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寝れますかなあ……

 我は中等部時代は桜花寮であったが、ルームメイトと一緒のベッドで寝たことは一度たりともない。中等部最後の年に写真コンクールで金賞を取れたおかげで高等部からは一人部屋の菊花寮に移れたが、やはり誰かを連れ込んで一緒に寝ることはしなかった。ただし一緒に寝ているカップルの姿をこっそり映したことはあったが。


 しかし自分が当事者になると話は全く変わってくるわけで、しかも相手は女軍曹須賀野殿なのだ。


 部屋の照明は消えているが、中秋の名月の光が差し込んできて部屋の中は異様に明るい。日中は残暑が厳しいがさすがに夜になるとかなりマシで、少し開けた窓から吹き込んでくる秋風のおかげで暑さを全く感じなかった。平常心であればそのまますっと寝つけそうなものだが、傍らに感じる温もりが安眠を妨げている。眼を閉じているだけという状態で意識が落ちる気配は全く無い。


「やはり、寝れんのか」


 須賀野殿は起きていた。我が眼を開けると、鼻で軽く笑われた。


「私もだ。すまんな、つきあわせたばかりに」

「謝らなくて結構なのだ。その、我だって……」


 いったい何を言おうとしているのか。


「では、眠くなるほどつまらん話をしてやる。明日になったら忘れろ」

「何ですかな?」


 我は仰向けになったままで聞いた。


「あれは中学二年の頃だった。私が通っていた中学には珍しく射撃部があってな、私はそこで活動していた」

「エアライフルで全国大会優勝を成し遂げたときですな」

「まあ、話の本筋はそこではない。一つ上の学年に私が勝手にアイスマンと名付けた先輩がいた。冷酷無比だが沈着冷静で、若い身で一流スナイパーの匂いを漂わせていた」


 どんな中学生なのか全く想像ができない。一流スナイパーと言わしめるのだから只者ではなさそうだが、どうしても軍人のようないかつい風貌が思い浮かんでしまう。


「何者も寄せ付けぬ圧を放っていたから周りから恐れていたが、私は逆に好きだった。そういう意味でな」

「なんと……」


 堅物鬼軍曹の口からまさかの恋バナ。これは逆にますます眠れなくなってしまうではないか。


「私はアイスマン先輩に認められたくて修練を重ね、そしてついに全国大会に出て優勝を果たした。今振り返ると恥ずかしい限りだがつい興奮して、その勢いで告白してしまったのだ」

「ほう! それで?」

「聞かずともわかるだろう。玉となって砕け散ったわ」

「うむむ、何がいけなかったんでしょうな……」

「日頃の私の言動が気に食わなかったらしい。『お前はいつも兵隊ごっこばかりして子どもっぽい』という辛辣なコメントまで頂いてしまった」


 どうもその頃から狂気に取り憑かれることがあったらしい。だが言われてみると確かにごっこ遊びにも取れるわけで、子どもっぽいと評したのは的外れでもない気がした。


「それからもう恋愛などせんと決めて、ひたすら心身を鍛えることにした。母の影響で生きるために戦い、運が悪ければ死ぬような世界に憧れだしたのもこのときからだ」

「フランス外人部隊を志願してると聞きましたがそれはなぜですかな?」

「実は母は傭兵になる前、そこに入隊しようとしていたのだ」

「ほう?」

「だが実はな、フランス外人部隊は今に至るまで女性の入隊が認められておらんのだ。だから母はわざわざフランスまで赴いたのに門前払いを喰らった。そして怒りのあまりその場にいた兵士に柔道の巴投げをぶちかまして追われる身になってしまった。だから母は今でも指名手配中で、フランスに再入国したら捕まってしまう」


 我の口からは渇いた笑いしか出なかった。いまだに性別で弾く組織も組織だが兵士を投げ飛ばす母殿も大概である。


「母は時々今でも無念を口にする。だからこそ私がフランス外人部隊女性隊員第一号となって母の無念をはらしたいのだ」

「しかし、どうやって?」

「そこまではまだわからん。だがまず言葉だ。フランス語が話せないと話にならんだろう」

「今はどのぐらい話せるのですかな?」

「Bonsoir, je m'appelle Mamori.」


 ボンソワールとマモリ、という単語を聞き取れた。ボンソワールは確か「こんばんは」という意味だったはず。


「『こんばんは、私の名前は守です』って意味ですかな?」

「そうだ」

「やった、正解なのだー」


 頭を横に向けると、中秋の名月の光を受けた須賀野殿の顔がはっきりと見えた。菩薩のような笑みを浮かべていた。それを見た我の心臓が一気に高鳴っていく。


 もしかするとこれは、我が今まで映してきたカップルがお互いに抱いていた感情なのではないか。我が女軍曹に、まさか。


 須賀野殿はさらに言う。


「Vous pouvez m'appeler Mamori.」

「はい?」


 今度はマモリ、しかわからなかった。


「何でもない」


 ゴロリと横を向いてしまった。いったい何を言ったのか気になって仕方なかったが、もう須賀野殿の口が再び開く気配が無い。


 こんな中途半端で、気になって仕方がないですぞ。


 しばらく目を開けて考え込んでいたら、やがて思考能力が鈍ってきて、いつの間にかやってきた睡魔に身を任せることになったのであった。


 *


 けたたましいラッパの音が鳴った瞬間、須賀野殿が掛け布団をはねのけて飛び起きた。


「おい、起きろっ!」

「んー……んんんっ!?」


 我は須賀野殿の手でゴロンと転がされ、敷布団から退けさせられた。


「シャキッとせんかあ貴様っ!!」

「ひいいっ!」


 雷を落とされて飛び起きて、直立不動になった。


 ラッパの正体は須賀野殿のスマホから流れるアラームで、須賀野殿はそれを消してから慣れた手付きで敷布団と掛け布団を素早く畳んだ。


「何を突っ立っている! 顔を洗ってこい!」

「はいなのだ!」


 女軍曹復活。昨日の晩何を話したのか忘れているかのようである。まあそもそも忘れろと言ったのはあちらなのだが。


 目がしょぼしょぼするが洗面を済ませると幾分かマシになってきた。頭も若干重いがコーヒーを一杯頂ければどうにかなるかもしれない。そう考えてダイニングに向かうと、我はしょぼしょぼした目を瞬かせた。


「おはようございます。華視屋さん」

「おはようございます……なのだ?」


 そこにいたのはエプロン姿の人物であったが、母殿でも潤殿でも豊殿でもなかった。背丈は我と同じぐらい小さくて、髪の毛は肩まで延びている。顔は守殿と潤殿に似ていて、多分親戚かなと我は思っていたのだが。


 遅れて須賀野殿が入ってくる。


「おはよう、守」

「父さん、いつの間に!?」

「…………ほえええ!?」


 須賀野守の父は、若い女性にしか見えなかった。

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