最終回ですぞ!
今日のカレーはいつになくなかなかいい感じの仕上がりだ。いつも通り作ったつもりなのに、恐らくは気持ちの問題であろうが、二人で作るとこうも出来が違うものなのかと自分でも驚いている。
華視屋流々というスパイスはこれほどまで効くのか、と。
だがまだ仕上げが残っていた。
「隠し味にこいつを入れる」
「何ですと!?」
流々が驚くのも無理はあるまい。私が入れたのは甘さたっぷりのコーヒー牛乳だからだ。
「これが父親が自衛隊で教わった特別なレシピで、機密情報扱いされているそうだ」
「それ程すごいレシピですとな……どんな味になるか想像がつかないですぞ……」
「騙されたと思って食べてみるがいい」
ご飯もいい感じに炊きあがっている。皿によそったご飯にカレーを盛り付けて、流々に調理を任せたサラダを添えて今日の夕飯の出来上がりだ。
「では、いただきますぞー」
流々は恐る恐る、少しだけカレーをスプーンにすくい上げて口にした。
「んんっ!? こっ、これは何という深い味! 甘口のルーにコーヒー牛乳を入れるともっと甘ったるいのかと思いきや……」
「どうだ、美味しいだろう」
私も食べてみる。うむ、我ながら素晴らしい味付けである。
流々もいい顔をしている。ああ、本当に可愛いヤツだ。
楽しい夕食の時間はあっという間に終わり、後片付けも終えたところで普段は食後の運動をするのだが、今日は違った。
「では、風呂に入るとしよう」
「あの……」
「何だ?」
「ご一緒しても構いませんかな?」
流々がそう言った瞬間。ピリッと空気が張り詰めるのを感じ取った。しょっちゅう見舞われる心霊現象のときとはあからさまに違う感覚を。
やはり、見ているな。
「実家のと違って狭いぞ? 何せ築50年のボロアパートだからな」
「狭い方がかえっていいですぞ……まあ、その何というか……」
顔を赤らめて体をモジモジさせる流々。体は小さく子どもっぽいところもあるがそこは高校二年生。やはり年相応な欲求というものは持っているようだ。
「ふふっ、わかった。じゃあ一緒に来い」
私は頬を撫でてやった。凄まじい殺気を背中で感じ取りつつ。
*
暗闇の中、声を出したくても出せない環境で私たちは悲鳴をこらえるのに必死だった。
「ふ、ふふふっ、風呂で一体何をするつもりだ……」
クールな中ノ瀬さんですら狼狽している。
「それにしても須賀野先輩の顔見た? 口調は勇ましいのにあんな恋する乙女のような顔になるなんて……ううっ」
林さんは泣きそうな声になっている。
「潮時かな……」
私は決意した。須賀野先輩の部屋への突入を。
「現行犯で抑えよう。須賀野先輩を取り戻す」
「了解!」
その瞬間だった。畳がいきなりメリメリッと音を立てて、ドンッと弾けとんだのだ。
「きゃあっ!」
「ひいいっ!?」
「何っ!?」
みんなとんでもない声の悲鳴を上げてしまったので、須賀野先輩に聞かれたかもしれないと背筋が凍ったが、その心配はなかった。
なぜならば、床から須賀野先輩がニュッと出てきたからだ。
「「「ぎゃああああー!!」」」
恐ろしい姿をしていた。頭には二本の懐中電灯をくくりつけて、右手にはエアガン、左手には木刀を手にしていた。それは戦前に中国地方某所で起きた大量殺人事件の犯人の姿と同じだと確信した。重大事件を扱ったサイトに載っていた犯人の描写と全く相違なかった。
そして先輩の顔は悪鬼羅刹のようだった。
「貴様ら、一日中人のプライベートを覗き見して楽しかったか?」
「な、な、なぜわかったのですか……?」
私と林さんと中ノ瀬さんはガクガク震えながら体を寄せ合った。
「おい」
「はいなのだ!」
いつの間にか華視屋先輩もそこにいた。須賀野先輩と同じ格好で。
華視屋先輩が私たちの下に何か転がした。拾い上げると、それは飴玉だったのだが、包み紙には何と「なかのせ」と書かれていた。
「中ノ瀬さん!?」
「し、しまった……まさか落としていたとは……」
須賀野先輩がにじり寄ってくる。
「中ノ瀬は実に几帳面でしっかりしている。自分の持ち物には何でも名前を書くからな。まさか飴玉一個一個まで名前を書くとは思わなかったが。情報屋が私の側にいたのが貴様らの運の尽きだ」
終わった。だけどどこかで安心している自分がいた。何せ目の前には、私たちの憧れの的である女軍曹がいるのだから。
「では、これより貴様らを軍法会議にかける」
*
幸いにもお泊りデートでは心霊現象に遭いはしなかったが、守殿の下僕三人組が覗き魔のようなことをしていたというのが衝撃的であった。
華視屋流々も同じことをしてきたから人のことは言えないだろ、という反論はあるかもしれない。だが我には女の子どうしのエモを見出し、記録するという崇高な目的があるので一緒にしないで頂きたい。
しかし守殿は、自分たちが監視されていると知ってからも、あえてしばらく泳がせたのはなぜだろうか。それは本人の口からは語られていないままだが、きっと覗き魔に見られている気持ちを味わわせたかったのだと思っている。だからやりすぎないよう気をつけなくては、と自分を戒めることにした。
ところで我は今、縁楼寺に来ている。空の宮市北部にある寺だが、そこでお祓いしてもらうためであった。お泊りデートのときはどうもなかったのに、後日になってカメラが急に動かなくなったり、メモ帳に「おなかすいた」とか全く書いた覚えのない落書きがあったりと不気味な現象が続いたからである。守殿にもついてきて貰ったが、自身は必要ないと言い張ってお祓いを受けなかった。犬は死ぬほど怖がるのに、幽霊は何ともないというギャップがなんともたまらなかった。
守殿がついて来たのにはもう一つ理由があった、守殿が風紀委員となってから、この縁楼寺は星花女子学園において重大な風紀違反を犯した生徒の懲罰合宿所として利用されている。実は今日、三名の生徒がお勤めを終える。その出迎えに守殿がやって来たというわけである。
やがてその三人がゆっくりと、奥の院の方から姿を現した。
「どうだ、一週間ぶりのシャバは?」
守殿は、下僕三人組に向かって言った。
「ああっ、これは須賀野先輩! 何と神々しいお姿……」
三人組は涙を流しながら合掌礼拝したものだから、我はギョッとしてしまった。よく見たら三人とも顔に火膨れのようなものができている。
「な、何があったのだ……?」
「知らんのか? 縁楼寺の護摩行は過酷で有名なのだぞ」
「ああ。護摩行って、あのキャンプファイヤーみたいな」
「キャンプファイヤーではない。まあ、護摩の炎でくだらぬ考えを焼き尽くしてもらっただろうから、二度と変な気を起こすまい」
守殿は我の頭を撫でながらそう言った。
「ああ~何と仲のよろしいこと……眼福眼福ありがたやありがたや……」
三人組はまた合掌礼拝した。これが縁楼寺の恐ろしさ……我も一歩間違ったら守殿に寺送りにされてありがたやありがたやと泣いていたかもしれない。
三人とも通学組だったので学園前駅で我らと別れたが、車内でも終始合掌礼拝されっぱなしで気味が悪かった。
「修行が効きすぎたのだろうな。明日になれば少しはマシになるはずだ」
守殿は全く気にしていなかった。
駅舎を出ると、西日がまぶしくて我は手をかざした。陽が落ちる時間はすっかり早くなっていた。
「さて、今日は流々が夕食を奢ってくれるとのことだが、どこに行くのだ?」
「ちょっと遠いけど学園の北側にイタリアンレストランが新しくできたのだ。実はこの前写真部の子らと一緒に食べに行ったけど、なかなか美味しかったですぞ」
「ほほう、下調べは十分だな。では、案内してくれ」
「イエスマム、なのだ!」
守殿が差し出した手を、我は握った。
本編 完
でも番外編が残っているんじゃよ




