未来を読めなくするプログラム
砂塵を巻き上げ、俺たち三人はふたたび天使たちの前へ姿を現した。周囲の兵たちも距離を保ち警戒を強める。静寂を破ったのは、フレイアの澄んだ声だった。
「……戻ってこられたのですね」
彼女は相変わらず穏やかで美しかったが、その瞳にはわずかな驚きが浮かんでいた。
「正直……そのまま逃げ出すのかと思っていました」
隣でフレイも抑揚のない声音で返してくる。俺は二人を正面から見据え、はっきりと告げた。
「ああ、アースベルも、レイアも――まだ諦めていないからな」
その言葉に、フレイアのまなざしがわずかに揺れた。
「レイア……」
何かを思い出すかのように小さく漏れたその声に、俺の胸が軋む。ただの気のせいかも知れない。しかし、フレイアの中にはレイアがまだわずかに残っているのかもしれない。そんな根拠のない期待を振り払うため、俺は思わずフレイアから視線をそらした。
今度の俺たちは三人一組で行動する。それぞれが単独で戦っていた前回とは違い、今はは明確な役割を意識している。さあ、作戦開始だ。
フレイの周囲に、またしても光の剣が浮かび上がる。百本近い剣が空中に展開され、螺旋を描いて旋回しながら、前回と同じように、全方位からじわじわと包囲してくる。
「まずは、まとめて氷漬けにしてやるにゃん」
リリィが低く呟き、詠唱を開始した。
「我は開かん。世の果て、北の極地より、万物を凍て付かせる白く輝く死の冷気――」
瞬間、空中に展開された魔法陣が白く輝く。
『死の吹雪!』
凍てつく吹雪がフレイ目がけて吹き荒れる。あらゆるものを瞬時に凍結させる、リリィが得意とする広域魔法だ。
『光壁!』
その瞬間、フレイアの前に黄金の光が奔った。形成された防壁は、完全に吹雪を受け止め遮断する。未来を視る力により、完璧なタイミングでの展開だった。
だが、これでいい。これでしばらくの間、フレイアは凍結を防ぐため、こちらの光壁に注力しなければならない。
――次の勝負は、一瞬で決める。
俺は魔道具二十番『ホーミング魔法弾』のトラッキングモジュールを再び起動させた。淡く光る両眼がフレイの姿を捉え、正確な位置座標をリアルタイムで解析し始める。
「オーバーライド オン・トラッキング ベクター P ディスプレイ ランド ノルム P % 6……」
そして、俺はトラッキング装置の処理の一部をオーバーライドして置き換えた魔法プログラムを詠唱した。実行すると、空中に淡く輝く0から5までの六種類の数字が現れ、目まぐるしく変化し始めた。
エルマは作戦通り、その数字を睨みつけるように凝視している。
「黄泉の門よ、今ここに開かれよ。冥府の深淵より来れ、終焉に潜む漆黒の刃!」
そして同時にリリィは死の鎌の詠唱を終えて魔法陣を完成させ、いつでも呼び出せるように準備を終えた。
一方、空を巡るフレイのブレイブソードたちは、俺たち三人を取り囲みながら、じりじりと間合いを詰めてくる。
その時、フレイが確信をもって口を開いた。
「見えた……今度は空間を渡り、光壁の反対側――俺の背後に転移し、用意した魔法を放つもりだな。真後ろか」
そう呟いたフレイの瞳が、次の瞬間、かすかに揺れた。
「……否。右後方か? いや、上か……ちがう、下……?」
冷静なその口調に、初めて焦りが滲む。
「――おかしい。未来が……定まらない……!」
完璧だった彼の未来予知に綻びが生じている。その動揺を捉え、俺は確信する。仕掛けは、機能している。
しかしその間も、周囲から迫る無数の光の剣。殺到する銀白の刃が、空を埋め尽くすように俺たちへと襲いかかる。俺は迷わず叫んだ。
「――今だ、師匠!」
「三番、上方じゃ」
『空間☆転移!』
エルマの詠唱が響いた瞬間、魔法陣が足元に展開され、俺たち三人の姿は消失。そして、次に現れた場所はフレイアの防御城壁、光の壁の内側、フレイのすぐ背後やや上方。その刹那、
「刈り取れ――死の鎌!」
リリィの魔力が解き放たれた。漆黒の刃がフレイを襲う。
「有り……得ない!?」
彼が初めて遭遇したであろう読めない未来。咄嗟の反応も追いつかず、フレイの身体が死の鎌の鋭い軌道で切断され、血飛沫の代わりに銀の光が空中を舞った。
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