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これが任務ですぞ

 父さんとチャンバラごっこをするのはいつ以来でしょうか。


 チャンバラごっことは言うものの、そこら辺に落ちていた木の棒で激しく打ち合うという素人がやれば怪我すること間違いなしの遊びです。小さい頃はあちこち青あざを作って、虐待を疑われたりもしましたが、父さんが熱心に遊びにつきあってくれたおかげで僕の銃剣道の腕は培われていったのです。


 父さんが単身赴任した後も修練を重ね、全国大会の頂に立つという栄誉も味わいました(競技人口はかなり少ないですが……)。昔に比べて強くなったなという自覚はありますが、それでも僕の間断の無い突きを父さんは軽くいなしていきます。


「うん、腕前を上げたね。だけど」

「ぐっ!」


 いつの間にか、僕の左肩に父さんの木の棒が突き立てられていました。激しい痛みでついこちらの木の棒を落としてしまいましたが、痛みは長いこと味わっていなかったなと頭の方は冷静に考える余裕がまだありました。


「潤にはまだまだ伸び代があるからね。あせらず一歩ずつ強くなっていこう」

「はい!」

「じゃあいったん休憩しよう。豊も休憩だ」

「はーい」


 弟の豊は適当な木を見つけて帯を巻いて打ち込みをやっていました。帯でこすれた部分の木の皮は完全に擦りむけていました。


 父さんは太郎穴と次郎穴を見つめています。


「守たち、なかなか出てこないね。悩んでいるのか、それとも……ふふふ」

「笑い方、なんだかいやらしいですよ」

「だって娘にはね……ふふふ」

「兄ちゃーん、姉ちゃんとお友達は中で何してるの?」


 豊が巨体を揺らしながら聞いてきましたが、


「あー、出てきたらわかる、かな?」


 僕でも無邪気な弟にどう答えたらいいのかわかりませんでした。


 しかし父さんは、よく太郎穴と次郎穴の伝承をでっち上げたものです。


 そう、この洞穴は本当は太郎穴と次郎穴なんて呼ばれてはいません。この中には縁結びの神様が祀られている祠があるのです。


 僕の母校の歴史研究会が祠を調べたことがあったので、僕も祠のことは知っていました。集落に伝わる本当の伝承では、洞穴で二人一緒に過ごした者どうしは良縁で結ばれると言われており、昔の集落の人たちはこぞってこの場所で縁を結んだそうです。余談ですが神様は子宝にご利益があるとのことで洞穴の中でその……何が言いたいのか察して頂ければ幸いですが、そういうことをする人たちも大勢いたとか。


 そのような場所に父さんは「任務」を仕込みました。実は夜明け前に帰ってきていて、なぜその時間帯で姉さんが華視屋さんに懸想していると知ったのかわかりませんが、祠まで向かって任務を仕込んで何食わぬ顔で帰ってきて朝食を作り、また祠まで僕たちを連れて来たのです。なかなか回りくどいことをしていますが久しぶりの実家だし、かつ時間も限られている中なので父さんなりに楽しみたかったのでしょう。


 ちなみに父さんは夜中から走り回っていてろくに睡眠も取ってないはずなのに平気な顔をしています。84mm無反動砲(ハチヨン)を背負ったままフルマラソンしても息が上がらないほどの体力お化けですからね、この人は……


「さて縁結びの神様は女の子どうしにもご利益があるかな? ふふふ」


 父さんは実に楽しそうです。


 *


 守へ


 君はとても強い子だから、窓を開けっ放しにして寝ている最中に例え強盗が入ってきても退治してしまうだろう。


 だが中には入らなくても中を覗くことは簡単にできてしまう。ましてや父さんならね。もしも父さんが敵兵で銃を持っていたら、今頃守はこの世にいなかったかもしれないよ。お友達が泊まりに来ていたから仕方ないとはいえ、常在戦場の心構えを忘れていたのは頂けないな。


 と、お説教はここまでにしておこう。守のお友達についてだ。


 守はお友達のことを愛しているね? ぐっすり寝ているお友達に抱きついていた君の目は武人の目をしていなかったよ。


 しかし父さんが思うに、まだ想いを伝えていないんじゃないかな。守は一度失敗しているから慎重になっているはず。


 父さんは君に人を守る強い子になってほしくて「守」と名付けた。だが今は「(せめる)」ときだ。


 任務は言わなくてもわかるだろう。成功を祈る。


 追伸


 ついでに守の微笑ましい写真を撮っておいた。父さんが持っていたのが銃ではなくカメラで本当によかったね。





「…………………なんてことだ」


 父さんの手紙には私とピーパーが寝ているときを写した暗視画像が添えられていた。しかもピーパーが眠りについた後、私が髪の毛を撫でてやっている瞬間の画像を……。


 よりによってこの場面を盗撮されていたとは、不覚! 盗撮していたのがピーパーだったら気配に気づいていただろうが、父さん相手では……。


 父さんは私の心中をずばり見抜いていた。ピーパー、もとい、華視屋流々が好きなことを。


 なぜ好きになってしまったのか。その理由は人が聞けば何と愚かなと思われるかもしれないが、単に寝顔が可愛かったからだ。


 星花祭で奴が倒れて風紀委員室で寝かせたことがあったが、そのときに見た奴の寝顔は純粋無垢そのもので、たちまち毒気が抜かれたかのようになってしまったのだ。こんな可愛らしい顔をしているのに生徒の盗撮を趣味にしているとは何とも嘆かわしいことであり、私が責任をもって矯正せねばと改めて心に誓ったのである。


 ゆえに盗撮以外に興味を向けさせるために取材の申し込みにも応じ、家に呼んで一緒に飯、風呂、寝床を共にしたのだ。仲良くなりたいという下心があってのことだったが。そのことを他の風紀委員が聞いたら失望するだろうか……。


 だが今は風紀委員という立場を捨てるときだ。父さんが与えた任務は、須賀野守として華視屋流々に想いを伝えることに他ならない。


 中学時代の失敗が頭に蘇ってくる。あのときは酷い言葉をぶつけられ、それが犬の水死体事件ほどではないにしろトラウマになっている。だが今こそ乗り越えるときだ。


「流々」

「はい?」


 急に下の名前で呼ばれて困惑しているところを、後ろから抱きついた。


「ひいっ!? すっ、須賀殿何を……」

「Vous pouvez m'appeler Mamori.」

「え?」

「『守と呼べ』と言っている」


 腕越しに奴の早い脈が伝わってくる。私もかつてない緊張感を覚えて心臓が破裂しそうだ。優勝がかかった射撃競技でもこんなことはなかったのに。


「……」


 流々からの返事がない。私はささやくように言った。


「好きだ」

「いっ!? えっ、あのっ……これが任務なの……? もしかして、ドッキリ……?」


 動揺しているのか、いつものだですぞ口調ではない。私はいったん離れて、流々を振り向かせた。


「ドッキリではない。貴様……いや、あなたの返事を聞きたい」

「……」


 露骨に目線をそらされる。ここはダメ押しするか、いやそれとも待つか。


「わっ、我は……」


 流々は目線を合わせないまま、ボソッと小声を出した。


「我はすが……いえ、我も守殿が。守殿のことがす……すす……、す……ッッ……うぅぅ、いえないぃぃぃ……」


 守とは呼んでくれた。だがあと一声欲しいのだ。あと一声が。


「す……す……うあああっ!! ごめんなさい!!」


 一瞬、拒絶されたかと思った。だが次の瞬間。奴は信じられない行動に出た。


「!!」


 唇に当たる柔らかい感触。間違いない。流々の方から合わせてきたのだ。流々はすぐ離れたが、今度はしっかりと私を見つめてきて、


「返事を形で返してしまったのだ。ごめんなさい」

「いや……改めて聞くぞ。これがあなたの返事なのだな」

「はい。よろしくお願いします、なのだ」


 流々が両手を広げて、私に寄りかかってきた。


 *


 我は守殿と手を繋いで、洞穴から出た。新世界に飛び出たような晴れ晴れしい気分であった。


 つい守殿の唇を奪ってしまい、そんな大それたことをしたのは自分でも信じられなかったが、こうして女軍曹殿と手を繋いでいることも信じられない。しかしこれは夢でも幻覚でもないのだ。


 華視屋流々に遅めの春がやってきた日であった。


「報告します! 須賀野守は華視屋流々に想いを告白し受理され、これを以て任務完了ました! 以上、報告終わり!」


 ここに来て軍人魂が湧き上がってしまったのか、ビシッとした敬礼で父殿に報告した。せっかくの雰囲気が壊れてしまうので自重して欲しい。


「ご苦労。そしておめでとう、二人とも」


 父殿と弟殿たちがにこやかに祝福してくれた。まさか仕込みだったとは思なかったが、感謝しかない。


「じゃあ私から二人にご祝儀をあげよう」


 おお、何でしょう。


「腕立て伏せ、用意!!」


 父殿は風体に似合わぬ雷のような大声でそう叫ぶや否や、守殿はすぐさま腕立て伏せの姿勢を取った。


「へ?」


 我はいきなりのことでポカンとしていたのだが、


「貴様何を突っ立っている! 腕立て伏せの体勢をとらんかッ!!」


 女軍曹、須賀野守降臨!


「ひいい!! 何で腕立て伏せがご祝儀になるのですぞー!?」

「はははっ、一緒に辛くしんどい思いをするとね、絆が深まるんだよ」


 父殿の笑顔はそれはそれは爽やかであった。我は弟殿にアイコンタクトで助けを求めたが、父殿と全く同じ笑顔であったからもはや助かる見込みはない悟り、腕立て伏せの姿勢を取ったのである。


 だけどこういうシチュエーションもアリかな、と思った。


 それからは父殿の淡々と回数を数える声と、守殿の激が山の中に響きっぱなしであった。そしてまた来た道を走って帰り、その頃にはもう昼ごはんの時間になっていたが、赤飯のおにぎりが用意されていたのであった。


 守殿の取材で得られたものは非常に多く、そして大きかった。人生の転換点となりえるほどに。

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