魔王軍の海猫使い
フードを外したその人の顔には、虎のような模様がありました。鋭い目つきで、まるで獲物を見つめる猛獣のようです。さらに、彼の周りをたくさんの鳥が飛び回っていました。まるで命令を待っているかのように、彼の周囲を旋回しています。
「俺はトララス。ヘルヘイムの魔王軍だ」
低く響く声に、小屋の中の空気がピンと張り詰めたようでした。
「この地に、勇者と共にバジリスクを倒し、その力を自分のものとした者がいると聞いた。隠しきれない強大な力……それは、そこの娘に違いないだろう」
トララスさんは、まっすぐ私を見つめました。え、私ですか?
「そいつを連れ帰り、魔王軍の仲間にすれば、ジャガーノート様に褒められるはず」
その言葉に、ハンツさんが息を呑みました。
「魔王軍だと!? 一体どうなってやがる!」
モーリスさんも目をぱちくりさせて、事態についていけていない様子です。
……えっと、すみません、すみません、どうやら私はさらに大変なことに巻き込まれてしまったみたいです。
「ミャーミャー!」
突然、鋭い鳴き声と共に、小屋の中に大量の白と黒の鳥が飛び込んできました。海猫さんたちです。
「寅人中心の魔王軍には、猫を操る者は多いが……俺は少しユニークでな。海猫使いだ」
トララスさんが不敵に笑いながら言いました。
「俺の海猫は、ただ可愛いだけじゃない。体を強化して、弾丸のように飛ばすこともできる」
次の瞬間、海猫さんたちが一斉に空中で旋回すると、ものすごい勢いで飛んできました!
「きゃっ!」
私のすぐ横を海猫さんが通り過ぎ、後ろの壁に激突します。
ドゴォォォン!!
木の壁があっさりと撃ち抜かれ、大きな穴が空いてしまいました。
「ひ、ひえぇぇ……兄ちゃん、魔王軍はやばいよ! 俺たちの手に負える相手じゃないよ!」
モーリスさんが顔を青くして、ガタガタ震えています。
「くそっ……だが、ミーアは俺たちの大切な人質だ! 失ったら金が手に入らなくなっちまう。魔王軍だかなんだか知らねえが、渡すわけにはいかねえ!」
ハンツさんはそう叫ぶと、私の体をひょいっと抱え上げました。
「わわわっ!?」
そして、壊れた壁の穴から勢いよく飛び出しました。
「おっと、俺としたことが……わざわざ逃げ道を作ってしまうとはな」
トララスさんが余裕の笑みを浮かべながら、こちらに歩み寄ってきます。
「どのみち、俺からは逃げられん」
「ミャーミャー!」
けたたましい鳴き声とともに、無数の海猫さんたちが一斉に飛び立ち、まるで弾丸のようにこちらへ向かってきます。
「くそっ……!」
ハンツさんは私をしっかり抱えたまま、瞬間的に伏せ込み、ギリギリのタイミングで攻撃を回避しました。
ドガガガガッ!
背後の岩壁が砕け、砂煙が舞い上がります。
「ハンツさん、ありがとうございます」
私は彼の腕の中でお礼を言いました。
「フン、いいってことよ。なにせ、お前は大切な人質だからな!」
……うーん、ハンツさん。誘拐犯じゃなければ、ちょっとカッコいいかもしれません。すみません。とはいえ、このまま逃げているだけでは、どうにもならないので、私も反撃したほうがいいのでしょうか。でも、石化の邪眼を使うには、蛇の姿にならなければいけません。ここで私が本来の姿を見せたら、大騒ぎになってしまうかもしれません。どうしよう……
私があれこれ考えている間も、ハンツさんは必死に走り続けていました。ですが、追跡する海猫さんたちは、私たちの周囲を囲むように飛び回り、まるで逃げ道を塞いでいくようでした。
そして――
……行き止まりです。目の前には、切り立った崖の壁。もう逃げ場がありません。
「これが最後の忠告だ。その娘を渡せ」
ゆっくり歩み寄るトララスさんの声が、静かに響きます。
「渡すかよ!」
ハンツさんは息を切らしながらも、ついに最後の手段に出ました。
「それ以上近づくな! こいつは人質なんだぞ! こいつの命がどうなってもいいのか?」
ハンツさんはそう言いながら、私にナイフを向けます。思わず体が強張りました。やっぱり誘拐犯さんは好きになれません。
「フッ、わかっていないようだな」
トララスさんが冷ややかに笑いました。
「そいつは、お前がどうこうできるような相手ではないぞ。まあいい、これで終わりにしよう」
次の瞬間――
「ミャアアアアアア!」
海猫さんたちが、一斉にハンツさんめがけて飛んできました。これは避けられません。
ハンツさんを守らないと!
私はもう、その一心で――
「擬態解除、バジリスク!」
私はバジリスクモードになりました。蛇の尾が太く長く伸びていきます。
「お、俺は本気だぞ! 本当に、この娘の命は――うわあああっ!」
ハンツさんが悲鳴を上げました。自分の腕の中にいた私が、巨大な蛇に変わってしまったのだから、それは驚きますよね。本当にすみません。
そして、バジリスクモードの私は、飛来する海猫たちからハンツさんを守るため、素早く彼の体に巻きつきました。
「ぎゃああああああー!!!」
ハンツさんは絶叫して抜け出そうとしますが、危ないので私はしっかりと体を巻きつけて動けなくします。弾丸のように飛んできた無数の海猫を、私は全身で受け止め、盾となります。
……痛い。
何発もの衝撃が、私の鱗を打ちつけました。でも、これでハンツさんは無事なはずです。
「兄ちゃん、大丈夫かぁ!? どっひゃああ!」
後ろからモーリスさんの叫び声が聞こえました。そして、私の蛇の姿を見た途端、モーリスさんはその場でひっくり返ってしまいました。しかし――
危ない!
今度はモーリスさんの方に、猛スピードで飛ぶ海猫たちの弾丸が迫っています。どうしよう……!?
――そうだ!
私は咄嗟にモーリスさんに向かって 『石化邪眼』 を放ちました。
カッチカチ。
モーリスさんの体が、みるみるうちに石へと変わります。その直後、
「ミャアアアア!!」
海猫の弾丸が、石像のモーリスさんに激突しましたが、狙い通り、石の体はびくともしません。
「あひゃあああ! モーリスが石になってるぅ!!!」
でもそれを見たハンツさんがさらに絶叫しました。私は次に、トララスさんへと石化邪眼を向け、石化光線を放ちます。しかし、トララスさんは驚くほど素早く身を翻し、光線を避けてしまいます。
「やはり、俺の予想通りだ。 その力……魔王軍のために役立ててもらおう」
トララスさんは嬉しそうにに笑いながら、私からある程度の距離を取り、海猫さんたちで取り囲んできます。私は必死に石化邪眼をあちこちに向けて光線を放ち続けます。トララスさんには当たりませんが、空を飛び交っていた無数の海猫たち、周りの地面や木々、海までもが、次々と石化していきます。赤い夕日が石化した空間を真っ赤に染めていました。
ミャアアアアアア!
ドガッ! ドガガッ!
そして、石になった海猫さんたちが、まるで雨のように降り注ぎ、真っ赤な硬く冷たい世界にどんどん積み上がっていきます。
「あわわわわわわわわ……ここは魔界か地獄か世界の終わりかぁ……」
ブクブク。
ハンツさんは蒼白な顔で呟くと、泡を吐いて気絶してしまいました。
ゆーかいは、よくないよね。
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