魔王軍と支配の首輪
魔王軍の数はおよそ二千。その半数が寅人で、残りの半数はサリオン帝国の兵士のように見える。しかし、その魔王軍に与しているサリオン兵たちは皆、首に不気味な首輪をつけている。対するサリオン帝国の軍勢は五千。数ではサリオン帝国側が優勢だが、寅人の戦闘能力は極めて高い。普通の申人では5人がかりで1人の寅人を相手にしても、倒せるかどうか分からないほどだ。この戦況は、決して楽観できるものではない。気になるのは、なぜサリオン兵たちが魔王軍に加わっているのか。その理由を味方の兵士に尋ねてみた。
「魔王軍が最近開発した魔道具、『支配の首輪』のせいだ。あれをつけられた兵士は、魔王の命令に絶対服従するしかなくなる。命令に逆らえば、首輪から強力な電撃が放たれ、即座に命を奪われる仕組みになっているんだ」
「……そんな魔道具が?」
俺は思わず息を呑んだ。それにしても、こんな複雑な制御が必要な魔道具を、首輪サイズで作れるとは……。精密加工機を使わずに、ここまでの小型化を実現するなんて魔王軍には相当な腕を持つ魔道具師がいるに違いない。これは敵ながら見事な技術だと言わざるを得ない。
「イャーホゥー! オイラ自らが軍を率いて来たからには、今日でサリオン帝国もお終いじゃがのっと!」
けたたましい叫び声と共に、ひときわ大きな寅人が現れた。派手な装飾が施された輿に乗り、その周囲を5人ほどの寅人が担いでいる。
「あれは、魔王軍の四天王、ジャガーノート……」
サリオン兵の間から、狼狽した声が漏れる。ジャガーノート……どこかで聞いたことがある。そういえば、二年以上前に倒した海猫使いの寅人も、四天王の部下だと言っていたな……。
ジャガーノートの顔は、光沢のある黒い毛並みに、不規則な金色の模様が走り、常に不気味な笑みを浮かべている。胴体を覆うのは、紫と赤の宝石が散りばめられた派手な衣装で、袖口と襟元には白いフリルがあしらわれている。ズボンはゆったりとしたシルエットだが、膝下から先はぴったりと締まっていて、曲芸師のような軽やかさを演出していた。その出立はまるで『戦場の道化師』といったところだ。
「オイオーイ、オイラのこと四天王とか言うなよっと! その響き、なんかダサくねーかっと? 大体、『天王』って言ったら神っぽいだろ? 天の王、だよっと。だけどオイラは魔王軍だぜ? なんでそんな神々しい肩書きつけられなきゃならねーんだよっと。オイラ言っちゃうよ。お前、何してんの? 何?四天王。ヒャーハハハ!」
そして、この不必要に陽気で訳のわからないテンション。できれば関わりたくない相手だ。
「さあ、お猿のみなさん、さっさと手を動かして攻撃しろよっと。さもないとビリビリしてお別れじゃがのっと!」
ジャガーノートの掛け声と共に、『支配の首輪』をつけられた兵士たちは、苦悶の表情を浮かべながら、ある者は涙を流しながら、それでもサリオン軍へと襲いかかる。かつての仲間を斬ることをためらう兵士たちは、思うように攻撃できない。そんな様子を、魔王軍の寅人たちはニヤニヤと眺めていた。
「何をしている、攻撃の手を緩めるな! 数ではこちらが優っているのだ!」
ゴルディアスの怒号が響き渡る。しかし、兵士たちは動揺していた。魔王軍にいるのは、明らかに顔見知りのサリオン帝国の兵士たち。支配の首輪で操られているだけの仲間たちだ。
「しかし、陛下! 彼らは私たちの同胞。支配の首輪により、意志に反して戦わされているだけなのです。国には彼らの帰りを待つ家族もいます」
誰かが声を上げる。戦場に混じる涙声。しかし、皇帝は眉一つ動かさなかった。
「だからどうした?」
感情のない冷たい声だった。
「討たなければ、やられるのは我々だ。それに、どのような理由があろうと、この国に刃を向けた時点で死罪は免れぬ。どこにためらう理由かある!」
冷徹な命令に、兵士たちは息を呑んだ。視線の先には、首輪を付けられ苦悶の表情を浮かべながら剣を振るう仲間たち。彼らの目には明らかな抵抗の色があった。中には耐えられず攻撃の手を止めた者もいたが、その瞬間――
バチィッ!
激しい電撃が走り、その首輪をつけた兵士は煙を上げて地面に崩れ落ち、動かなくなった。その様子に、兵士たちは思わず目を背ける。だが、ゴルディアスは何の躊躇もなく命じた。
「躊躇するな。討て!」
皇帝の命令に逆らうことはできない。苦悩の表情を浮かべながらも、兵士たちは剣を構えた。確かにこの場で勝利を収めるには、避けられない判断なのかもしれない。しかし、ゴルディアスの言葉には、仲間への情けも迷いも一切感じられなかった。そんな光景を見ながら、不快な笑い声が響く。
「ヒャーハハ! いいねぇ、いいねぇ、これどういう仕打ち? 同志打ち! 言っとくけどこれ、二年前の仕返しなんじゃがのっと。忘れもしない、申人の街に向かったオイラの部下をヘルヘイムに転送して自爆させた悲劇の事件。悲しいねぇ、悲しいねぇ、オイラ泣き泣き。これ知ってんの? 四ッ天王。その仕返しのために開発されたのが、じゃーん、この『支配の首輪』なんじゃがのっと!」
ジャガーノートの言葉を聞き、俺の脳裏に、過去の出来事がよぎる。そうか、これはあの時の報復でもあるのか。やむを得ない状況で師匠が取った行動だったとはいえ、その代償をサリオン帝国全体が支払わされているとなると、さすがに俺も責任を感じずにはいられない。この混乱に乗じてイザベル村へ逃げ帰ろうかとも思ったが、それではあまりにも後味が悪すぎる。
「……手っ取り早く、親玉を叩くか」
どっちの親玉も悪そうですね。
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