魔改造した支配の首輪
リリィは驚異的な身体能力で瞬時に間合いを詰めた。
漆黒の爪が閃く。
その速さは常人には到底捉えられないほどだ。
――マスター、緊急回避します。
リバティの周囲に展開された魔法陣が即座に反応し、斥力が彼の身体を後方へ叩き出す。
次の瞬間、リリィの爪が虚空を裂いた。
衝撃波で壁が深く抉れ、石材が音を立てて崩れ落ちる。
「痛ッ……!」
背中から地面に転がり、リバティは息を詰まらせた。
「……ヤバ。これ、直撃したら一撃で終わりだな」
高速回避による反動が全身を襲う。内臓が揺さぶられる感覚。
「緊急回避だけで、もう結構ダメージ食らってる……」
リバティは即座に体勢を立て直した。呼吸を整える間もない。
次の瞬間、視界の端を影が切り裂く。
鋭利な爪。間を置かず、連続して繰り出される打撃。
リバティは不自然な姿勢で、紙一重でその攻撃を回避し続けた。
彼の緊急回避の仕組みがなければ、すでに終わっていただろう。
「……そろそろ、効いてくれないと困るな」
呟いた、その直後だった。
リリィの動きが、明らかに鈍った。足元がふらついているようだ。
「……っ?」
彼女は思わず片膝をつく。
「これは何だ……目が、霞む……」
その様子を見て、リバティは安堵の息を吐いた。
「効き始めたな。魔道具十六番『超不完全燃焼マシーン』。密閉空間で不完全燃焼を起こしたらどうなると思う?」
彼は先ほど召喚した、歪んだストーブのような魔道具を指さした。
「一酸化炭素が充満し、呼吸しているつもりでも体は酸素を取り込めなくなる」
まったく理解できないという表情のリリィに、リバティは続ける。
「魔王でも、生き物だ。息ができなければ、長くは動けない」
リリィはもはや姿勢を維持できず、倒れそうになる。
「……では、なぜ貴様は動ける?」
かすれる声で問うリリィに、リバティは胸を張って答えた。
「一酸化炭素は毒だ。だから、俺には効かない。俺の加護は、毒無効(極)、だからな」
「どく……きわみ……」
言葉を繰り返したまま、リリィは肘をついて辛うじて体を支え、その格好のまま動けなくなった。
「さて、相手が動かなければ、正確な位置に合わせられる」
リバティは先ほどと同じように小さな魔法陣を空中で操作し、それをリリィの首元にぴったりと重ねた。
「至れ我が工房、顕現せよ、魔道具十八番!」
小さな魔法陣が輝くと、そこから現れたのは禍々しい首輪だった。それがリリィの首にぴったりと装着されている。
「俺の、勝ちだな」
続けて彼は、超不完全燃焼マシーンと氷の壁を送り返して消し去った。すると、リリィの意識が徐々に戻ってくる。
「これは……まさか、支配の首輪か!?」
首元に触れ、彼女は目を見開いた。
「そう、だが、俺が魔改造した支配の首輪だ」
「魔王のこの私にそんなものが効くわけないだろう!」
リリィは怒りを露わにして叫んだが、リバティは静かに首を振りながら答える。
「だから、魔改造したんだよ。魔王軍が使っている支配の首輪は、命令に従わないときに一定の強さの電撃が出る。並の人間なら即死する程度の電撃だ。でも、魔王には足りない。だから仕様を変えた」
リバティは淡々と解説を続けた。
「この魔改造した支配の首輪は、命令に従わないとき、対象者の魔力を吸収し、その大きさに応じた電撃を放つ。つまり、対象者の魔力が大きいほど、電撃の威力も上がることになる」
その意味を解釈したリリィの表情が凍りつく。
「……ま、さっそく試してみよう。魔王リリィに命令だ。今後、俺の許可なく、人に危害を与えようとするな!」
リバティが命令すると、首輪が微かに振動した。
「この私に命令などできるものか! 今すぐ貴様を八つ裂きにしてくれる」
怒りに任せ、リリィがリバティに狙いを定めた瞬間。
「――ギャァァァァッ!!」
彼女の体に凄まじい電撃が駆け巡った。
リリィは床に崩れ落ち、焦げた臭いが立ち上る。
「……ハァ……ハァ……」
歯を食いしばり、リリィは必死に息を整えた。
「ちょ……ちょっと、待て……この威力は……洒落にならん……」
リリィは苦痛に顔を歪めながら、何とか意識を保とうとする。リバティは冷静に言った。
「ここまで威力が大きいのは、それだけあんたの魔力が規格外って証拠だな。そして、実験は成功。もう、お前は俺に逆らえない」
ここまでの戦いは、魔王を『倒す』のではなく、『従わせる』ために最初から組み上げられた作戦だった。
「じゃあ、次の命令だ。これから俺のことは『貴様』ではなく――『ご主人様』と呼ぶこと!」
リリィは激しい怒りに身を震わせた。
「ふざけるな! 魔王であるこの私が、貴様をそのように呼ぶなど――」
言葉の途中で、首輪が唸りを上げる。
「――アァァァァッ!!」
激痛が全身を貫き、リリィは膝から崩れ落ちた。電撃は止まることがない。彼女は床に手を突き、ただ耐えるしかなかった。
「これは、魔王が俺の支配下に置かれたことをはっきりさせるために必要な手続きなんだ。ほらほら、ご主人様と呼ばないと、最悪死ぬよ?」
リバティは容赦なく言い放つ。
「……っ」
リリィの震える唇が、何度か空を切った後、
「……ご……ご主人様……」
その瞬間、首輪の振動は止まり、電撃が完全に消えた。
リリィは肩で息をしながら、ようやく体を支える。
「……魔王である、この私が……何という、屈辱……」
絞り出すような声に怒りと恥辱が滲み、深紅の瞳に憎悪が燃え上がる。
「決して許すまじきシン人共……必ずや、根絶やしにしてくれる……」
「……発言がイチイチ怖いな」
リバティは額を押さえた。
「魔王を従えること自体はできたけど、改めて考えたらこのまま連れ帰っても確実に大騒ぎだな。『冥府の女王』だもんな。皆の恨みも深すぎるし……」
「何をごちゃごちゃ言っている! 今すぐその首輪を外せ! さもなくば死よりも恐ろしい体験を味わうことになるぞ」
「はいはい、そういうのが問題なんだ。……威圧感が強すぎる。これはもう、キャラを変えてもらうしかないよな。罪を償ってる感も必要だし……」
リバティは顎に手を当てて考え込んだ。
そして、ひらめいた。
「そうだ、三つ目の命令。今後、会話の語尾に『にゃん』をつけること」
リリィの目が、烈火のごとく見開かれた。
「阿呆か! 私は虎だ! 猫ではない! 死んでもそんな――ギャァァァァッ!」
再び首輪が唸り、容赦ない電撃が走る。
「私は……誰もが恐れる魔王……冥府の女王……!」
――ビリビリッ!
「そのような屈辱的な語尾など……」
――バチバチッ!
「口が裂けても――ギャァァァァッ!」
「じゃあここでお別れかな。悪いことたくさんしたから、後悔しながら果てていってね」
リバティは淡々と告げる。
「……っ」
震える唇が、かすかに動く。
「……死にたくないにゃん」
リリィは声を震わせながらも、ついに言ってしまった。彼女は恐る恐る質問する。
「……だが、どうして『にゃん』なのだ……にゃん?」
「えっと」
リバティは少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「反省を促す罰ゲーム的な意味と、その話し方だと何言っても怖いから、語尾で中和しようと思って……あと、猫耳だから」
リリィは体を震えさせて叫んだ。
「だから、私は断じて猫ではない! 虎だァ!」
――ビリッ。
「……虎だにゃんよ」
「うん、まあそれでいい。あと、そんなに嫌なら、別に『にゃん』じゃなくてもいんだ。例えば、語尾を『でゲスぅ』とかに変えようか?」
「語尾は『にゃん』でお願いするにゃん!」
こうして、世界を恐怖で支配していた魔王リリィは、愉快な仲間となってリバティの一行に加わった。
――これは、異世界に転移したものの、剣も魔法も才能がないエンジニアが、技術力で魔王を従える物語である。
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