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A man DYED in madness 5

 体が全く動かない。金縛りに遭ったのではなく、体をロープ状のものでベッドに固定されているのだと気づくまで時間はかからなかった。


 ジュリーを人影が取り囲んでいる。傭兵生活を経たおかげで猫のように利くようになった夜目が見たのは、集落の女性たちだった。


「むぐっ!?」


 猿ぐつわを噛ませられているらしく、声が出せない。女性たちはみんな不気味な笑みでジュリーを見下ろしている。


 もう一人、大きな人影がのそりと近づいてくる。ダイである。


「お前も俺の『家族』だ……」

「ふぐ!?」


 ジュリーはなに? と言おうとした。


「そして俺と一緒にもっと『家族』を増やそう。世界を平和にするためにはもっと『家族』を増やさないといけない。『家族』を……」


 荒い呼吸とともに、衣擦れと金具の音がする。


 自分を相手に本気で生殖をしようと考えているのか。美人とは程遠い大女相手に欲情するのはいろんな意味で只者ではない。


 だがダイはジュリーの力を見くびっていたようである。ジュリーは全身に力をこめ、全身の筋肉を隆起させた。彼女にとって緊縛状態を破るのは造作でもないことである。


(フン)!!!!」


 ブチブチッ、とロープが音を立てて切れるとともに、体を跳ね起こした。女性たちは悲鳴を上げ、ダイも下半身丸出しのままで腰を抜かした。


 ジュリーが猿ぐつわを解いて叫ぶ。


「あんたみたいな頭がイカれた男は初めて見るよ!」


 しかしダイたちは備えを怠っていたわけではなかった。


「動くな!」


 アリーが拳銃を突きつけた。


「あんた、何でこんな変態男に従う?」

「私は故郷で旧政府軍の兵士に慰み者にされてたのよ。反乱軍が故郷を占領したときもやっぱり慰み者にされた。そのときにダイがやってきて私を解放してくれたの。ダイは私たちの救世主なのよ」


 戦争は人の心を狂わせてしまう。そこにつけこむようなダイの手口に怒りが湧き上がる。


「あんたには同情するが『家族』になんてなってやるわけにいかないね!」


 いくらアリーが拳銃を持っていようと、百戦錬磨のジュリーにはかなわない。引き金を引く前に詰め寄って拳銃を叩き落した。


 力任せにアリーとダイの「家族」を押し分けて部屋から脱出しようとしたが、ドアを開けると大勢の「家族」が拳銃を構えて待ち受けていた。


 しかしそのとき、一筋の光が窓から射し込み、「家族」の目をくらませた。


「こっちです!」


 窓の外で須賀野鼎がL型ライトを照らして手招きしている。ジュリーは考えるより先に、鼎が開けた窓から巨体を翻らせて脱出した。


「追えー!」


 ダイが鬼の形相で怒鳴るも、鍛え上げられた二人の足には誰も追いつきそうにない。


 二人は「有限会社丸山商店」の軽トラックに乗り込み、ジュリーは慌てずにイグニッションキーを回し、急発進させた。


「あいつはとんでもない変態詐欺師だったよ!」


 集落から離れるにつれて若干心の余裕ができたジュリーは、ありとあらゆる汚い言葉でダイたちを罵倒した。


「だけど大切な人を亡くしたのは本当でしょう。それまではまともな人間だったと信じたいですね」

「しかしアレを放置してたらいずれ災いを招くよ。近くのカナダ軍に通報して始末してもらった方がいいんじゃないかい」

「政治的に不可能です。それにカナダ軍の駐屯地は方向が逆です」


 トラックは無人の荒野の中を走っており標識も看板もないが、もと来た道を真っ直ぐ引き返しているだけであり、このまま進めばガルドン村に戻ることができる。


「しかしダイさん、簡単に帰すつもりはなさそうですね」


 鼎が後ろを振り返る。ジュリーもバックミラー越しに後ろを見た。


 まばゆいヘッドライトの光が目に入ってきた。


 ダダダダッ、という戦場でイヤという程聞いた音とともに、曳光弾が緑色の軌跡を描いて飛んできた。


「くそっ!」


 車体を左右に振って回避運動をとる。空を切る音と跳弾音が耳を突く。車体には命中していないようだが、まずは威嚇射撃のようだ。


「ジュリー! 俺と家族になろう!」


 はっきりと後ろからダイの大きな声がする。拡声器を使っていた。


 相手の車がさらに接近してくる。トヨモト社のピックアップトラックを改造したテクニカル。この国では旧政府軍と新政府軍、その他さまざまな武装勢力が好んで使用していた兵器だ。ジュリーの軽トラックもエンジンを改造しているので出力が上がっているが、それでもスペック差は歴然としている。追いつかれるのは時間の問題だ。現にジュリーの夜目がダイの顔を視認できるところまで近づかれている。ダイは助手席に座り、運転席には取り巻きの女性がいて、荷台の銃座にはアリーがいた。


「仕方ない。須賀野さん、あんたイスラエル製の銃は使ったことあるかい?」

「やってみます」


 鼎は即答した。いくら正当防衛とはいえ自衛隊員が派遣先の現地人に、しかも日本人に発砲したのが知れると大問題では済まないが、そんなことを考えている余裕はない。


 ジュリーの小銃を借りた鼎だが初めて触ったにも関わらず、並の自衛隊員ではない手付きでスムーズにマガジンを装填しセーフティを外すと、窓から身を乗り出した。


「ジュリー! さあ俺と一緒に」

「うるさい男だな」


 鼎はそう言うなりダイに向けて一発発砲した。


「うわーっ!」


 ダイが拡声器を落として車内を体に引っ込める。銃弾は拡声器に命中していた。威嚇射撃をするつもりはさらさらないらしかった。


 さらにもう数発、車体に発砲。弾丸はフロントに穴を開け、エンジン部からもうもうと煙が吹き出した。スピードがたちまち落ちていく。


 アリーが絶叫してやけくそ気味に機関銃を乱射するが、もはやジュリーのトラックを止めることはできなかった。


「あんた、やるねえ!」


 ジュリーが拳を差し出すと、鼎も拳を当ててきた。


「しかし上にはどう報告するんだい?」

「今からゆっくり考えますよ」


 鼎はあくびをした。顔に似合わぬ胆力。こんな男は戦場でも見たことがない。そしてこれからも戦場で同じ男に出会える気がしない。


 この男と一緒なら、例え戦場でなくても退屈しない日々を過ごせるに違いない。傭兵稼業から足を洗うと決意した瞬間であった。


 そして鼎が帰国する一ヶ月前、上官の井崎一佐の取り計らいもあって鼎に想いをぶつけ、見事成就した。結婚後に二男一女を産んだが、どの子も両親に似た武闘派に育っている。


 その裏ではあの男も、どこかで「家族」を増やし続けている……。

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