転送ポータルとアダマントの剣クサナギ
新しい魔道具、魔道具9番『転送ポータル』。
俺はこの試作品をサードンに見せた。それは台座のような形状をした転送の魔法陣だ。
「この転送ポータルには、転送先の正確な詠唱が刻み込んであります。つまり、行き先は固定になるけど、この上に乗れば、瞬時にイザベル村に転送されます。同じように、イザベル村からラドンの集落に転送できる転送ポータルも用意できますよ」
それを見て、サードンの目が驚きで見開かれた。
「イザベル村と瞬時に行き来できる魔道具だって? だけど、人体の転送魔法なんて、事故が起きたりしないか?」
サードンはまだ半信半疑の様子だ。
「この転送ポータルには転送の目的地としての正確な識別子も刻まれていて、この魔道具を使えば、詠唱ミスも転送先の指定のミスもなく、確実にもう片方の転送ポータルに移動できるんです。また、転送先のポータルに人や物が乗っているときは、転送魔法が発動しないように工夫もしているので、とても安全なんです」
転送ポータルは、エルマと相談しながら、詠唱による転送魔法のリスクを可能な限り低減するために作られた魔道具で、安全面は十分に考慮されている。
「そ、それは凄いさー!? 瞬時に安全に移動できる魔道具なんて初めて見たさー。だが、動かすには難しい操作方法を知っている立派な魔導士様が必要にならないか?」
続くサードンの質問に、俺はダメ押しの回答を加えた。
「不要です。この魔道具は周りから魔力を集めて常時蓄積しています。台座の上に乗るとスイッチが押され、集めた魔力を使って自動で転送魔法が発動する仕組みなんです」
「それは便利すぎるさー」
これを使えば、イザベル村ツアーの観光客はラドンと自由に行き来でき、イザベルのビーチとラドンの温泉の両方を楽しむことができる。
「こんな素晴らしいことを考えてくれるとは……! よろしく頼むさー!」
村長は俺の手を力強く握った。これでラドンの集落にも多くの人々が訪れ、活気が出ることだろう。俺は転送ポータルの設置場所を村長と相談しながら、新たな観光スポットの成功を確信していた。
宴が終わった後、俺はレイアを送り届け、改めて感謝の言葉を伝えた。レイアは微笑みながらも、どこか寂しげな表情で手を振る。本当はこう言いたかった。もうサリオン帝国なんて見限って、イザベル村に来ればいいのに、と。だが、言えなかった。この国には、彼女の力を必要としている人たちが大勢いる。彼女自身も、それを理解しているだろう。
◇ ◇ ◇
狙い通り、イザベル村とラドンの合同ツアーは大好評を博した。昼は透き通る海が広がるビーチで心ゆくまで遊び、夜は静寂に包まれた温泉で癒やされる。食事には、山の恵みと海の幸がふんだんに使われ、旅の楽しみを一層引き立てる。これほど贅沢で心躍る旅は、他にそうそうない。そんな口コミが広まり、客足はさらに増えていく。
ツアーの運営を仕切っているハルトも、大忙しのようだ。聞けば、彼の商会の中でもツアー事業は今や一大部署となり、多くの人員が関わる規模に成長しているという。この成功は彼の手腕があってこそだ。
合同ツアーの成功により、ラドンの集落もすっかり潤い、今や活気に満ち溢れる場所になっていた。温泉が素晴らしいのはもちろんのこと、もともと明るく朗らかな気質のラドンの人々は観光客にも好印象を与え、それがさらに人気を後押ししている。つい先日まで寂れ果てていたこの地は、今では多くの旅人が訪れる賑やかな観光スポットへと生まれ変わった。
落ち着いたところで、俺はふとヒュドラの尻尾から出てきた剣のことを思い出し、エルマに尋ねてみた。
「ヒュドラから出てきた剣か……。興味深い。あの猛毒の魔物の体内でなお溶けずに残っていた金属ということじゃな」
エルマはその剣を手に取り、じっくりと観察する。
「軽いのう。そして、驚くほど硬い。それに、力を加えてもまるで曲がる気配がない……これは、もしかするとアダマントでできておるのかもしれんな」
「アダマント?」
「この世で最も硬く、そして軽い金属じゃ」
エルマの言葉に、俺は改めて剣を見つめた。一見すると何の変哲もない剣だが、確かに剣とは思えないほど軽く、刃こぼれや腐蝕は全く見られない。
「それって、最強の剣だったりしないか?」
「最強かどうかは一概には言えんのう。確かに、この金属は非常に硬い。だから、どんなに使い込んでも切れ味が落ちることはないじゃろう。しかし、問題はその軽さじゃ。剣というものはある程度の重さがあってこそ、斬撃に力を乗せられるもの。軽すぎれば硬いものには簡単に跳ね返されてしまう」
エルマの説明は物理法則そのものだ。俺も理解できる。この剣の切れ味は驚くほど鋭い。紙や食材などは面白いようにスパスパ切れる。だが、手応えがほとんどなく、金属製の鎧に傷はつけられるものの、その軽さゆえ簡単に弾かれ、ダメージを与えるのは難しそうだ。
それでも剣が曲がったり、切れ味が鈍ることがないというのは大きな利点だ。しかも、戦士ではない俺にとっては、軽い剣のほうが扱いやすい。だから、この剣を『クサナギ』と名付けて持ち歩くことにした。実際これは、草を薙ぐ用途には最適な剣だ。
さて、ラードーン古代遺跡で手に入れた『詠法』の魔法陣。ただ覚えているだけでは意味がない。実際に使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。脳内に刻み込まれたこの魔法陣は、俺でも似た形のものを顕現させることができた。しかし、それをどう使うのかが問題だ。そこで、俺はエルマに相談することにした。
「師匠、この魔法陣、具体的にどう使えばいいんだ?」
「ふむ、まずは詠唱の定義を組み込むのじゃ。詠唱が何を意味するのか、そこからどの情報を抽出し、どの魔法陣に送るのか……それらを詠唱として設定し、魔法陣に刻み込むのじゃよ」
エルマは淡々とやり方を説明する。なるほど、要するにこれは、魔法版『自然言語処理装置』なわけだ。
「新しい言葉を定義することも可能なのか? これまでにない概念を、新しい言葉で表現できたら便利だと思うんだけど」
「いきなり難しいことを考えるのう。まあ、可能じゃ。まず、その言葉が何を指すのかを定義し、それに対応する詠唱を設定すれば、置き換えはできる。ただし、定義が増えればそれだけ大きな魔法陣を顕現させなければならんぞ。ところで、それを何に使うつもりじゃ?」
「ショートカットさ」
俺は答えた。
「近道? ほう……どういうことじゃ?」
聞きなれない言葉に、賢者のエルマも首を傾げた。
俺はさっそく、『詠法』の魔法陣を使い、自分なりの独自言語を定義し始めた。しかし、これが思った以上に難しい。魔法陣を安定させ、長時間維持するには、繊細な魔力制御が求められる。魔法の才能がない俺には、なかなか至難の業だった。それでも、エルマの指導を受けながら、試行錯誤の日々が始まるのだった。
ビーチと温泉と豪華な食事、最高の旅ですね!
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