ラードーン遺跡とラドン温泉
「これは酷いのじゃ……」
エルマも顔をしかめ、周囲を見渡す。
「神め、ここラードーン遺跡も封印しておったか。魔法で防御していても、この毒気は強烈じゃ。長く息をすれば肺がやられ、ここにいるだけでも身体が溶ける。まったく、嫌らしい封印の仕方じゃのう」
「師匠、どうする?」
「ひとまず下山しようか。このままでは儂のお肌が荒れてしまうのじゃ!」
エルマの指示に従い、俺たちは急いで山を下りた。しばらく進むと、遺跡からかなり離れた場所に小さな集落が見えてきた。どうやら、ここは『ラドン』と呼ばれているらしい。毒に覆われた遺跡の近くにあるためか、村は貧しく、住人たちの表情も疲れている。しかし、彼らはこの地に誇りを持っていて、得意げにこの地の温泉について語り始めた。
「ここがうちの誇り、『ラドンの泉』さー!」
ここの村長、サードンが胸を張って指差す先には、蒸気が立ち昇る湯の池が広がっていた。なかなか珍しい眺めではあるが、その蒸気はどす黒く、鼻を刺すような強烈な匂いが漂っている。
「これが、誇り……?」
「そうとも! この泉は普通の温泉とは違うのさー! 長く入ればなんでも溶かしてしまうくらい強烈な効能がある、温泉レベル99、通称『地獄の湯』さー!」
サードンの誇らしげな笑顔に、俺は面食らった。誇らしげなのは村長だけでない。貧しいながらも村人たちは皆ポジティブで、あちらこちらから陽気な声が聞こえる。
「ラドン名物温泉玉子だよ!」
「おっ、温泉玉子か! あの、トロッとした食感のやつだな」
「生卵をこの源泉につける。そして30分待つ。すると……殻と白身まで完全に溶けて黄身だけになる」
「怖えよ!」
「10秒この温泉に入れば、肌が一瞬でツルツルになるぞ! ただし、10秒が限界だ。それ以上入ると夜も眠れないくらい全身ヒリヒリする!」
「温泉毒饅頭はいかが? 害虫駆除に最適だよ」
村人たちは楽しそうに笑いながら、ラドンの泉の効果や名物について誇らしげに語っていた。
「わわわ、珍しいものがたくさんあってびっくりです。でも、どれもちょっと体に良くなさそうな感じがしてしまいます。すみません」
ミーアが控えめに本質を突いている。よほどの温泉マニアでもない限り、わざわざここに来ようとは思わないだろう。
「昔はもっと普通の温泉、温泉レベル10くらいだったのさー。でも、ラードーン遺跡に現れたヒュドラの毒が混じってから、今のように強烈な温泉になったのさー!」
「お父ちゃん、お腹すいたよう……」
「……」
村人たちは誇らしげに胸を張っているが、その裏には虚しさも漂っていた。その虚しさを紛らわせるために、敢えて陽気に振る舞っているのだろう。この温泉の変化のせいで、訪れる人が減り、村はどんどん寂れているという。
村人のカラ元気に俺は決意を固めた。この村の問題を解決するためにも、古代遺跡に入るためにも、遺跡を守るヒュドラを倒さなければならない。だが、エルマは腕を組んで渋い顔をしている。
「ヒュドラ自体は、目の前に現れれば儂の空間消滅魔法で倒せると思うが、あの毒霧は厄介じゃ。息をするだけで意識が奪われそうになるし、お肌が荒れるのもご免じゃ。できれば儂はあれに近づきたくないのう」
毒といえば、俺とミーアの出番だろう。俺には毒無効の加護があり、ミーアにも毒耐性がある。
「毒に耐えられるのは俺とミーアだけだな。俺たちだけでなんとかヒュドラを倒してくるよ」
「はいっ、お兄ちゃんと一緒なら、私、頑張れます!」
ミーアはにっこりと笑い、ぐっと拳を握った。
その笑顔に俺もやる気が湧いてくる。
「まあ、お主たちは確かにヒュドラ退治の適任者じゃろうな。では、儂はここで黄身だけの温泉たまごでも作って待っておるとしよう。しかし、十分に気をつけるのじゃぞ」
俺とミーアは再び毒霧立ち込める山を登り、ラードーン遺跡へと向かった。
俺とミーアは毒霧の濃い方へ、山のさらに奥へと進んでいった。周囲は毒によってあらゆるものが溶け、地面はヌルヌルとした液状で、枯れ果てた木々もドロドロに崩れ落ちている。そこはあらゆる生命を拒絶するような世界だった。
「わわわ、こんな強い毒見たことがありません……」
ミーアが呟く。俺の肌も焼けるようにヒリヒリしている。毒無効の加護があっても、毒霧に含まれる強酸が皮膚を溶かすのは完全には防げない。だが、隣を見れば、ミーアはいつも通りの様子で、まったく平然としている。さすが、毒の血液を持つミーアだ。毒霧には完全耐性のようだ。
進むにつれ、毒霧はますます濃くなる。俺は慎重に一歩一歩を踏みしめるように進んだ。ヌルヌルした足元は滑りやすい。慎重に進むこと数十分、ようやく霧の向こうに巨大な影が見えた。
ヒュドラだ。
三つの首を持つ異形の蛇。その巨大な体は緑色の鱗で覆われており、毒々しくヌメヌメと光っている。体長は五メートルくらいあるだろうか。ドロドロの床を滑るように進んでいる。三つの口からは絶え間なく黒い毒霧が吐き出され、辺り一帯に充満している。まさに毒の源そのものだ。
「お兄ちゃん、あの蛇さんを倒せばいいのかな?」
「ああ、間違いない。あいつが毒の元凶だ」
「ではすみません、石にしちゃいますね」
ミーアの瞳が妖しく輝き、石化邪眼が発動された。石化光線がヒュドラに向けて放たれる。しかし、光線がヒュドラの鱗に当たると、鏡のように光線を弾き返し、光線はあらぬ方向へと飛んでいった。
「神が遺跡を守るために作った怪物には……石化は効かないかもしれないな」
ヒュドラは俺たちの存在に気づくと、三つの首を同時にこちらに向けた。その目には明らかな敵意が宿り、猛獣のようにギラギラと輝いている。
「ミーア、気をつけろ! あいつは相当手強いぞ!」
毒々しい温泉へようこそ!
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