この気なんの気気になりますぞ!
「抹茶パフェは結構良かったぞ」
守殿のほころぶ顔を見た我は嬉しさよりも、一つの山場を乗り切った安堵感を先に覚えた。
この後は夕食の材料の買い出しに向かい、それからいよいよ守殿の住んでいるアパートに行く。下宿で一人暮らししている生徒は星花においては珍しい。寮の方が費用が安いし、設備が整っているからわざわざ下宿を選択する理由がない。
だが守殿の部屋は寮費よりも安かった。詳細は知らないが過去に悲惨な事件が起きたようで、それでもそのおかげといっては不謹慎だが月の家賃が駅近くの割に五千円ほどらしい。大家さんがどうやって採算取ってるのか不明だが、とにかく事故物件の恩恵を守殿は受けていた。
時々幽霊が出るから覚悟しておけとも言われたが、我は幽霊や怪談といったものが超苦手だ。でも守殿と一緒だと安心感がある。狂気モードの守殿の方がよっぽど怖いし、幽霊と張り合えそうだ。
「……」
「どうかしたのだ?」
「いや、やはり何やら殺気がしているようでな……」
「あはは、多分気のせいですぞ。そうでなければ幽霊がアパートからついてきているとかですかな?」
「いや、アパートの外では怪奇現象に遭ったことはないな。多分地縛霊になっていてアパートから離れられないのだろう」
地縛霊はかなりやばいと聞くが、よく一緒に暮らせているものですな……。
下り線の電車がやってきた。混んではいないが、守殿は自己鍛錬のためなのか座ろうとしないから我もつきあって立つことにした。
「座らんのか?」
「守殿だけ立たせるわけにはいかないですぞ」
「そこまで気を使われたら困る。そういうことなら座ろう」
と、守殿は目の前の空いている席に座った。
「さあ、座ったぞ。お前も座るんだ」
そう言ってポンポンと隣の席を叩いた。ならば、お言葉に甘えて座らせて頂きますぞ。
席は全然空いているが体を寄せ合う。するとカフェにいたときのようにまたいきなり立ち上がって、左右をキョロキョロと見回した。向かいの席にいたおじちゃんがあからさまに目を逸らす。
「またもやどうしたのだ!?」
「やはり気のせいではない……」
ドアが閉まると、守殿はズカズカと車内を歩き出した。
「どこに行くのだ!?」
「この中に工作員がいる」
「あああ、こんなときに狂気モードが!」
しかし最後尾から先頭車両まで歩いたものの、怪しい者はおらず逆にこちらが怪しい人扱いされたんじゃないかと気が気でなかった。
「むう、確かに殺気がしたのだが……」
「ま、まあいったん座って落ち着きましょうぞ」
やはり幽霊なのでは? 我はちょっぴり怖くなった。
*
『中ノ瀬から本部。空の宮中央駅でターゲットが13時34分発の下り線に乗ろうとしたところ、ターゲットに感づかれそうになったため緊急退避した。よって一本後の電車に乗って追尾を続行する』
「本部了解。学園前駅に到着後再度本部まで連絡されたい」
尾行がバレそうになったのはこれで二度目。デート中でも気を抜いていないところはさすが先輩と言いたいところだが、これから翌日まで華視屋先輩と一緒に過ごすのかと思うとモヤモヤしてくる。
「見失ったの?」
「次の電車は49分発だから一本ぐらい遅れても大丈夫だよ。須賀野先輩が行くところは予想がついているし」
私は地図アプリを立ち上げて、この近隣の地図を表示してみせた。アパートから西側、徒歩10分のところにあるスーパーを指差す。関西の地方都市に本社を置く有名なスーパーマーケットチェーン店だ。
「ここで晩ごはんの材料の買い出しをするに違いない」
「その根拠は?」
「ほら、前にボランティア部の呼びかけで風紀委員もペットボトルキャップを集めたでしょ。そのときに須賀野先輩、このスーパーのレジ袋にたくさん入れて持ってきてたの」
「へー、よく見てたわね」
このスーパーは安い上に品揃えが豊富。一人暮らしの先輩にうってつけの店だ。
しばらくして中ノ瀬さんから学園前駅に着いたという連絡を受け、私はスーパーに向かうよう指示を出した。
*
我らは緑色の看板が目印の、あの全国区のスーパーに来ていた。星花の生徒が食材を買う場合、大概は商店街の方で済ませてしまうのでここで買い物をするのは新鮮な気分である。
「よし、一通り揃ったな」
守殿はメモを確認した。カートに載せたカゴの中には玉ねぎニンジンじゃがいもなどの野菜と牛肉、その他諸々。今晩のメニューはだいたい想像がつく。
「守殿はご飯はいつも自炊なのだ?」
「ああ。自分の飯ぐらい自分で作れねばな」
うう、ちょっとチクッときたのだ。菊花寮の部屋にはキッチンがあるものの我は一度も使ったことがない……。
「今日のメニューはアレですな、自衛隊員なら必ず食べるあの」
「ああ、父親から教わった特別なレシピのな」
「むふふ、楽しみですぞー!」
レジに並ぼうとしたら、小学生らしき子どもがすれ違いざまに守殿に向かって「コマンドー姉ちゃんだ!」と言って、母親に「やめなさい!」と叱られた。母親は申し訳無さそうに頭を下げ、守殿は軽い会釈で返した。
「コマンドー姉ちゃん?」
「近所の子どもからそう呼ばれているのだ。だいぶ悪意がこもっているがな」
「どういうことなのだ?」
「ランニングをしていたときに菓子袋をポイ捨てをしている不届きな子どもたちがいてな、注意したら一目散で逃げ出したのだが、その日からコマンドー姉ちゃんと呼ばれだした。注意された子が腹いせであだ名をつけて広めまわったのだろう。時速40キロで走るとか、夜中に出会ったら血を抜かれるとか変な噂もついてしまった」
「これじゃまるで妖怪みたいな扱いなのだ……」
アパートの幽霊も慄きそうである。
「まあ子どもの戯言などどうでも良いのだが……ッ!!」
守殿が急に後ろを振り返った。後ろに並んでいたおっちゃんが「えっ!?」と驚きの声を上げた。
「も、もしかしてまた殺気を感じたとか?」
「そのもしかしてだ。もしや近くに狙撃兵がいるのではないのか……?」
「あああ、そっちの世界に行っちゃダメですぞ!」
スーパーにスナイパーがいたらたまったもんじゃないのだ。
だがここまで気にするとなると、実は本当に何かろくでもないものがいるのかもしれない。
「ここは我が偵察してきますぞー!」
「あ、おい!」
守殿の引き止める声を振り切って、我はレジ列から離れた。
守殿が振り返った先にはお菓子が並んでいる棚がある。何人か買い物客がいるが特に怪しい者はいない。
「やっぱり気のせいですかな……おや?」
飴玉が一個落ちているのを見つけた。包み紙にいちごの図柄が描かれているが、お菓子売場に同じ図柄の飴は売られていなかった。誰か外から持ち込んできたのを落としたのであろう。金目のものならともかく、落とした食べ物を落とし主に届けたところで多分口にしない。包み紙で守られて直に床に触れてないとはいえ、生理的には気持ち悪いものだ。
しかしなぜか気になって仕方なかったので拾ってみた。
「ほあ!?」
変な声が出てしまった。守殿が感じていた殺気の正体が、まさしくこの飴玉にあったからである。
「恐らく今までずっと……こっ、これは一大事ですぞ!」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。さっそく守殿に報告だ。
*
「中ノ瀬、ただいま帰還した」
「おかえりなさい」
部屋に入ってきた中ノ瀬さんは息を切らしていた。
「また間一髪で見つかるところだった……」
「ご苦労さま。それでもどうにか須賀野先輩にバレずに済んでよかったよ」
「あとは先輩たちが帰ってくるのを待つだけか……ん? これは何だ?」
「かぼちゃの煮物。大家さんがくれたの。食べる?」
「おお、かぼちゃは大好物だ」
「良かった。じゃあ中ノ瀬さんの晩ごはんはこれね」
「……もしかして、これだけ?」
「張り込み中なんだから贅沢言わない」
私と林さんの夕飯はカロリーブロックと牛乳なのだから、中ノ瀬さんが一番贅沢な晩ごはんだということを覚えておいてほしい。
「致し方ないか……」
中ノ瀬さんはウエストポーチから飴玉を取り出して口に入れた。この子は口寂しいときにはいつも飴玉をなめるかガムを噛むかしている。
「そろそろ静かにしましょう」
林さんが小声で言うと、私たちはうなづいた。
ここから先は暗くなっても電気は使用禁止。あくまでも空き部屋に見せなくてはいけない。完全に空気と一体化したつもりになって気配を消す。
あとはモニターに映し出される須賀野先輩の部屋をただじっと見るのみ。




