毒蛇ヒュドラと魔法陣操作
俺が警告するやいなや、ヒュドラの三つの首が一斉に毒霧を吐き出し、辺りを黒く覆い尽くした。同時にヒュドラの首が噛みつき攻撃を繰り出してくる。
「わわわっ、食べられちゃいます!」
ミーアは慌てて身を翻し難を逃れる。俺も超斥力シューズを最大出力にして、ヒュドラの攻撃を回避した。だが、ヒュドラの攻撃は止むことがない。
「なら、俺の魔道具の切れ味を試してみるか」
俺は転送の魔法陣を空中に描き、詠唱を始めた。
「至れ、我が工房、顕現せよ。魔道具8番!」
魔法陣に詠唱が刻まれ、転送の準備が整う。
だが、俺はすぐに発動せず、魔法陣を空中で動かし始めた。
「魔法陣操作!」
俺のこの半年間の修行の成果だ。魔法陣を空中で自在に動かす技術――それが魔法陣操作。俺は念動魔法が特に苦手で、小火炎のような小さな炎を放つことはできても、それ以上のものを飛ばすのは難しい。だが、この技術を使えば、狙った場所に直接魔法陣を移動させ、そこへ魔道具を転送することができる。エルマの指導のもと、厳しい訓練を経て身につけた俺ならではの戦法だ。
魔法陣操作は、一般的な魔法の発動とは全く異なる技術だ。普通の魔法使いなら、魔法をそのまま飛ばせばいいため、わざわざこんな技術を習得しようとは思わない。これは魔法というより、曲芸に近いものなかもしれない。しかし、それでも俺にとっては強力な武器となる。誰もが思いつかないやり方だからこそ、俺だけの独自の戦法になるのだ。
俺は転送の魔法陣をヒュドラの首元に定めて魔力を込めた。
「発動!」
魔法陣が輝き、その場に現れたのは、魔道具8番『魔法サーキュラーソー』。これは、超高速で回転する円形のノコギリだ。魔法車のタイヤの回転機構を応用し、回転力を最大限に強化したものだ。超高速回転で、あらゆるものを切断する切れ味を持っている。
「行ける!」
魔法サーキュラーソーがヒュドラの首に食い込み、そのまま一気に切断した。血しぶきが毒の霧と共に散り、巨大な首が地面に転がった。
「お兄ちゃん、さすがです!」
うまく行ったようだ。この方法で残り二本の首も斬ってしまおう。だが、その瞬間、ミーアが叫んだ。
「わわわ、首が……生えてきます!」
驚愕の光景が目の前に広がる。切断された首の断面から、ずるずると肉が伸びていき、瞬く間に二本の首が再生した。ヒュドラの首は一本増えて、四本になった。
「首が、増えてるよ……」
俺も思わず息を呑んだ。首をただ切断するだけでは倒せなさそうだ。俺は記憶を掘り起こす。ヒュドラを倒す方法……確か、伝説では切断面を炎で焼けばいいんじゃなかったか? 俺は素早く再度転送の魔法陣を描いた。
「至れ、我が工房。顕現せよ、特大の魔道具8番!」
俺は転送の魔法陣を操作して、魔法陣をヒュドラの四本の首の中心に持っていった。
「発動!」
出現したのは特大サイズの魔法サーキュラーソー。今度はヒュドラの四本の首を同時に吹き飛ばす。しかし、喜ぶのはまだ早い。これを焼がなければ。
「オルフェスのプロメテ火山より、顕現せよ、炎の精霊の――」
しかし、詠唱を終えるより早く、ヒュドラの首の断面から、既に再生が始まっていた。首は四本からさらに倍に増えている。
「おいおい、どうなってんだよ!?」
目の前には八本の首を持つ怪物。
「これじゃあ、『ヤマタノオロチ』じゃないか……」
ヒュドラの再生速度はあまりに速く、俺に詠唱する時間すら与えてくれない。猛毒の霧を吐き、驚異的な再生能力を誇る魔物。あらゆるものを石化するバジリスクも厄介だったが、ヒュドラも負けず劣らず厄介だ。これを生み出した神とやら、本気で古代遺跡に誰も入られたくないらしい。そして、自分の都合のために近隣への影響を顧みず毒を撒き散らすなんて、迷惑極まりない。なんて自己中な神だ……
ヤマタノオロチと化したヒュドラは、さらに凶暴になっている。八本の首が四方八方にうねり、連続攻撃を繰り出してくる。
「わわわ、頭がいっぱいで、どこから攻撃が来るのかわかりません!」
ミーアが必死に攻撃をかわしている。俺も超斥力シューズで何とか距離を取る。すると、ヒュドラは、真っ黒な毒の塊を口から吐き出してきた。毒の塊が地面に落ちると、煙を上げながら地面を溶かし、あっという間に窪みができる。これ、直撃したら俺の体もすぐに溶けてしまうだろう。
「くそっ、近づけば首が襲いかかり、離れれば毒の塊か……」
近接攻撃も遠距離攻撃もどちらも強力すぎる。
ミーアも素早くヒュドラの首の攻撃をかわしているが、八本の首は途切れることなく連続攻撃を繰り出してくる。ミーアが攻撃を避けるため大きくジャンプしたところに、一本の首が大きく口を開け、鋭い牙をむき出しにしてミーアに襲いかかった。
「ミーア、危ない!」
このままではミーアが喰われる。
ギリシア神話でヒュドラを倒したのは英雄ヘラクレスです。
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