須賀野家にやってきましたぞ!
稽古が終わり、御神本殿ともお別れとなった。
「君はこの後実家に帰るんだよね?」
「はい。この者も連れて」
朝からいろいろ濃い時間を過ごしていたので意識していなかったが、我はこれから須賀野殿のお家にお泊りしてしまうのである。今更ながら緊張してきた。
「華視屋さんといつの間に家に招くほど仲良くなったの?」
「星花祭での惨事を未然に防いだ報奨として私の取材をしたいと言うので連れてきたまでです」
「そうか。でもせっかくの機会だし、君も華視屋さんのことをいろいろ逆取材してみたらどう?」
「ふぇっ!?」
かつて我の大っ嫌いな茄子とメロンパンを使って拷問まがいの事情聴取をされたことを一瞬思い出してしまい、声が出てしまった。
「逆取材ですか?」
「実家は寮と違って私的空間の中だから、寮ではできない話もできてしまうものだよ……と経験者は語っておくよ」
須賀野殿は明確に返事をしなかった。ちなみに御神本殿は桜花寮で義理の姉と同室である。一緒に実家に帰省した折は姉妹揃って我らの知らない一面を見せているのだろうか。
「さて。今日の稽古は君のおかげで一段と充実していた。どうだろう、やはり我が合気道部に来て技を究めたいと思わないか?」
「鍛錬は部活でなくてもできます。ですが、たまにはこうして出稽古するのも良いものですね。またお呼びください」
須賀野殿の口ぶりは社交辞令のようには聞こえなかった。
「わかった、次も頼むよ。あと、これは今日の指導料。おにぎりの具にでもしてくれ」
御神本殿は渡したのは現金ではなく、瓶に詰め込まれた梅干しであった。
「では、ありがたく頂戴します」
須賀野殿はうやうやしく受け取った。
*
御神本殿と別れた我らは徒歩で須賀野家に向かった。学校を出て更に東の方に歩くのだが、歩けど歩けど目的地にたどり着く気配が無い。夕方になっても気温の高さは相変わらずで、汗がドバドバ吹き出てくる。
「かれこれ30分歩いておりますがまだですかなあ……?」
「あと30分です」
弟殿はにこやかに絶望的なことを言った。
「まさか、通学も徒歩で……?」
「はい。私鉄やバスを使えばすぐですけど、歩いた方が鍛錬になりますから」
「ふぇぇ……明日は足がパンパンになりますな……」
前を歩いていた須賀野殿が振り返る。
「だらしないぞピーパー。そんなことで立派なスパイになれると思っているのか」
「ピーパー? スパイ?」
弟殿が首をかしげる。
「一人前のスパイになるまでこいつの名前はピーパーだ」
「ああ、また変な癖が出てるんだ……」
弟殿の呟きはしっかりと我に聞こえていた。それからごくごく小さな声で我に向かって言う。
「学校で迷惑かけてません?」
「ああ、いや、今のところ大きな問題は起こしてませんぞ……多分」
「ならいいんですけどね」
さらに30分歩き、ようやく須賀野家に到着した。私立高校に子ども二人を行かせられるぐらいの財力があるならば家もそれなりに大きいのではないかと想像してたが、現物は我の想像を超えていた。
「うーむ……?」
明らかに戦前に建てられたものと思われる古民家が一軒。敷地内に入ると左手に池があり、右手にはこれまた古い納屋がある。
須賀野殿が家の引き戸を開けると、ドスンドスンと地響きがした。何事かと身構えていたら、御神本学園の空手部のおっちゃんより二回り図体が大きいいがぐり頭の男が出てきたものだから、我は腰が抜けそうになった。だけど須賀野殿は平然と「ただいま」と挨拶する。すると、
「お姉ちゃんお帰りー!」
お姉ちゃん……?
「あ、その人がお姉ちゃんのお友達ー?」
「そんなところだ。ご挨拶しなさい」
「はーい。僕は須賀野豊といいます」
「か、華視屋流々といいますのだ。今お姉ちゃんと言いましたな……?」
「うん。僕弟なの。今年で11歳になったの」
は?
いや、ぱっと見で身長190cmは超え体重も100kg超えていそうで、体型は大相撲の力士のようで、声も物凄い低い。こんな小学生おらんですぞ!
「こんな小学生おらんですぞ、って言いたげだな」
「ひっ! そ、そんなこと露ほども思ってないですぞぞぞっ!」
「正真正銘、私の妹であり潤の弟だ。私たちと違い母親に似てるだけだ」
「は、母親似ですと……?」
下の弟殿が後ろを向いて「おかーさん、帰ってきたよー!」と言うと、我はまたもや腰が抜けそうになった。
のそっと出てきたのはミディアムパーマの人物だった。下の弟殿よりもひときわ大きく、Tシャツがぱっつんぱっつんになっていてムキムキの筋肉が彫刻のように浮き上がっている。Tシャツの袖から覗く腕とハーフパンツの下から覗く足は丸太のようで、血管が浮き上がっている。格闘漫画の筋肉キャラみたいだ。
筋肉の塊がニコリと笑う。まるで牙を剥く肉食獣のようである。
「よく帰ってきたねえ」
「お母さんも元気そうで何よりだ」
「いやー、守がお友達を連れて帰ってくるなんて珍しいよ。こりゃ今年の冬は大雪になるんじゃないかねえ、ハハハ。まあ。お上がんなさい」
我はとんでもない所に来てしまったのではと思い始めた。しかし時既に遅し。恐る恐る家の中へと入っていった。中は外と違ってところどころでリフォームが施されているが、やはり古さを感じさせる。
「こっちだ」
須賀野殿に手招きされる。階段があったがめちゃくちゃ急角度で、手も使わないと登れない程であったが、須賀野殿はひょいひょいと足だけで上がっていく。
ふと頭を上げると、角度的にばっちりと見えてしまった。須賀野殿の制服のスカートの中が。真っ黒なトランクスショーツを。こ、これはちと刺激が過ぎますな……バレるとどんな目に合わされるかわからないのですぐ視線を逸らしたが。
一時間も歩いてクタクタの体に鞭打って二階に上がってすぐのところ、障子を開けると六畳一間の和室があった。
「ここが私の部屋だ」
テーブルが一つしかない殺風景な和室。
「かなりシンプルですな……」
そう言い換えた。
「二人で寝るには十分だろう」
「二人で寝るって……我が須賀野殿と?」
「当たり前だ。貴様、どこで寝るつもりだ? まさか潤と一緒に寝たいとかたわけたことを考えていないだろうな?」
須賀野殿は首の骨と指の骨を鳴らした。
「めっ、滅相もない! 弟殿をそんな目で見てませんぞ!」
「ならばよし」
今日知りあったばかりの男の子と同じ部屋で寝るなんてありえないし、そもそもそんなことをしたら我の首と胴が別れ別れになりかねないわけで……。
「おーい、まず風呂入りな!」
下から母殿が呼んでいる。
「では汗を流しに行くぞ」
「お先にどうぞ、なのだ」
「いや、私と一緒に入れ」
「ふぇ!?」




