任務ですと!?
「あはははっ、旦那は童顔で背もちっちゃいからねえ、あたしの娘だと勘違いされることが多いんだよ」
「ははは」
母殿は父殿の背中をバシバシと叩く。父殿は照れくさそうにしていて、その仕草は女の子みたいにしか見えない。声も母殿より高いから尚更である。
このお人が精鋭無比と言われている第1空挺団の副団長だと言われてもにわかに信じ難く、小さな体つきからしてそもそも自衛隊員であることすら疑わしい。もしかすると須賀野家全員で我をからかっているのではないかという疑念すら湧いてきた。
「帰ってくるなら前もって連絡してほしかった」
須賀野殿の言葉に弟二人もうなずく。
「すまない、忙しくてつい連絡を忘れてしまったよ。今日の休暇も無理言って取ったものだからね、今日中に習志野に戻らなくちゃならない。さ、話はご飯を食べながらにしよう」
父殿が作った朝食はかなり美味であった。ご飯味噌汁サンマ生卵というシンプルな和食だが、味噌汁はふんわりとした甘味があり、サンマは焼き加減が絶妙で旬の魚の旨味を最大限に引き出していた。これらをおかずにしてご飯に生卵をかけて卵かけご飯にして頂くとたまらなかった。たまらなさを言葉で表現できる語彙力が身についていないことを本気で恨んだ。
いろいろ積もる話を聞かせてくれたが、その態度は紳士そのものであり食事中に咳払い一つすら許さないような厳格な父親像を想像していた我は肩透かしを食った格好になった。顔立ちだけ見れば父娘はそっくりなのだが。
「いいよ、私が全部洗うから」
食事が終わると父殿は全員の食器を持っていき、鼻歌を歌いながら洗いだした。
「見た限り優しいお父様ですな」
須賀野殿にこそっと言った。
「普段はな。特に今日はお客様がいるということもある」
「怒ると怖い、とか?」
「まあ、コメントは差し控えさせてもらう」
口にするのもはばかられるぐらいなのですかな……全く想像ができませんが。
「さて、軽く食後の運動といこうか」
食器を洗い終えた父殿はさわやかに言った。
「久しぶりに親子揃って、お友達も来ていることだし。楽しく体を動かそう」
「……」
須賀野殿と弟殿たちがなぜか我の方を見てきた。
「ピーパー、覚悟はできてるか?」
「はい?」
*
「ひぃひぃ……」
我らは「軽く」走らされていた。もう恐らく一時間ほど。
「はははっ、ほら華視屋さん頑張って! 目的地はもうすぐだよ!」
にっこり笑って励ましてくる父殿の息は一切乱れていないし汗もまったくかいていない。我のジャージ(背丈が近い潤殿のお古を借りた)はビショビショで、不眠で体調が万全でないこともあって意識がモーローとしてきている。
いつの間にか山道に入っていったが、舗装がまったくされていない。クマや野犬が出てきそうな雰囲気だったが、疲労のせいで恐怖心が全くなかった。
「よし、みんな止まって!」
ようやく父殿が足を止めた。とっくの前にぶっ倒れていてもおかしくは無かったのだが、須賀野殿と弟殿たちの支援を受けてどうにか走りきることができた。人間、死ぬ気になれば何でもできてしまうのは本当のようである。
「こ、ここはどこですかな……」
「さあ、私も初めて来るところだからわからん」
須賀野殿でも知らないらしい。ただ、陽射しが遮られるほど密度の濃い森林の中にいることは確かで、おかげで涼しいが人気が全くなく不気味でもあった。
「みんな、右手の方を見て欲しい」
頭を右に向けると、そこには洞穴があった。大小二つの穴が連なっていて、大きい方は人間一人は入れる程度の大きさだが、小さい方は子どもでもない限り入るのは困難そうに見える。
「ここは地元の集落の人たちが『太郎穴』と『次郎穴』と呼んでいる洞穴なんだ」
「太郎穴と次郎穴ですと?」
「そうだ。名前の起源は遡ること江戸時代中期の頃、集落に太郎と次郎という兄弟が住んでいたことから来ている。ある日、兄弟は天狗さらいにあってこの山へと連れ去られたそうだ」
天狗じゃ、天狗の仕業じゃ! というやつである。日本のあちこちで天狗の人さらい伝説は残されているというが、この地域にもあるらしい。
「しかし兄弟は隙を見て逃げ出し、気づいた天狗に追いかけられたが、そこで二人はこの洞穴を見つけたんだ。大きい洞穴には太郎が、小さい洞穴には次郎が入って隠れて天狗をやり過ごし、無事逃げ切ることができた。それで太郎穴と次郎穴という名がついたんだ」
「なるほど。それで、父さんはなぜ私たちをここに連れてきたのだ?」
須賀野殿が聞くと、
「ちょっとした『任務』をこなしてもらうためさ。守は太郎穴を、華視屋さんは次郎穴を探索してもらいたい」
えっ?
「……? それだけか?」
「ああ、それだけだよ」
須賀野殿はなんだか釈然としない様子だったが、父殿は笑って、
「なあに、潤や豊ならともかく、素人相手に酷いことはしないよ」
我がもし玄人なら何をするつもりだったのであろうか。急に不安になってきた。
「さあ、時間は有限だよ。状況開始!」
「とにかく行くぞ、ピーパー」
「は、はいなのだ」
追い立てられるように洞穴に向かわされる。太郎穴は歩いてでも入れるが、次郎穴は這わないと無理だ。だが我の小さな体であれば通れないこともない。
「我も数々の撮影任務をこなしてきた身、このぐらいなんてことないですぞ!」
我は次郎穴の中に潜り込んでいった。先は暗くて見えないが、進路は真っ直ぐしかない。我はズリズリと芋虫のように進んでいった。
「この調子で……あっ」
突如、手から地面の感覚が無くなった。上、下、左、右と手を動かしてみるとやはり何も無い。何かしら大きな空間があるらしい。下に落ちないように慎重に体を前に進めていくと、やがて圧迫感が無くなった。
「須賀野殿ー?」
何気なしに呼んで見た途端、いきなりボウッ、顔が浮かび上がった。
「ふぎゃああああ!!」
「貴様! 私を呼んでおいて何だその態度は!」
聞き慣れた怒声で正気に戻ったおかげで、顔の正体が須賀野殿だと判明した。スマホのライトで映し出しているのもわかった。
「これは大変失礼しましたのだ……」
「どうやら思った通り、太郎穴と次郎穴は繋がっていたようだが。とりあえず手を出せ」
「はいなのだ」
我は須賀野殿にズルっと引っ張り出されて、謎の空間に降り立った。
須賀野殿がぐるりとライトを当てて空間を照らし出す。綺麗な球状になっていて、天井からは水が滴り落ちている。だいたい六畳ほどの空間だが、なるほど太郎と次郎二人が隠れるにはもってこいの場所である。
「これで任務は終わりなのですかな?」
「いや、これからが本番のようだ」
ライトがある場所に向けられる。そこにはしめ縄がかけられた祠があった。お神酒が捧げられていているが酒器は新しく、明らかに最近人が立ち入った形跡がある。しかしなぜ祠が?
よく見るとお神酒の横に何やら紙切れのようなものもある。それには「任務」と書かれていた。二つ折りになっており、須賀野殿が開くと、
『守へ 祠の扉を開けること お友達は後ろを向くこと』
としか書かれていなかった。
「これだけ……?」
「いや、父さんのことだから何かブービートラップが仕掛けられているかもしれん。父さんはブービートラップの名人でもあるからな。私も何度か落とし穴に落とされたことがある」
やはり父殿は恐ろしい人らしい。
「う、うーん……獅子は我が子を千尋の谷に突き落として鍛え上げるといいますが……」
「とにかく、指示に従うしかあるまい。後ろを向いていろ」
「わかりましたのだ」
我は回れ右をした。やがてカチャ、と音がしたが祠の扉が開いたのであろう。だが何か変わったことが起きた様子はない。
「む、何か入っている。また紙だ」
「何か書かれていますかな?」
「『よく読むこと』と書いてある。手紙のようだが、どれ」
ガサガサと紙を広げる音がした。
「ふむ……なっ!?」
須賀野殿があからさまにうろたえた声をあげた。
「須賀野殿!?」
「こ、こっちを見るなッ!!」
「はいーっ! なのだっ!」
気をつけの姿勢で固まった。一瞬だけ見えた須賀野殿の顔は、何だかこの世の終わりのような表情をしていた。
一体何が書かれていたのだ!?




