A man DYED in madness 3
道が開けられて、ジュリーたちはリーダー格の女性の後ろをついていく。
「長はダイっていうのかい」
「ええ。私たちを導いてくれるとても優しいお方よ」
言い回しに何やから引っかかるところがあった。それに集落の光景。建物はどれも新しく銃痕一つついていない。しかし何よりも一番不自然な点がある。
彼女が万が一日本語を理解している可能性を考え、聞こえないよう小声で鼎にささやく。
「何か変だと思わないかい?」
「かなり変ですよ。なんで女性しかいないんでしょうか」
住民たちがジュリーたちを物珍しそうに見ていたが、その中に男性の姿は一人も見当たらなかった。この国に女性だけの集落があるなど見たことも聞いたこともない。
「ここがダイの家よ」
何の変哲もないレンガ造りの平屋の家である。中に案内されると、そこには確かに日本人がいた。集落の長というからには年長者を想像していたが、まだ青年と呼ばれるぐらいの年齢に見受けられた。
「ダイ、日本からお客様よ」
「おお、これはこれは。わざわざ来てくれるなんて」
ダイと呼ばれた男は、一片の敵意も見られない笑顔を見せて握手を求めた。
「クラナシ=ダイだ、よろしく。ダイと呼んでくれ」
ジュリーと鼎はそれぞれ自己紹介しながら手を握り返した。
ここから先は鼎の仕事である。
「日本人はダイさんだけですか?」
「ああ。俺だけになってしまった」
「だけになってしまった、とは?」
「第一次内戦が終わった頃、俺たちは家族と一緒にボランティアとしてこの国に来たんだ。だが第二次内戦が始まった日、住んでいた村が攻撃を受けてな……」
ダイは後ろの壁を見上げた。そこにはダイ以外の日本人が写っている写真が飾られていたが、その意味を察した鼎が「すみません」と謝罪した。
「いや、こちらこそすまない。いきなりこんな重たい話をしてしまって。だが今は新しい『家族』を作って増やすことができた。このアリーは大切な『家族』の一人だ」
リーダー格の女性の名である。そのアリーはすっかり警戒心を解いたようで、にこやかな顔でジュリーたちにコーヒーを淹れてくれた。
「ご家族はダイさんとアリーさん含めて何人おられます?」
「ここにいるみんなが『家族』さ」
微妙に答えになっていなかったが、鼎は質問を変えた。
「この集落、地図には載っていないのですが、まさかダイさんが新しく造られたのですか?」
「ああ、『家族』と一緒にな。最初は攻撃された村を建て直したんだがこっちの方が畑をするのに土壌が良いし、井戸水の質もいいからな。だからみんなで移住したんだ」
ダイは嬉しそうに言った。
「そう、俺たちの新天地は俺たちで築いたんだ。そして俺たちだけで守っている」
ちょっといいかい、とジュリーが口を挟んだ。
「女しか見当たらないし、中には小さい女の子も結構いるんだが、本当に全員あんたの『家族』かい?」
「ああ、『家族』だ。戦争で親きょうだいや夫を亡くしたのも引き取ってみんな俺の『家族』にした。いまや大所帯さ」
「男はいないのかい?」
「この国の男どもは女性を道具としかみていないからダメだ。戦争を引き起こしたのも男どもだ。男は『家族』になれない」
そう語るダイの目はぎらついていた。女の身でありながら戦争に身を投じたジュリーの心中は複雑だった。ダイの思想には偏りが垣間見える。確かにこの国は男尊女卑が激しいが、少なくともジュリーは男勝りだったこともあり、周りの男からは尊敬を集めていた。
「ダイさん、私たちは何か困ったことがないか調査しています。物不足や治安の不安などがあれば申し出てください。最大限の援助をいたします」
鼎が言うと、ダイは柔らかい笑みを浮かべた。
「申し出はありがたいが、必要ない。衣食住に安全、全てが揃っている。ウソだと思うなら集落全てを存分に見ていくといい」
コーヒーを飲み干した後で、ジュリーたちはダイとともに集落の中を見て回ることになった。
「ダイー!」
少女が井戸水をポリタンクに汲みながら声をかけてくる。背中には赤ん坊を背負っていた。
「やあエタリー。お仕事頑張ってるね」
「その人たちは?」
「お客さまさ」
「こんにちはー!」
エタリーはジュリーたちに挨拶はしたもののそれ以上なにも言わず、赤ん坊をあやしながら仕事を続けた。
「なかなかいい掘削機を使われてますね」
「俺が作った。こっちの機械もな」
右手には製粉所があり、ここではディーゼル式の穀物粉砕機でとうもろこしの粉が作られている。さらに左手の建物では複数人の女性が機織り機を使って織物を作っている。穀物粉砕機も機織り機も、全てダイのハンドメイドだという。
「こいつはさすがに作れないがな」
ひときわ頑丈そうなレンガ造りの建物は武器弾薬庫である。中を見せてもらうと、綺麗に陳列されている旧ソ連製の小銃が目についた。
「ま、こいつはいずれ必要なくなるさ。今は仕方なく使っているが……」
「早く使われなくなることを祈ります」
鼎が言った。
最後に見せられたのは畑である。荒野の中に青々とした光景が広がっており、おおまかに見積もっても集落の住民の分を賄って余りある量の野菜が採れそうなほどの規模であった。
「あっちはヤムイモ、こっちはキャッサバ。もう収穫しおわったが、向こうじゃとうもろこしを植えている」
「いやはや、すごいねえ。こんなでかい畑、うちの村にもないよ」
ジュリーはただ脱帽した。
「そういうわけで、俺たち『家族』には不足しているものはなにもないことがわかっていただけたかな?」
「よくわかりました。ですが、依然として周辺の治安は不安定なままですので、この集落もいつ危機に陥るかわかりません。この地域を管轄しているカナダ軍との連絡体制だけは整えてください」
「わかった」
ダイはそれだけ返事した。
「そうだ、今日はここに泊まっていくといい。久々に日本人に会えたんだ、歓迎しよう」
「須賀野さん、どうする?」
「まず、上と相談しましょう」
鼎は軽トラックに積んでいた無線機を使ったがガルドン村まで通信が届かなかったため、代わりに一番近くにいるカナダ軍と連絡を取り、カナダ軍を通じて井崎一佐に中間報告した。宿泊の誘いに関しては交流も任務のうちということで許可が降り、今日一日はダイの集落で過ごすことにしたのであった。




