イザベル村の発展と手作りの学校
あれからさらに半年以上が経過した。ハルトの予想通り、イザベル村ツアーは大好評となり、ツアー客の数はうなぎ登りだ。今や休日ともなれば、何百人ものツアー客が訪れ、村人の数よりも客の方が多い状況になっている。ビーチは多くの人々で賑わい、ナノンはケーキ作りに追われ、ダガンの薬屋も大繁盛。新しく宿泊施設や娯楽施設も用意した。イザベル村は立派な観光地へと成長し、文字通り活気に溢れている。村人たちは大忙しだが、村は急速に潤っていた。しかし、稼いだ金が増えれば、それを狙う輩も現れる。そこで、俺は稼いだ金の一部を使い、自警団を編成した。村を守るため、怪しい者がいないか常に確認している。ハンツとモーリスも今や立派な自警団の一員だ。
「まさか俺たちが村を守る仕事をしているとはな……人生ってのはわからないもんだぜ」
ハンツはしみじみとつぶやく。
「でも、今の生活は悪くないね。村の人たちは優しいし、景色は綺麗で食べ物は美味しく居心地もいい。税金がない分収入も増えたし、サリオン帝国よりよほどいい生活ができてるよ」
モーリスも現状に満足しているようだ。また、二人は特に、ミーアに対して畏敬の感情を持っている。その力に対する恐れだけでなく、後にミーアがトララスから身を挺してハンツとモーリスを守ってくれていたことを知ったためだ。
「皆さん、いつもすみません。今日も村を守るお仕事、頑張ってください」
「はいっ、この村とミーア嬢には誰にも手出しさせません!」
二人はミーアに向け敬礼する。若干9歳のミーアが、自警団のトップのようなものだ。
そういえば、俺たちは、まだ真似事のようなものだが、学校も始めた。イザベル村には、30人程度の子供たちがいる。以前は生活のために手伝いをしていた彼らだが、これからの村の発展を考えると、教育は欠かせない。村の中心にある古い教会を改装し、黒板を設置。村の知識を持つ大人たちが交代で授業を担当している。素朴な教室だが、子供たちはいつも楽しそうに集まってくる。俺も得意科目の算数や理科を時々教えている。何せ本職のエンジニアだからな。エルマも、最初は面倒くさそうにしていたが、しっかり授業をしてくれている。
「よいか、歴史とは過去の知恵を学ぶことじゃ。言葉を知ることはその過去の知恵を自分のものとし、自分の考えを相手に伝える役に立つ」
と、国語や社会を中心に教えている。歴史というより自身の経験談だったりするのだが、内容があまりに壮大で生々しく、俺が聞いていても面白い。ミーアもここの生徒の一員だ。真面目で物分かりがよく、1番の優等生だ。
学校の授業内容は手探り状態だが、子供たちの目が輝いているのを見ると、始めて良かったと思える。彼らはいずれこの村、いや、この世界の未来を担う存在になってくれるだろう。
さて、学んでいるのは子供たちだけではない。
俺もエルマの指導のもと、魔法の修行を続けていた。魔法習得の才能は相変わらず壊滅的だが、努力の甲斐あって、なんとか『輪廻』の古代魔法は使いこなせるようになっている。この魔法を使い続けているうちに、俺は一つの疑問を抱いた。魔法陣に刻み込まれる詠唱の内容についてだ。そこで俺はエルマに質問してみた。
「師匠、この輪廻の魔法陣にも詠唱を刻むことができるみたいなんだけど、これに意味があるのか?」
「ほう、よく気づいたのう。輪廻の魔法陣に刻める詠唱は、繰り返しの回数や、開始と終了の条件を指定するものじゃ」
繰り返しの条件を記述できるなんて、まるでプログラミングみたいだなと思い、興味を持った。
「まあ、それほど細かい指定はできんがな。例えば、何秒後に始めるとか、10回繰り返すとか、その程度じゃ」
「なるほど。そもそも、詠唱の内容は何によって決まってるんだ? 小火炎の魔法陣に刻む詠唱と、輪廻の魔法陣に刻む詠唱は内容も違うし、誰かが定義してるのか?」
エルマはその質問を聞いて、目を丸くした。
「ほう、そこに疑問を持つのか。面白い奴じゃな。詠唱の定義は、魔法陣を生み出した者が定めたものじゃ。古代の叡智が生み出した規則が、今でも受け継がれているのじゃな」
「じゃあ、その定義を作ったやつがいるってことか?」
「そうじゃ。また、古代魔法の中には、詠唱そのものを定義するための魔法陣も存在する」
「詠唱を定義する……?」
俺にはそれが、魔法の根幹に近づく鍵のように思えた。
「師匠、それは面白そうだ! 詳しく教えてくれ!」
思わず身を乗り出してしまう。エルマはその反応に満足そうに微笑んだ。
「こんな地味な古代魔法にそこまで興味を示す者は滅多におらんぞ。大抵の者は、詠唱の内容は決まりごとだと疑問すら抱かんからのう」
エルマは腕を組み、少し考えるようにしてから言った。
「良かろう。では、『詠法』の魔法が眠っているラードーン遺跡に行ってみるか? 古代魔法を習得するには、古代の叡智に触れるのが一番の近道じゃ」
そんなわけで、俺とエルマ、そしてミーアの3人で、『詠法』の魔法が眠るラードーン古代遺跡を目指すことになった。遺跡はイザベル村から遥か北の山岳地帯にあり、エルマは過去に一度訪れたことがあるという。
俺たちは魔法車を飛ばし、目的地へと向かった。自身が一度訪れたことのある場所であれば、エルマの転送魔法を使って一瞬で移動することもできるのだが、人体の転送にはリスクがあるらしい。転送先の指定を誤れば落下の危険があったり、もし転送先に障害物があったり、過去に地形が変わっていたりすれば、生き埋めになる可能性もある。そんなわけで、緊急事態を除き、近場であれば魔法車での移動の方が安全だ。道中は荒涼とした景色が続き、進むにつれて空を覆う雲が不気味な黒へと変わっていった。やがて、ラードーン遺跡のある山のふもとに辿り着いた。
「何やらいかにも不吉な光景じゃのう……」
エルマが険しい表情で呟く。
「わわわ……なんとなくですが、バジリスクさんの時と似た気配を感じます」
ミーアが警戒しながら周囲を見渡す。
「ふむ……儂もろともウロボロス遺跡を封印しておった魔物のことじゃな」
俺たちは慎重に山を登り始めた。徐々に黒い霧が立ち込め、濃くなっていく。
「うっ……!」
鼻を突く毒々しい臭いが漂っている。毒の霧だ。俺は毒無効の加護を持っているため、毒そのものの影響は受けない。しかし、それでも肌がじりじりと痛む。霧に含まれる強い酸が肌を蝕み、体をゆっくりと溶かされているのだ。
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