食べて、後は寝るだけですぞ……?
「暑いときこそ鍋料理が一番なのです」
上の弟、潤殿が満面の笑みでそう言った。
食卓に鎮座する大きな土鍋。中で煮えたぎっているものはモツである。スプラッターな話を聞いたあとにモツ鍋とはいやはや……
「華視屋さん大丈夫ですか? ちょっと顔色が悪いように見えますけど」
「あ、いやいや。今日は歩き回ったので疲れが一気に出てしまっただけですぞ……」
「このモツ鍋を食べれば一発で回復しますよ。須賀野家独自のレシピで作られた特別な一品ですから」
潤殿曰く、コンブから取った出汁に味噌とにんにくをこれでもかとブチ込み、具は豚のモツの他バラ肉も入れ、野菜はニラにキャベツににんにくの芽。息がにんにく臭くなるのと引き換えにスタミナがつきそうではある。
「食欲が無くても一口食べるとたちまちご飯が進んでしまう魔法の鍋です。さあ、頂きましょう」
果たして本当に魔法がかかるのかどうかわからないが、客人という立場である以上、無理にでも頂くことにした。いただきますの合掌の後、取り皿に具をよそいモツとニラを合わせて一口頂いた。
「むむっ!?」
こ、これは何と濃厚な旨味! モツは臭みが全く無く、ニラの辛味とモツ本来の味が絶妙に絡まり、さっぱりしていてもニンニクのパンチが効いている出汁の風味が後押ししている……。
ご飯も一緒に頂くと、これが恐ろしく美味しかった。それから我は安全装置が外れたように箸がせわしなく動いた。まさしく魔法の鍋である。
「良い食べっぷりだねえ。おかわりはたくさんあるよ」
母殿も大喜びである。下の弟の豊殿は超山盛りになったどんぶり飯を一心不乱にかきこみ、もう平らげてしまった。
「兄ちゃんおかわり!」
「よしきた」
潤殿はどんぶりに山をこしらえて豊殿に渡すと、また勢いよくかきこみだした。
「ほえー、凄い……お相撲さんみたいですな……」
「実際に豊はもう相撲部屋から声をかけられてるんですよ。やってるのは柔道なんですけどね」
「柔道ですとな。どのぐらいお強いのですかな?」
「全国大会優勝しましたよ」
「ほええっ」
武闘派揃いの須賀野家だが、一番おっとりしてそうな豊殿まで強いとは。もしかすると橘桜芽殿と一緒にオリンピックを戦うことがあるかもしれない。
「うちの子たちはみんな優秀でね、守はエアライフルの全国大会で優勝したことがあるし。潤もこの前銃剣道の全国大会で優勝したからね。みんな日本一を経験しているのさ」
母殿は大声で笑った。三人きょうだいともに全国レベルの武闘派とはいやはや……。
しかし楽しそうに鍋を囲む様子は、一般家庭と何ら変わりはなかった。
「む、貴様のご飯もなくなっているではないか」
何と、須賀野殿が我の空になった茶碗を取ってご飯をよそった。
「あああ、そんな悪いですぞ……」
「遠慮は要らん。弟の自慢の料理だ、たっぷりと味わえ」
こんなに親切にしてくれる須賀野殿は二度と見られないかもしれない。
*
夕食後我はしばらく部屋でくつろいでいたが、須賀野殿は腕立て伏せに腹筋に、あと何かよくわからぬトレーニングをこなしていた。お泊りなら一緒に漫画を読んだりゲームしたりとかするものだろうが、ここには漫画もゲームもない。我はスマホの読書アプリで百合漫画を読みながら須賀野殿のトレーニングを見守っていた。
「ふう……」
一通り終わったタイミングで、部屋のふすまが開いた。潤殿がお盆を携えていた。
「ナシをどうぞ」
いくつかの切られたナシが載っかっていたが、今が旬だからか見るからにみずみずしかった。
「わざわざすまないな」
「いいえ。寝る前にちゃんと汗を流してくださいね」
「ああ、わかっている」
「それじゃ、ごゆっくり」
潤殿は我に向かって言うと、丁寧におじぎをしてふすまを閉めた。
「ピーパー、先に食べていいぞ。私は汗を流してくる」
「いやいや、待っておきますぞ」
「そうか。では頼みがある。押入れに布団があるからテーブルをどけて敷いてくれ」
「布団ですな? 承知しましたのだ」
須賀野殿が出ていくと、我は早速言われた通りにしたのだが。
「ぬぁ?」
押入れにあったのは枕が二つ。なのに敷布団と掛け布団は一枚しかない。とりあえず言われた通り敷いてみたが、もう一つの枕はどうしたら良いものか。このままでは我と須賀野殿、どっちかが布団無しで寝ることになるのだが……
いやまさか。二人で一つの布団を……?
「おい」
「ひゃあっ!?」
須賀野殿がもう戻ってきていた。新しいシャツとハーフパンツに着替えているが上下とも迷彩柄だ。えらく短い風呂だと思ったが、壁にかかっている時計を見たらいつの間にか時間が過ぎているではないか。
「ぼーっと突っ立ってどうした」
「あの、布団が一枚しかないですぞ……」
「ああ。だから貴様は私と一緒に寝るのだ」
「はい!?」
「予備の布団はあるにはあるのだがな」
須賀野殿は手を我の肩に置くと、急に死を覚悟したかのような深刻な顔つきになった。
「貴様、夕飯の前に私にできる限りのことはすると言ったな。ならば今晩は私と一緒に寝て欲しい」
「ひょえっ! なっ、なんとド直球な!」
我の読んでる百合漫画はちょうどカップルが「寝る」場面だったので、そっちの意味で捉えてしまった。
「バッ、バカモノ! 貴様が考えているようなことではない!」
須賀野殿が怒るが、ちょっとうろたえている気がした。
「ああ、すみませんなのだ……し、しかし一体なぜ……?」
そう尋ねたら、須賀野殿の顔がみるみる赤くなっていったものだからギョッとした。
「恥ずかしいことだがな、また犬の悪夢を見るのが怖いのだ……」
須賀野殿は気まずそうに目をそらした。
「私は曰く付きの物件に下宿していてな、今まで何度も金縛りにあったことがある。しかし幽霊なんぞ屁でもないと思っているから金縛りごときは平気だ。だが犬は、犬だけはどうしてもダメなのだ……!」
「そこまで……」
須賀野殿は本気で怯えている様子である。我の中で先輩として守ってやらねばという気持ちが芽生えだした。それだけではなく、女軍曹最大の弱みを知ってしまった背徳感と、そして女軍曹もやはり一人の女子なのだとわかった途端に感じた可愛らしさ。全てがごちゃまぜになった感情が、我の心拍数を早くした。
「我はそっ、そのっ……」
肝心なときに上手く言葉にできない。だから我はただ、うなずくという意思表示しかできなかった。




