。魔法の威力を爆発的に増幅する使い捨ての魔道具だ。
俺は超斥力シューズを最大出力にし、その石板へ渾身のドロップキックを叩き込んだ。
「ぶち抜け!」
魔法ブースターの石板が粉々に砕け散ると同時に、強化された魔法のエネルギーが一気に解放される。増幅された超斥力が、ジャガーノートを魔法陣の中心円から外に吹き飛ばした!
「ウヒョッ! あだだだだだだ! 滅びちゃう、滅びちゃうっと!」
増幅された超斥力のダメージに加え、己の放つ滅びの波動が今度は奴自身を蝕んでいる。
「んがあッ、解除!」
悲鳴とともに、奴は慌てて滅びの魔法を解除する。だが、すでにその体は朽ちかけ、毛が抜け落ち、皮膚にはひび割れが走っていた。
「ブレイク!」
滅びの波動が消えた瞬間、俺もオートポーションを解除する。その時点でポーションの在庫はほとんど底を突いていた。あと数秒遅れていたら、本当にやばかったかもしれない。ジャガーノートはボロボロの体を引きずりながら、急に踵を返した。
「オイラの体がヤバいッ! お猿の子供よ、今日のところは見逃してやるっと! けど、この借りは必ず返すんじゃがのっと!」
捨て台詞を残すと、ジャガーノートは目にも止まらぬ速さで去っていった。その後を追うように、取り巻きの寅人たちも撤退していった。
撃退、成功……か。
俺はその場にへたり込み、荒い息をついた。追うことはしない。というか、その余力はもうない。
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