聖女の浄化と魂の洗濯
レイアに事情を説明すると、今回も彼女は快く引き受けてくれた。
「もちろん、私の浄化の力がお役に立つなら、喜んで協力します」
その姿に、ミーアの目がキラキラと輝く。
「レイアお姉ちゃん、ありがとうございます! ラドンの皆さんはきっと大喜びですよ!」
レイアはそんなミーアの様子を見て微笑んでいたが、ふとエルマの存在に気づいて視線を移した。
「ああ、そうだ。紹介しておくよ。俺の師匠、エルマだ」
「ほほう、これが異世界から来た聖女様か。確かに神聖な力を感じる。儂はエルマ、賢者じゃ」
「賢者のお姉ちゃんはとっても物知りで、すごく強いんですよ!」
「うむ。何せ年季が違うからのう」
レイアはそれを聞いて驚いている。
「賢者様ですか……まさか本物にお会いできるなんて……」
そして、少し羨ましそうに続けた。
「そちらはどんどん賑やかになっていきますね。イザベル村への旅も大好評だって聞いています。あんなに食べ物が美味しいなら、そうでしょうね」
レイアの目が少し寂しげに揺れた。
「レイア、どうかしたのか?」
「……それに比べて、こちらの状況はどんどん悪くなっています。魔王に対抗するために、軍事力を強化しなければならないと、税金は高くなる一で、国民の暮らしも厳しくなってきていますし、戦いで怪我をして戻ってくる人たちもたくさんいるんです。なんだか最近は、元の世界の紛争地域を思い出しちゃいました……」
その言葉は重かった。そういえば彼女は、元の世界で救えなかった命を悔やんで、この世界に来たのだった。俺にとってこの世界の戦争は正直まだ現実味が薄いのだが、彼女にとってはそうではないのだろう。
「私は、この世界で同じ失敗はしたくないんです。助けられる人は全員、助けます。それが私の使命だと信じていますから」
◇ ◇ ◇
俺たちはレイアを連れて、再びラードーン遺跡の入り口あたりまで移動した。未だにヒュドラの毒が辺り一面に充満しており、腐食した地面が黒く染まっている。
レイアはその場に立ち、両手をゆっくりと広げた。彼女の背後に光の輪が差し込んだように見える。
「神々のおわす天の頂より、あらゆる汚れを祓い清める聖なる光」
その声は透明で澄み渡っていて、神聖な祈りのようだった。
『浄化』
その言葉と共に、彼女の周りから眩いばかりの光が放たれた。黒く染まった地面を一瞬にして包み込み、消し去っていった。みるみるうちに空気が澄み渡り、清涼感を感じ始められる。
レイアの浄化の力は、あらゆる汚れを祓う奇跡だ。清らかな水が流れ始め、やがて、黒く濁っていたラドンの泉の源泉も、透き通った輝きを取り戻した。
「これが、聖女の力か。さすがじゃな」
隣でエルマも感嘆の声を漏らす。
「上手くいったみたい。これで、この地の毒は完全に浄化されました。もう、誰も苦しむことはないでしょう」
レイアはにっこりと微笑んだ。ミーアが目を輝かせて拍手をしている。
「レイアお姉ちゃん、本当にすごいです!」
俺も感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、レイア。君のおかげで、ラドンの村の人々は元の生活を取り戻せる」
「私の力が役立って良かった。聖女、聖女って、みんな特別扱いしてくれるけど、実際この浄化の力が役に立つことってそんなにないのよね」
謙遜しながらも、レイアは嬉しそうに微笑んだ。彼女の微笑みは、純粋で温かい。
「さて、ラドンの村も新たな始まりを迎えることができるじゃろう。戻るぞ、今度こそ真の温泉玉子を作るじゃ!」
エルマの掛け声と共に、俺たちはラドンの集落へと戻った。集落でも歓声が響いている。人々が泉の変化に気づき、喜びと驚きの声を上げているのだ。浄化されたラドンの泉は、透明で美しい湯気を立ち上らせ、かつての毒々しさは跡形もなく消えていた。
せっかく毒がなくなったのだから、この泉を堪能しない手はない。様々な温泉を巡ってきた俺の直感が告げている。これは、最高の温泉だ。
湯に足を浸けた瞬間、ぬるりとした滑らかさが肌に心地よい。思わずため息が漏れる。
「おっ、これは……素晴らしい」
温泉の成分が肌に馴染み、全身が包まれる感覚。筋肉をほぐし、疲労がじわじわと溶けていく。まるで体の芯から癒されるようだ。俺は湯に浸かりながら、静かに目を閉じた。これは、最高のご褒美だ。
その日の夜、ラドンの人々は、俺たちとレイアに感謝の意を込めて、盛大な宴を開いてくれた。集会場には村人たちが集まり、温かな笑顔とともに拍手が湧き起こる。煌々と照らされたランタンの下、長い宴のテーブルには様々な山の幸が並べられていた。
「英雄様、聖女様、蛇姫様、賢者様、この地を救ってくれてありがとうさー。皆さんの功績は末代まで語り継がせていただくさー!」
村長のサードンが声を張り上げると、村人たちの歓声が重なった。おおっ、この地にも建ってしまうかもしれない、スタチュー・オブ・リバティが。
「温泉、とっても気持ちよかったです。元の世界を思い出しました」
レイアは頬をほんのりと赤らめ、心からリラックスしている様子だ。温泉はまさに心の洗濯だ。
「温泉が蘇ったのも皆さんのおかげさー。ささ、存分に食べていってください」
貧しいながらも俺たちのために振る舞ってくれた料理。どれも素朴でありながら、心のこもった味わいだった。後でイザベル村から海産物をたくさん持ってきてお返ししよう。
「ラドンの村はこれから新たな温泉地として栄えるじゃろうな」
エルマも上機嫌で杯を傾けている。
「トオルさんも、ここに来れたらいいのにね」
不意に、レイアが呟いた。そういえば、転移組同期の彼には最近会っていない。
「トオルさんは最近どうしてるんだ?」
俺が尋ねると、レイアは少し寂しそうに目を伏せた。
「戦いばかりみたいよ。魔王軍と戦ったり、周辺諸国に攻め入ったりもしてるみたい。皇帝の命令でね」
レイアの言葉には、どこか影が差していた。
「でも……トオルさんも、全部納得しているわけじゃないみたい。皇帝とは意見が合わないことも多くて、あまりうまく行ってないって。だからサリオン帝国にもあまり帰ってこないの」
「そうか……」
俺は思わずため息をついた。あのトオルが、そんな状況に置かれているとは。
「温泉にでも入れたら、少しはリフレッシュできるのにね」
レイアが温かい笑みを浮かべる。確かに。この温泉には、他にはない特別な癒しがある。嫌なことも全部忘れられそうだ。
そこで俺は一つ良いアイデアを思いつき、村長に提案することにした。
「サードンさん、イザベル村と提携しませんか? イザベル村には多くの観光客が訪れています。もし提携すれば、このラドンの集落にも観光客を呼び込めると思いますよ」
「それはありがたい話だが……イザベル村とはかなり距離が離れているさー。こんな遠くまで観光客が来てくれるかどうか……」
サードンは首をかしげ、不安そうな表情を浮かべる。
「心配いりません。俺には秘策がありますから」
俺は自信満々に笑って見せた。
温泉は、いいよね。
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