表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/36

柔道一直線ですぞ!

 我は観客席で試合の行方を見守ることになった。会場には畳が敷かれており、赤畳で正方形を象った試合場が三面設けられている。それぞれの試合場で階級ごとに試合が行われていたのだが、須賀野殿と橘殿が戦う試合場は入り口から見て一番奥の方である。


 一回戦が始まったが、須賀野殿はいの一番の登場となった。背中に縫い付けられた「須賀野 星花女子学園」というゼッケンの文字がやたらと力強く見える。


「誰あの子? 知ってる?」

「聞いたことない」


 ジャージを羽織った他校の部員らしき子たちが隣で会話している。ちらと横目で見たが二人の距離がやたらと近くて、我は離れたところからカメラに収めたい衝動にかられてしまったが、須賀野殿にバレたら命に関わりかねないのでやめることにした。


 相手は須賀野殿より少し体格が大きい。須賀野殿もなかなか良い体格をしているのだが、上には上がいるものである。


 まず試合場の外でお互いに礼をし、試合場の中に入ってもう一度礼をすると、審判が「はじめっ!」と合図を出した。さて須賀野殿はどんな……


 バァン、という叩きつけられる音が響いた。


「一本!!」

「「「えっ」」」


 我と隣の子たちは同時に声を出してしまった。


 始めの合図が出て須賀野殿が相手を掴んだ瞬間に内股が炸裂し、相手はふんわりと宙に浮いて背中から叩きつけられてしまったのであった。


「うわー、秒殺……」

「しかもめっちゃキレイにキマったし……」


 二人とも口をあんぐりと開けたままだ。我もつい見とれて撮り損ねてしまった。


 二回戦からは反省を活かして最初からカメラを構えたが、まるで我に「お前に見せ場を撮る権利はない」と言わんばかりに秒殺で一本勝ちを収めていく。しかし我も女の子たちの撮影で腕を磨いてきている。女の子たちのベストショットを撮るためには動きを予測しておく必要があるが、そのテクニックを応用すれば良いだけの話なのだ。


 そういうわけで、須賀野殿があっという間に決勝戦にまで進んでしまった頃には、我がカメラのメモリーカードの中で須賀野守一本勝ちコレクションができあがったのである。どれも投げ技が綺麗に決まっていた。


 一方の橘殿はというと、こちらに至っては対戦相手が次々と恐れをなして不戦敗を選んだために、一度も戦わずしていきなり決勝戦から試合に出ることになった。インターハイで相手を大怪我させた件は高校柔道会に伝わっているようで、隣の子たちもしきりにその話ばかりしていた。ちなみに橘殿には「デストロイヤー」という物騒な二つ名がついているらしい。見た目は清楚なお嬢様なのだが。


 試合の時間となり、橘殿はようやく待ってましたとばかりに試合場に姿を見せた。


「あの須賀野とかいう子もなかなかだけど、橘には敵わないんじゃない?」

「身内相手でも手加減しないだろうね。かわいそうに。怪我しなきゃいいけど……」


 恐らくこの試合を観ている観衆の大半は橘殿の勝利を予想しているであろう。須賀野殿も長身だが橘殿の方が背が高いし、手足も長いので体格面から見ても橘殿が有利だ。


「はじめっ!」


 審判の合図とともに、星花の文字があしらわれた柔道着が交錯した。その瞬間を見逃さずシャッターを押す。


 橘殿の怪力は凄まじく、まともに掴まれたら最後、投げ技に持ち込まれて終わると言われている。しかし須賀野殿は真っ向から攻めにかかっていった。橘殿の手をいなすようにして防ぎつつ、逆に懐に飛び込んで掴もうとする。橘殿にとっては想定以上だったのか、かなり真剣な面持ちになっている。頭上に「!?」という文字が浮かんでいるように我には見えた。


「凄い! あの橘とまともに戦えてる!」

「星花に橘みたいなのがもう一人いたなんて……」


 想定外の展開に観衆も驚いている。我もシャッターを切りまくった。女の子どうしとはいえイチャイチャとは程遠い絵面だが、これはこれで撮り甲斐のある場面だ。


 うわー、という悲鳴とも歓喜とも似つかない声が湧き上がった。


 なんと、須賀野殿が一本背負いで橘殿を投げてしまったのだ。


「技あり!」


 審判が手を水平に上げた。完全には決まらなかったものの、須賀野殿はさらに上四方固めに持ち込もうとする。しかし橘殿とてやられっぱなしではない。なんと言ってもこの人には怪力がある。


(ふん)っ!!!!」


 須賀野殿の首を掴むと力任せに体を返して、逆に上四方固めを仕掛けた。見たこともない程に恐ろしい鬼の形相で抑え込みにかかる橘殿。こうなっては須賀野殿も逃げることは敵わない。隣から「やばい、あの子死んじゃう!」と悲鳴が飛んだが、部外者にはどうすることもできない。


「一本!」


 30秒間の抑え込みが決まって、橘殿が逆転優勝を飾った。しかし橘殿の顔は汗だらけで、おそらく脂汗も混じっているだろうと我は思った。須賀野殿はさすがに死にはしなかったが、やはり汗まみれになっており肩で息をしていた。


 二人は礼をすると、握手を交わした。いやはや、とんでもない戦いを見てしまった。


 *


「須賀野さんと手合わせできて幸せでしたわ。しかも私から技ありを奪うなんて、ここまで追い詰められたのはいつ以来かしら……やはり須賀野さんは私と一緒に世界を目指すべきですわ!」

「すまないが、よそを当たってくれ。用事があるので失礼する」


 須賀野殿はもう制服に着替えて出発の支度を整えていた。


「行くぞピーパー」

「はい、なのだ!」

「私、いつでもお待ちしてますわよー!」


 橘殿に見送られて、我と須賀野殿は会場を後にした。お昼を回っていたが時間的にどこか飲食店で食事を取る余裕はなく、そのまま駅へと直行した。


 下り線のホームまで出ると、須賀野殿はキヨスクに立ち寄っておにぎりとお茶を買ってきた。


「こいつを食え」

「あ、お金は……」

「気にするな。立ち食いになるが予定が圧している。次の電車に乗らねば間に合わん。さっさと食え」


 須賀野殿はそう言うや、自分のおにぎりをさっさと食べてしまった。我はこう見えても須賀野殿の先輩なので後輩に奢られるのは何とも複雑な気持ちなのだが……


 しかし腹の虫がぐぅー、と鳴ったのでたちまち気にしていられなくなった。


「いただきますなのだ」


 明太子おにぎりは程よく塩が効いていた。9月も下旬だというのに日中30℃超えの真夏日。これからまだまだ暑くなっていくので水分と塩分はしっかり摂っておきたいところである。


 次に向かうところがとんでもなく蒸し暑い場所であろうというのが想像できるから尚更のことであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ