お風呂タイムですぞ
須賀野殿とお風呂。すなわち裸のつきあい。一緒に入れと言われても心の準備が全くできていないのだが……。
「母と弟二人もいるのだ。一人ずつ入ったら時間がかかるだろう。行くぞ」
「そういうことならご一緒しますなのだ……」
としか答えられなかった。Noという選択肢はこの御方の前では無いに等しい。
そういうわけで着替えを持って、さっき上ったばかりの急角度階段を慎重に降りて風呂場に向かった。
脱衣所で手早く服を脱ぎ脱衣カゴに放り込む。鏡に映る我の生まれたままの姿は高二になっても子ども体型のままである。背が小さいのは写真撮影で役に立つので構わないのだが、体型はもうちょっとどうにかならないものかと思うことがある。
それにひきかえ須賀野殿の肉体はどうであろう。我より太くとも全くたるみがない腕と足。背中からお尻にかけての筋はくっきりと。正面を向けば割れた腹筋。胸はそんなに大きくないものの均整のとれた体に見合ったサイズだ。
「おい、あまりジロジロ見るんじゃない」
「す、すみませんなのだ。あまりにもいい体つきをしていたので見とれてしまったのだ」
「……」
須賀野殿は何も言わず風呂場に入っていってしまった。しかしちょっと耳が赤かったような……。
もしかして、照れている? いやまさか。
ともかく、我も後に続いた。中に入るとなんとそこには檜風呂が。しかも四人は入れそうなぐらいの大きさ。シャワーは二つもある。さながら旅館の家族風呂といった感じである。
「何という広さ!」
「この家は元々須賀野家と縁もゆかりも無い老人が一人暮らしをしていたのだが、その人が亡くなって遺族が処分するつもりでいたところを父親が買い取ってリフォームしたのだ。風呂場は今どき薪風呂だった上、家族で使うには小さすぎるから思い切って大改修を施した」
「それでこんな豪華な檜風呂に……」
「私にとっては贅沢が過ぎるものだがな」
須賀野殿は風呂椅子に座ってシャワーの栓をひねった。置いてあるシャンプーは主に男性が使うタイプのものだ。
「あのー、女性用のシャンプーは無いのですかな……?」
「無い。だがこいつには疲労回復の成分が入っていて肌に優しい。使ってみて損は無いぞ」
と言うので我も使ってみることにした。というかより使う以外の選択肢は最初から無かった。とにかく今は残暑のせいで汗でベトベトになってしまった髪の毛を洗えれば何でも良かったというのが本音である。普段我が使っているシャンプーよりもやたら泡立ちが凄くて変な感じだが、確かに髪の毛と頭皮の汚れによく効きそうではある。
体もしっかりボディソープで洗ってよくすすいで、いざ入浴。当たり前だがまずは須賀野殿から入った。鍛え上げられた肉体に付着した水滴が風呂場の窓から差し込む西日を受けてぬらぬらと光っている。それを見た我は生唾を飲み込んだ。下品な言い方だがエロいのだ。あまり見続けると変になってしまいそうだ。
「何をしている、入らんか」
「は、はいなのだ」
我はゆっくりと檜風呂に入った。少しぬるめだが暑い日にはちょうどいい。
しかし須賀野殿と風呂の中で相対しているこのシチュエーションは、何とも言い難い空気である。須賀野殿の逞しい肉体は湯の下に隠れているが、我はまともに見られなかった。
「貴様、生まれはどこだ?」
「は、はいなのだ」
「いい加減そのビクついた態度はどうにかならんか。せっかくの風呂なのだからもう少しリラックスしろ」
「うう、すみませんなのだ」
「最初に戻るが、生まれはどこだ?」
質問の内容を今更把握する。これは御神本殿が言っていたように、逆取材のつもりなのであろうか。我は気を取り直して答えた。
「千葉の習志野、ですぞ」
「奇遇だな。私の父が今習志野で働いている」
「何と!」
「貴様のことだから知っているかもしれんが、私の父は陸上自衛官なのだ」
「習志野駐屯地にいるのですかな?」
「そうだ。精鋭無比で知られる第1空挺団の副団長を務めている」
「ほええ、超エリートなのですなあ」
「経験も豊富だぞ。海外の人道復興支援に災害派遣と、平和のために体を張って活動してきたからな」
父のことをイキイキとした様子で語る須賀野殿。もちろん、我に初めて見せた顔である。脳内のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「おっと、父の自慢話になってしまったな。貴様は確か中等部からの入学だったが、千葉を離れてまで星花に来た理由は何だ?」
「それはその……須賀野殿も知っての通り、我は女の子どうしの友情愛情に強く興味を持ってしまう性格なのだ。女子校なら女の子どうしの出会いがしょっちゅうあるだろうと思って、調べたら星花女子が盛んだと知ったので県外受験を決めた次第ですぞ」
「要は自分の趣味のためか、しょうがないやつだな」
ほんの一瞬だが、柔らかい笑みを浮かべた。
このお人はこういう笑い方もできるのか。
何だろう、湯はぬるいのにカーッと全身が熱くなってきて、胸がドキドキしてしまう。女の子どうしのあれやこれやを見たときよりもドキドキして……。
「貴様、顔が赤いな。日に焼けたか?」
「あう、そ、そうかもしれませんな……」
突然、戸がガララッと開いた。
「あたしもお邪魔するよ」
「ひょえ!?」
入ってきたのは母殿であったが、我がびっくりしたのは大岩のごとくゴツゴツとした筋肉ではない。その鋼の肉体に無数の傷跡があったからである。
「お母さん、何で入ってくるんだ」
「ハハハ、恥ずかしがることないじゃないか。アンタのお友達のことを知るにゃ裸の付き合いが一番なのさ」
「あの、失礼を承知で伺いますがその傷はなんですかな……」
「ああ、名誉の負傷さ。驚かせてごめんよ」
「母は元傭兵でな、とある国の内戦で反政府組織に雇われていたのだ」
「……」
本物の軍人とはたまげましたぞ。
母殿はかけ湯をして湯に浸かったが、その巨体のために湯がどばっと溢れ出てしまった。二人入っても余裕があった浴槽が一気に窮屈になる。見た目は強烈だがトークの内容はもっと強烈であった。
「ここは待ち伏せされて機銃の一斉掃射を受けたときの傷さね。で、こっちはスナイパーに撃たれたときの傷。あと数センチ左だったら心臓に当たって死んでたね」
「ほえ……」
武勇伝にどう返したらいいのかわからない。しかし良く生き延びられたことだ。
「そもそも何で傭兵になったのですかな……?」
「自分を鍛えるためさ。高校までは今浸かってる湯ぐらいのぬるま湯みたいな人生でさ、もっとこう、生きるか死ぬかのせめぎ合いの中で自分を鍛えたかったんだ。それで家出してまで傭兵になったのさ」
はっきり言って意味不明である。母親がぶっ飛んでるから子どもまでそうなりますわな……。
「まあそういうわけでドンパチやってたんだが、政府が倒れて内戦が終わってね。だけど政府軍の残党がまだウロウロしていて平和にゃまだ遠かった。そんときにPKOがやって来てね。日本からも自衛隊が派遣されていたんだが、その中にあたしの運命の人がいたのさ」
それは須賀野殿の父親であると瞬時に悟った。普段は男女の仲なんぞには興味は無い我だが、須賀野殿の生い立ちに関わることなのでこのときばかりは身を乗り出した。
「その人は地域住民からも信頼されていてね、他国の軍隊と違っていろんな制約がある中でできる限りのことをしてくれたんだ。あたしゃ通訳兼ガイドとしてその人と協力していたんだが、一緒に行動しているうちに惚れちまったのさ。遅い初恋さね」
「ほうほう」
須賀野殿はというと恥ずかしがっているのか、窓の方を向いていた。
「で、その人の上官が世話焼きでさ、あたしが惚れてるの知っててくっつけようとするんだよ。そうして二人きりになる機会を作ってくれて、思い切ってあたしの方から告白したのさ。あんときは敵の拠点に突撃するとき以上に緊張したね。だけどあの人はすんなりと受け入れてくれた。その後一緒に帰国して、即結婚さ。今はいち主婦に落ち着いたけど、たまに高校・大学射撃部の指導やサバゲーフィールド運営の手伝いをやってる」
「波乱万丈の人生を送られているのですなあ……」
「守もあたしの生き様に憧れてくれたのか、将来はフランス外人部隊に入りたいって言ってるんだ。やっぱ人間は厳しい環境で鍛えられてこそナンボさ。とことん自分を鍛えていってもらいたいもんだよ」
人生哲学は正しいのかどうかはさておき、須賀野殿が国際科に進学してフランス語を履修している理由がよくわかった。脳内にきっちりとメモをしておく。
須賀野殿はゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ上がるぞ」
「はいなのだ」
「もうかい?」
「宿題が残っているから」
「そうかい。だけどたまの実家だ、流々ちゃんと一緒にゆっくりくつろぎなよ」
「うん」
須賀野殿ははっきりとそう返事した。
さっぱりした我は持ってきた部屋着に着替え、須賀野殿の自室に戻ったのだが、須賀野殿は宿題に手をつけるのかと思いきや寝転んでしまった。
「あれ? 宿題は?」
「何だか知らんがやる気が起きなくなった。今になって疲れが出たらしい。少しだけ寝るから20分経ったら起こせ」
何と珍しい。須賀野殿はごろんと寝返りを打つや、そのままスースーと寝息を立て始めた。
魔が差したと言うべきか、我はこっそりと寝顔を覗き込んだ。女軍曹がどのような顔で寝ているのか知りたくなったのだ。
仮に敵が襲ってきたとしたら、須賀野殿とてひとたまりもない程の無防備さであった。これが女軍曹の寝顔なのか。悪魔か鬼かと謳われているが天使のようだ。
後から思うと命知らずなことをしたと思うが、判断力よりも好奇心が勝ってしまった我はカメラを持ち、そーっと寝顔を映した。全くバレなかった。
須賀野守コレクション、禁断のショット。女の子どうしの危うい場面を撮ったこともあったが、それすら上回る破壊力である。もしも本人にバレたら死を覚悟しなければならないが……。
今の我の顔はニヤニヤしているどころか、危ないお薬をキメたかのような顔つきになっているに違いなかった。
そのとき。
「うううっ……」
須賀野殿がうめき声を上げて、体をモゾモゾと動かした。我は慌ててカメラをかばんに戻したが、
「ううっ、うああっ!!」
「ひぃっ!?」




