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男相手でも負けませんぞ!

 県庁所在地S市には、空の宮中央駅から普通列車で一時間弱ほどで着く。駅を出ると外はカンカン照りになっていて、9月下旬とは思えないほどの暑さに気が滅入りそうになるが、須賀野殿は平然としていた。


「うー……須賀野殿は暑くないのですかな?」

「心頭滅却すれば火もまた涼しと言うだろう。全神経を集中して暑くないと思えば暑く感じないものだ」


 いや暑いものは暑いですぞ、と反論したかったが飲み込んだ。


「次は御神本沙羅殿の合気道の稽古を手伝うとのことですが、場所柄我々が行って大丈夫な場所なのですかなあ?」

「心配するな。そこには私が一番信用を置いている者がいる」

「ほう?」

「そいつはロータリーにいるはずだが……いたな」


 須賀野殿が「来たぞ!」と大声を出した。するとロータリーから一人、背丈が我よりもちょっと大きいぐらいの男の子が駆け寄ってきた。男の子と断定できたのはこの酷い暑さにも関わらず学帽を被っていたからである。今どき学帽を被っているのは次の我らの目的地である御神本学園――県内一の偏差値を誇る男子校の生徒以外にいなかった。


 そして御神本沙羅殿は名前の通り、理事長の養子にあたる。理事長の血を引く姉が一人いるが我の調べた限りでは姉妹仲は良好だ。


 さて男の子は須賀野殿に声をかけた。


「お帰りなさい。姉さん」

「ねっ、姉さんですと?」


 我は須賀野殿の顔を見つめた。


「ああ。紹介しよう。弟の潤だ」

「始めまして、須賀野潤です」


 潤と呼ばれた少年はぺこり、と丁寧にお辞儀した。須賀野殿と見比べると確かに顔立ちはよく似ているが、姉の方が切れ長の吊り目なのに対して弟はネコのようなぱっちりとした可愛らしい目で、正直言って弟の方が女の子っぽい感じがした。一瞬だけ姉弟の衣服を交換した姿ほ想像するという業の深いことをしてしまったが、全然違和感が無かった。


「華視屋流々といいますのだ。よろしくお願い致しますぞ」

「こちらこそよろしくお願い致します。姉から話を伺っております。至らない点が多々あるかと思いますが、何かありましたら遠慮なくおっしゃってください」


 む、姉と違って常識人っぽいですぞ? 良かった。軍人が二人もいたら胃が持ちませんからな。


「それでは早速ですが、沙羅お嬢様のところに向かいましょう」


 潤殿の先導で駅から大通りを歩いていったところに市役所があるが、そこを右に曲がって進むと城跡が見えてくる。お堀沿いの道の右手には学校がある。これこそが御神本学園である。


 進学校の割には、星花女子学園と比べると遥かに見劣りするというのが正直な感想である。敷地は広くないし、校舎も元々白かったはずがところどころくすんでいる。それに空気が何というか淀んでいるような……男子校というのはこういうものなのかもしれないですな。


「星花女子に比べたら汚いところですが、ご容赦ください」

「いえいえ、とんでもないですぞ」


 さすがに我とてバカ正直に感想を口にはしなかった。


「沙羅お嬢様がいるのはこちらの方です」


 敷地の端には小道が伸びている。そこを挟んで向かい側のところに、比較的新しい建物があった。門には「御神本学園武道場」とごつい書体で書かれた表札が掲げられてあるが、建物自体は校舎一棟に相当する大きさだ。


「ほえー! ここが全てが武道場?」

「そうです。昔は寮があったんですが、立成元年に武道場に改装しまして。全ての武道系の部活はここで練習しています」


 御神本学園は進学校故に運動部はそこまで強くは無いと思われがちだが、武道に関しては強豪で知られている。授業も武道が盛んに行われ、普通の学校であれば剣道か柔道を選択するところを両方を必修としており、しかも一般生徒でも希望すれば昇段試験を受けられるのだという。


「ちなみに潤は剣道二段に加えて銃剣道二段持ちだ」

「じゅうけんどう……? どんなのか知りませんが凄いのはわかりますぞ」

「いえ、まだまだ未熟者ですよ」


 弟殿は照れくさそうにしている。姉とは大違いですなあ……。


「おー、須賀野。おめー女なんか連れて何やってんだ?」


 急に紫色のジャージを着た男がニヤニヤしながら近寄ってきた。何かチャラく見えるが、ジャージには五芒星に篆書体で「御神本」の文字が書かれている校章が縫い付けられている。あまり洗練されたデザインではない。


「僕の姉とご友人です」

「よく見たら星花女子の子じゃねえか。おめー女の子みてえな面構えしてっから三人並んだらおめーも星花女子の生徒っぽく見えんな! ガハハハ!」


 ぐぬぬ、何と失礼な男! 進学校でも礼儀ができてないのがいるとは。我に腕力があればぶん殴ってやりたいぐらいですぞ!


 とか憤っていたら須賀野殿が男に近寄っていって、手を差し伸べた。


「はじめまして、潤の姉の守です。弟がお世話になっています」

「何だあ? 握手しようってのか?」

「女の手を握るのは嫌ですか?」

「ふん、何のつもりか知らんがまあ、挨拶してやろう」


 と男が手を握った瞬間。男の体は魔法をかけられたようにガクンと崩れ落ちたた。


「おおおう!」

「合気道の技のひとつ、握手崩しをくらった感想はどうだ?」


 須賀野殿は敬語を捨てた。


「あいてて! な、何だこれっ、全然立てねえ……離してくれっ」

「その前に何か言うことがあるのではないかな?」

「わ、悪かった! 冗談が過ぎた!」


 須賀野殿が手を離してあげると、男は一目散に逃げ出した。あまりのダサさに笑えてきて、我の胸がスカッとした。


「姉さん、ありがとうございました」

「ああ、お前が手を出さずに済んでよかった。くだらぬことで争って怪我をさせてはまずいことになるからな」


 え?


 須賀野殿は我に言った。


「潤は可愛らしい顔故に学校や他所でからかわれたり、時には襲われることもあってな。そのたびに何人返り討ちにあって血だるまになったかわからん。弟は私と違って手加減を知らんのだ」


 ええ?


「あはは、ナメられたらぶちのめすぐらいの気概が無いとこの学校ではやっていけませんからね」


 ええー……


 ウソだと思いたいが、須賀野殿はウソをつく性格ではない。


 やはりこの姉にしてこの弟あり、のようである。


 *


 さて、御神本沙羅殿がいる合気道部は武道場の三階にあるとのことで弟殿について行ったのだが、中に入るなり酸っぱさの混じった独特の悪臭が、いや、異臭が漂ってきてついえずいてしまった。


「むう、何とも言えんな……御神本先輩は良くこんな汗臭いところで稽古をつけていられるものだ」


 須賀野殿ですら鼻を手で覆っている。弟殿は慣れきっているのか平然としている。


 そして御神本殿は袴姿で、部員たちの稽古を腕組みしながらじっと見ていたかが、我々を見つけると「止め!」と一声発して稽古を中断させた。


「沙羅お嬢様。姉を連れて参りました」

「ご苦労さま。みんなに紹介しよう。星花女子学園の須賀野守さんだ。さっき潤君が言った通り、彼の姉だ。今から彼女も指導にあたる」

「よろしくお願いします」

「で、こちらは華視屋流々さん。えーと……」

「私の取材をしたいそうです。弟を通じて先輩に連絡をしたはずですが」

「ああ、ちゃんと聞いてるよ。ただ、写真撮影はご勘弁願いたい。部員たちが集中できないからね」

「わかりました。おい、カメラをかばんにしまえ」


 御神本殿が怪訝な表情を浮かべたのは、御神本殿と同級生である我に向かって命令形で指示したからであろう。ともかく我は素直に言う通りにした。男の撮影なんぞには全く興味が無いですからな。


「すみません」


 坊主頭の部員の一人が歩み出た。


「この御方の実力は如何ほどでしょうか? 沙羅お嬢様が連れてこられたのですから相当なものだとお見受けいたしますが」


 口調に相当嫌味がこもっている。というか、部員たちはみんな我や須賀野殿のことを白い眼で見ている。むさ苦しい男子校の中に年頃の女子が赴いたらいやらしい眼で見てくるのであろうなと身構えていたが、逆に敵意を向けられているような気がする。一体なぜ?


「言葉で説明するより実際に見せた方が早いでしょう。痴漢になったつもりで私にかかってきてください。()()()()()相手では遠慮しても見ず知らずの私相手なら平気でしょう」

「はっはっはっ、言いますねえ。では稽古着に着替えてきてください」

「制服姿の方がソノ気になりやすいのでは?」

「はっはっはっ、いやあ、ナメられたもんだ。沙羅お嬢様、多少荒っぽくいかせて頂きますが構いませんか?」

「構わない」


 剣呑なやり取りが終わるや否や、坊主頭殿は猛獣のような勢いで須賀野殿に飛びかかった。先程のように須賀野殿には男でも取り押さえる力はあるが、坊主頭殿には武道の心得がある。いくら須賀野殿でも苦戦……はしなかった。


 畳がズドンと音を立てて、坊主頭殿は畳に組み伏せられていた。腕をねじり上げられ、首を踏みつけられて完全にキメられている。合気道のことはド素人の我の目から見ても、相当修練を積まないとできない技だとわかった。


「これでおわかりでしょうか?」

「じゅっ、じゅうぶんです……」


 須賀野殿が解放すると、坊主頭殿はそそくさと一礼した。他の部員たちの顔つきも変わり、武道場の空気が一変したのを感じる。


「というわけで、須賀野さんからも技をしっかりと盗むように」


 御神本殿の言葉を受けて、はいっ、という部員たちのとてつもなく野太い声が響いた。

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