A man DYED in madness 2
ガルドン村は水はどうにか足りているものの、食糧は安定して手に入らず医薬品は不足していた。しかし鼎が来てから支援物資が定期的に送られてくるようになり、医療NGOの協力を得て医師が回診に来るようになった。
破壊された建物の再建も自衛隊の施設部隊の手で行われた。学校も建て直されて子どもたちは再び屋根の下で学ぶことができるようになった。鼎も協力して遊具としてタイヤでブランコを作ったが、これが子どもたちに好評で、休み時間では代わる代わるブランコに乗って遊んでいた。
「子どもの笑顔って癒やされるねえ」
ブランコで遊ぶ子どもたちを見たジュリーが、隣の鼎に言った。
「この光景がずっと続けばいいんですけどね」
「そうだねえ、って戦争を生業にしてるあたしが言えたことじゃないんだけどさ」
「これからも傭兵を続けるつもりですか?」
「どうだかねえ。かと言って今更カタギに戻れるのかどうか……」
遊んでいた子どもの何人かがこっちに向かってきて、ニヤニヤしながら現地の言葉で何やら言うとジュリーは顔を赤くして「コラッ!」と腕を振り上げて怒り出した。子どもたちはキャーキャー騒ぎながら逃げ出した。
「全く、ガキンチョのくせに何てこと言うんだい……」
「何を言ったんです?」
「お似合いのカップル、だって」
「ああ、そう見られてるんですね。ははは」
「須賀野さんも迷惑だよねえ、こんなブサイクな大女とカップル扱いされちゃあさ」
「いいえ、私はイヤじゃないですよ? むしろ嬉しいぐらいです」
「あんた、本気で言ってる?」
「ええ。強く逞しい女性と釣り合っているって認められたんですから」
「あんたって、本当に変わってるねえ……」
「そうでしょうか?」
鼎の天然なのか計算なのかわからない言動は今まで何度もあったが、少なくともそのせいでジュリーは鼎のことを意識するようになっていた。生まれて以来まともな恋愛など全くしたことがないのだが、これが恋というものなのだろうなとかすかに自覚はしていた。
「須賀野三佐!」
一人の自衛官が走り寄って敬礼した。
「どうした?」
「井崎一佐がお呼びです。司令部にお戻りください」
「わかった、すぐ行く」
鼎はジュリーにも敬礼した。
「そういうことですので、今日はこの辺で失礼します」
「ああ、お仕事頑張りなよ」
今はただ後ろ姿を見送るだけである。
*
「この集落の調査に行ってもらいたい」
派遣部隊隊長の井崎一佐は衛星写真を指し示しながら言った。ガルドン村からさらに70kmほど東に進んだ、隣国との国境付近に小規模な集落が見える。
鼎は首をかしげた。
「この地域、確か地図には何もなかったはずですが?」
「だが現にこうして写っている。現地を管轄しているカナダ軍が調査のために住民との接触を試みたが拒絶されてな、こちらで接触できないかと依頼された」
「なぜわざわざこっちに振ってきたんでしょうか?」
「どうも、集落の代表が日本人らしい」
それならば同じ日本人どうしであれば交渉に応じてくれるだろう、ということらしかった。
「君は数々の修羅場をくぐってきているし、万が一のことがあっても大丈夫だろう」
「わかりました。集落の調査に行って参ります」
「頼んだぞ。何なら君の恋人を連れて行っても構わん」
ジュリーと鼎が傍目にそう映るのは、現地の子どもだけではなかった。二人が楽しそうに会話している様は自衛隊員の中でも話題になっており、野獣めいた大女と中性的な小男という凸凹な組み合わせに対する揶揄もあったが、強者どうしお似合いだという声の方が大きかった。
「では、行ってまいります」
鼎は淡々と、ジュリーのことに触れず敬礼した。
*
「有限会社まるやま商店」の文字が入った軽トラックは、東を目指していた。
「あたし達、やっぱりデキてると思われてるんだねえ……」
ジュリーはそう言いつつも満更ではなかった。
「ま、噂話も娯楽の一つですからね。見知らぬ土地の中では」
前みたいに嬉しいです、という返事を期待していたジュリーは少しがっかりした。やはりその気はないのだろうか。
自分が勝手に期待していただけなのかもしれない思い直して、運転に集中した。
「ジュリーさんはこの国で他に日本人と会ったことがありますか?」
「いや、ないね……待てよ、確か第一次内戦の後、日本から何人かボランティアが来たって聞いたことがあるな」
「退避勧告は解除されていなかったはずですが」
「それでも来る奴は来るんだろうよ。あたしみたいな馬鹿者がね。違いは人を助けに来たか殺しに来たかというだけ」
鼎は何も言わなかった。少し空気が重たくなったのを感じたジュリーは、たまたま目にした水牛の群れを見て「ほら、向こうに水牛がいるよ!」と指差した。
「おー、壮観ですね。これだけ数がいると」
「大人しそうに見えるけど堂々としているだろう? あいつらは草食動物だけどライオンすら殺す力があるんだ。あんたでもツノで突かれたら一発だよ」
「気をつけます」
そうして荒野を走っているうちに、遥か遠くにぼんやりと建物が見えてきた。スピードを出してさらに近づいていくにつれ、形がくっきりと浮かび上がる。蜃気楼ではなく、本物の集落だ。鼎が得ていた衛星写真からの情報通りである。
入り口には粗末ながら見張り小屋のようなものがあり、そこから女性たちが大勢出てきた。大人も子どももいたが、全員小銃を携えていた。
「まずい!」
ジュリーは急ブレーキを踏んだ。小銃の銃口が一斉に向けられた。
「手を上げてゆっくりと降りろ!」
リーダー格の女性が叫ぶ。
「しまった、油断したな……慎重に近づくべきだった」
「ここは大人しく従いましょう」
言われる通り、ゆっくりと降りた。少女たちがコソコソと「デカブツとチビだ」と言っているのが聞こえたが、無視した。
「何者だ」
「あたしゃ東のガルドン村からやって来たジュリーってんだ。こっちは日本の自衛隊員で須賀野鼎。PKOでこの国に来ている。あんたらに危害を加えるつもりはない。集落の長に会わせてほしい」
鼎も現地の言葉で「こんにちは」と挨拶した。
「日本人か?」
「ああ、一応あたしもだがね。長もそうだと聞いてるけど」
リーダー格の女性は周りと一言二言会話を交わすと、銃を下ろすよう指示した。
「ダイに会わせてあげる。そのままついてきなさい」




