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密着取材開始ですぞ!

 シルバーウィーク初日。我はいつもより早く起きて、食堂が開く時間きっかりで中に入って寮母さんに厨房のカウンター越しに挨拶した。


「おはようございます」

「おはようございます。あら? 今日から外泊の予定じゃなかったの?」


 我は昨日外泊届を提出していたのだが、私服ではなく制服を着ていたから疑問を持ったのであろう。


「ついでに少々お堅い場所に用事ができたのでこんな格好をしているのですぞ」

「そうなの。でもせっかくの連休だもの、しっかりリフレッシュして帰ってきてね。今日のパンは華視屋さんの好きなアンパンよ」

「わあ! ありがとうございますなのだ!」


 主食はパンかご飯を選べるのだが、迷わずパンを選択した。こいつをさらにトースターで焼くと表面がサクサクになり、香ばしさも増してあんことの相性が抜群に良くなる。焼いたアンパンは我の大好物の一つであった。


 せっかくの一番乗りなので陽当りのいい席を確保した。椅子に座ると焼きたてほやほやのアンパンを一口かじり、アンコの甘みをよく味わう。


「んん~、至福のひとときですぞ~」


 と、まだ誰も来ていないのをいいことに独り言を大きめに呟いて、牛乳を飲んだ。アンパンと牛乳もかなり良い相性の組み合わせだ。


 今のうちにたっぷりと糖分を摂取しておかなくてはいけない。なぜなら今から須賀野守という人物に密着取材しにいくのだから。しかも実家に招かれている。普段の我なら緊張感で食事が喉を通らないだろうが、好奇心がある程度中和してくれていたおかげで食欲を失うまでには至らなかった。


「ごちそうさま、なのだ!」

「はい、お粗末様。気をつけて行ってらっしゃい」


 完食した我はそのまま荷物と一緒に外に出た。いざ出陣、である。


 *


 我が向かった先は市の中心地にあるスポーツセンターである。入り口で腕組みをして仁王立ちしている須賀野殿を発見したのですぐさま挨拶をしたのだが、返ってきたのは怒声であった。


「遅すぎるぞピーパー!」

「ふええっ!? 午前8時待ち合わせで今はまだ7時半ですぞ!? 予定より半時間も早く来たのにあんまりですぞー!」

「私は6時には来ておったわ!」

「なんで!?」


 確かに8時待ち合わせって言ったのに……理不尽が過ぎますぞ。


「許してあげてくださいな。今日の須賀野さんは闘志満々なのですから」

「あ、橘殿!」


 橘桜芽。天下無双の四文字熟語が似合う柔道部員がそこにいた。


「ご存知の通り、私は星花祭で須賀野さんのお手伝いをいたしました。その見返りとして須賀野さんも試合に出て頂くことになりましたわ。私たちの戦いをじっくりとご覧になってくださいませ」


 深々と頭を下げて踵を返して、会場の中に入っていった。橘殿の所作は良いところのお嬢様そのもので、人が見たら到底柔道をやっているとは思えないであろう。


「本当は嫌なんだがな……」


 ボソッと須賀野殿が呟いた。


「何が嫌なのですかな?」

「橘と同じ階級で出なくてはならんのだ。あいつとぶつかったら……」

「ああ、聞いた話だとあの人、インターハイで相手を大怪我させたらしいですからなあ」

「橘は将来の五輪金メダリスト候補と言われている。下手を打って怪我をさせるわけにはいかんから難しいところだ」

「そっちの心配!?」


 いくら須賀野殿でも人外じみた力を持つ橘殿に勝てるのだろうか……。


 とにかく、本日はこの武道館で高校柔道の大会が開かれることになっており、須賀野殿は今日一日だけ柔道部員として参加することになった。


 橘殿が須賀野殿を熱心に柔道部に勧誘していたことは知っている。そのことについて、試合前に橘殿とお話する機会があったので聞いてみた。


「見ての通り、我が柔道部は私と他部員との実力の差が開きすぎておりますの。人数も少ないし、私一人だけ頑張っても柔道部の活性化に繋がっておりませんの」

「それで須賀野殿を誘ったと?」

「そうですわ。だけどあの人、試合での勝ち負けには興味がないと言い張って……もっとも、そのストイックさが魅力的なのですけれど」


 須賀野殿にとっての武道は己を鍛え上げるもの、それ以外の何物でもないらしい。射撃で活躍してたのに強豪校の推薦を蹴ったのもきっと同じ理由であろう。我はメモ帳の須賀野殿のページに書き加えた。


「だけどせめて、須賀野さんとお手合わせをしたいのですわ。だから今日の大会に出るようにお願いしましたの」

「なるほど。しかしトーナメント表を見ると、決勝戦までぶつかりませんな」


 先程入り口で貰った大会のパンフレットにトーナメント表が記載されていたが、須賀野殿と橘殿が出る階級では両者は互いに両端のブロックに配置されていた。橘殿はやはりシードの位置づけであった。


「橘殿はともかく、須賀野殿は勝ち上がれますかな?」

「勝ちますわ。私の目に狂いはありませんもの」


 橘殿は自信満々に答えた。


「おい橘、もう計量の時間じゃないのか」


 須賀野殿が声をかけてきた。左襟に「星花」の文字、左袖に校章があしらわれた白い道着を身に着けていた。帯の色は黒だ。


「まあ、とてもよくお似合いですわ! そのまま三年間ずっと着て頂けないかしら?」

「無駄口叩かずにさっさと着替えてこい」

「うふふ」


 橘殿はロッカーに向かった。


「何だピーパー。言いたいことがあるなら言え」


 我はやり取りを見てニヤけまいとしていたのだが、女軍曹には簡単に悟られていた。


「我の目から見ても大変似合っていますぞ。ぜひ、写真を一枚だけ撮らせて頂けませんかな……?」


 女の子を単体で撮影することはほとんどしない。我のカメラはカップルを撮影するためにあると言っても良かった。しかし須賀野殿のかっこいい柔道着姿は被写体として映えるものであり、撮っておかねばかえってバチが当たりそうな気がしたのだ。


「何だと?」

「ひっ」


 凄まれてたじろいでしまった。やっぱり止めとこうとしたが、「まあ、よかろう」という返事をくださった。


「あっ、ありがとうございますなのだ!」


 カメラを向け、気が変わってしまわないうちにシャッターを押した。腕組みをしている須賀野殿の凛々しい姿を上手く一発で撮ることができた。


「これで満足か?」

「はい、我ながら素晴らしい写真が撮れましたぞ!」

「そうか。女二人がいちゃついている写真に比べてどうだ?」

「え……」


 我は返答に窮した。女の子たちの方が良いと答えたら激怒しそうだし、須賀野殿の方が良いと答えたら「ならば二度と変な写真を撮るな」と言われそうで。何という意地悪な質問なのだ……。


「須賀野さん、準備できましたわ!」


 橘殿がロッカーから出てきた。


「変なことを聞いたな、忘れろ」


 須賀野殿はそれだけ言い残して、橘殿と一緒に試合場へ向かっていった。残された我は一人、撮ったばかりの須賀野殿の画像を眺めながら考えていたが、


「まさか、からかわれた……?」


 あの恐怖の女軍曹に?

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