魔王グリン
全身を覆う体毛は金色の光を放ち、暗い遺跡の中でもその雄々しさを引き立てている。反面、相手には、こちらの姿ははっきりとは見えていないようだ。
「どこのどいつかは知らんが……オレらの縄張りを荒らすとは、命知らずな奴だな」
その口調には、侵入者を排除することに一片の迷いもなさそうだ。
「さっさと片付けて帰るとするか」
グリンは巨大な三又の槍を軽々と振り上げ、こちらへ構えた。
「ちょっと待て――」
俺の声が届く前に、グリンが一歩を踏み出した。そう見えた時には、もう距離はなかった。
俺の身長の二倍はあるあの巨体で、あり得ない加速だ。
俺の遅延邪眼でも、輪郭を追うのが精一杯。
俺が体を捻った次の瞬間、俺の背後の石壁に、三又の槍が突き立てられていた。
「あの一撃を、かわしやがるか」
遅延邪眼を発動していなければ、初撃で終わっていた。
「……相変わらず、頑丈な壁だな」
グリンは槍を豪快に空中で旋回させ、再び、切っ先がこちらを捉えた。
あの体躯……生半可な攻撃は、通らない。
だが、俺も動じることはない。この手の猪突猛進な高速攻撃には、経験がある。
勇者トオルだ。
「コール・トランスファー・グリーンガム」
俺は足元に、小さな転送魔法陣を展開する。
『魔法陣複製』
そして、俺の特技により魔法陣は瞬時に複製され、床一面に散りばめられた。
「奇妙な魔法だな……」
グリンが魔力を込めた槍を振るたび、魔法陣のいくつかは掻き消える。
だが、俺は消える端からさらに増やしていく。
「しゃらくせえ!」
面倒になったグリンは、先ほどと同じ踏み込みで突進した。
そして魔法陣を踏み抜いた瞬間――床に、高粘度の魔法ガムが展開される。
踏み込んだグリンの脚が沈んだ。
突進は、強烈な初動があってこそ成立する。
踏み込みを殺せば、勢いも削がれる。
グリンは、わずかに体勢を崩した。
「オーバーロード・トランスファー……」
このままこれらの魔法陣を輪廻の炎に上書きし、集中砲火を浴びせる――
「おお、グリンではないか。久しいの!」
その時、エルマの声が戦場に割って入った。
グリンが降ってきてから、ここまで――わずか五秒。
グリンは動きを止め、声の主を見ると、ぱっと表情を緩めた。
「おお、その声……もしや、エルマの姉貴か!」
「久しいのう。三百年ぶりくらいか。お主は、変わらんのう」
「はっ、まったく何の変化もねぇエルマの姉貴に言われたかねえよ」
そう言ってから、グリンは改めて俺へ視線を向ける。
さっきまでの殺気はすっかり消えていた。
「……ん? よく見りゃ、オメェ、魔科学術師じゃねえか。なるほどな。どうりで、強えわけだ」
グリンは完全に警戒を解いた様子で、三又の槍を背に収めた。
「グリン、私もいるにゃんよ」
リリィが、少し拗ねた調子で声を挟む。
「フン……冥府の女王もいるのか。よく見りゃ、微笑の悪夢まで一緒じゃねえか。また魔王議会でも始めるつもりか?」
グリンは困惑したように鼻を鳴らした。
「師匠、魔王グリンと知り合いだったのか?」
「ああ。昔、儂がヨトゥンヘイムを訪れた折に気が合ってのう」
エルマは懐かしむように目を細める。
「もっとも、それも三百年前の話じゃ。今となっては、ここで儂を覚えておるのはグリンくらいじゃろう……じゃが、話が早くてちょうど良かったわい」
「で?」
グリンは三又の槍を肩に担ぎ、豪快に笑った。
「魔王共と仙人の一行が、オレらの聖地で、何の用だ?」
エルマは軽く手を振った。
「荒らしに来たわけではないぞ。少しばかり、古代の叡智に触れさせてもらえれば、それでよい」
グリンは頭を掻き、短く息を吐く。
「ったく……他ならぬ姉貴の頼みだ。まあ、触るくらいなら構わねえか」
そして、少しだけ首を傾げた。
「もっとも、古代魔法といってもな。あれは精霊魔法の出来損ないみたいなもんだぜ。あんたらの役に立つのか?」
「どんな魔法も、使いようじゃな」
それ以上の説明は、必要ないと言わんばかりにエルマは答えた。
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