ミーアの擬態は大好評
俺たちはイザベル村の観光ツアーの開始に向けて、準備を進めていた。だが、多くの観光客が訪れるようになると、一つ問題になりそうなことがある。ミーアの姿だ。特にサリオン帝国の人々は、巳人の蛇の姿に対して強い恐怖感を抱いている。そこで、俺はエルマに相談してみた。
「確かにそうじゃな。ここの住民たちはミーアの姿に慣れておるが、シン人たちは他の種族に対して抵抗感を持っている者が多い。巳人の姿は特に特徴が強いからな」
この世界には、さまざまなヒトの種族が存在している。例えば、虎のような野獣の身体能力を持つ寅人、別名ミノタウロスとも呼ばれる丑人、オークとも呼ばれる猪型の亥人、森の賢人ケンタウロスとも呼ばれる午人などだ。俺たちは、シン人という種族に属しているようだ。
「そういえば、シン人ってどういう意味なんだ? 俺たちの種族の名前だよな?」
ふと気になったことをエルマに尋ねてみる。『シン』という響きから、なんとなく『神』や『新』のような言葉が連想される。
「なんじゃ、お主、そんなことも知らんかったのか?」
とエルマは少し驚いた様子で続けた。
「シン人は、こう書くんじゃ」
ーー申人。
「つまり、『お猿さん』じゃな」
……ああ、俺たちは猿だったのか。まあ、薄々そんな感じかなとは思っていたけれど……
「申人は、身体能力はそれほど高くないが、手先が器用なのが特徴じゃ。あと、キャッキャとよく騒いで、妙に階層社会に固執しがちじゃな」
と、エルマは続けた。確かに納得できる説明ではあるが、ちょっと申人に対して否定的な響きも感じる。
「師匠も申人だろ?」
「……まあ、そんなことより、ミーアの話じゃ」
俺の質問を微妙にはぐらかし、エルマは話を戻す。
「儂からミーアに『擬態』の魔法を教えようと思う。比較的簡単な無詠唱魔法じゃ。もちろん、小火炎よりは難しいがな」
なるほど、俺が習得に半年かかった小火炎の魔法よりも難しいということは、習得に相当な時間がかかるのではないだろうか。しかも、ミーアはまだ幼い。
「賢者のお姉さん、すみません。私、頑張ります!」
だが、ミーアは真剣な表情で言った。ミーアよ、挫けずに頑張って欲しい。兄として心から応援しよう。これから彼女の長く厳しい特訓の日々が始まるのだ……
そして半日後、ミーアはあっさりと擬態の魔法を習得していた。
「ほう、そなたはなかなか筋が良い。魔法の習得に関して、百人に1人くらいの才能を持っておるようじゃ!」
と、エルマが目を輝かせながら褒めた。俺が千人に1人のできなさ具合だから、ミーアは魔法に関して言うと、おれの10万倍のポテンシャルを持っていることになる。なんだか、ちょっとだけ凹んだ。
ミーアが『擬態』の魔法を使うと、蛇の半身を足に変化させ、見た目が完全に俺たちと同じ姿になった。
「わあ、にょろにょろが、てくてくになりました。てくてく歩くのも面白いです!」
これでミーアが巳人であることは全く分からない。これなら、観光客が来ても安心して外に出ることができる。ミーアも嬉しそうだ。
だが、俺たちと同じ姿になったミーアの可愛さは、さらに際立っている。誰もが振り返って見てしまうような可憐な少女で、周囲の視線を引き寄せてしまいそうだ。これも一つの問題だな、と思うものの、まあ仕方がない。
◇ ◇ ◇
さて、イザベル村ツアーの準備も整い、ついにサリオン帝国からツアー客が訪れ始めた。最初は少人数で、20人ほどの規模だ。四台の馬車で来ている。そこには、様子見も兼ねてハルト自身の姿も見受けられた。初めてのツアー客を迎えるため、ダノン村長をはじめとするイザベル村の皆が集まり、賑やかな歓迎の準備をしていた。ミーアも天使のような微笑みを浮かべて、その場に華を添えている。ツアー客たちは整備されたビーチの美しさに驚き、ミーアの可愛さに驚き、珍しい食べ物に驚き、そしてまた再びミーアの可愛さに驚いていた。
「こちらのお嬢ちゃんは?」
と、ツアー客の一人がミーアについて尋ねた。
「ああ、この子はこの村の最大の功労者の妹さんですよ」
と、村人が答える。その言葉に、そのツアー客は妙に納得した様子で頷いていた。功労者って、ああ、俺のことか……
ツアー客たちはビーチで海水浴を楽しみながら、海鮮焼きとエルマが考案したスペシャルドリンクを堪能し、ナノンのケーキ屋のケーキの美味しさに驚き、さらにダガンの薬屋の品質に感嘆していた。そして、予想以上にお金を落としてくれる。その理由は、商品の質が良いだけではなく、重税で物価高なサリオン帝国とは違い、イザベル村の商品の価格設定はかなり安く、お値打ち感があるためだ。皆、とても羽振りが良く、喜んでお金を使ってくれている。あまりに狙い通りすぎてウハウハだ!
そんな俺とツアー客たちの楽しそうな様子を、深くフードを被った男が邪悪な眼差しで見つめていたのだが、その時の俺たちには知る由もなかった、というのはきっと何かのフラグである。
こう上手く行き過ぎていると、また何か起きる予感がしますよねー
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