身辺調査ですぞ
星花祭一日目が終わり、しばしの静寂が訪れた夜。我は部屋でメモ帳に書かれた須賀野殿のプロフィールを読み返していた。
須賀野守 高一 コクサイ科所属
うまれ S市豊水区
豊水西小学校~豊水中学校卒
ありとあらゆる武芸に通じている 柔道 剣道 銃剣道 アイキ道 カラテ ナギナタ
射撃の腕前は全国レベル 中学時代にエアライフルで優勝
第二外国語 フラ語
風紀委員 通称女軍曹と呼ばれている きびしい人
(原文ママ。以下、数々の逸話について記述があるがここでは省略する)
「うーむ、これでも他の子に比べたら全然少ない方ですなあ……」
他の子の情報は複数ページにまたがって詳細に記載してあるのに、須賀野殿だけは1ページちょっと埋まった程度だ。我が今まで調査対象にしてきたのはカップルの子または交際疑惑のある子たちであり、お互いどういう人となりに惹かれたのか知りたかったから深く掘り下げて調べ上げた。それに対して須賀野殿は浮いた話を一切聞かないので、我の好奇心がさほど向かず他の子ほど情報を仕入れてこなかった。
だが今は違う。昼間に射的で神技を見せられたせいなのか、この狂気に満ちた超人の知らない部分を知りたいという思いが我の好奇心を突き動かし始めていた。
とはいえ直接インタビューするのは正直恐ろしい。質問に一つ答える代償として一日縁楼寺で修行せよとか言い出しかねないし。それならばということで我はクラスメートを当たることにした。幸い我の住む菊花寮には国際科の子がいる。名前は転素牟亥。縄文時代マニアで、石器作りが趣味だという。よく浴場に裸で出入りしており、身も心も縄文じみた野性味溢れる子という印象を持っていた。
実はこの子とは今までまともな会話をしたことがないのだが、それは単に学年が違うし部屋も離れたところにあるため話す機会がなかったというだけのこと。今このときが話す機会の到来だ。我は彼女の部屋、306号室をノックした。
「だれー?」
間延びした声で返事された。
「103号室の華視屋流々ですぞー。転素殿とお話したいことがあってやって来ましたぞー」
「かしやるる……? まあとりあえずどーぞー」
謎の間が空いたが、我のことを知らないと見える。絡みが一切なかったから致し方なし。
「失礼しますぞー……うわっ」
出迎えたアホ毛の少女――転素牟亥は真っ裸であった。何も身に着けていないままで来客者を招き入れるという神経がよくわからない。
「うわっ、て何よ? 失礼だなー、もー」
転素殿はふくれっ面になった。いや、客前で服を着ていない方が失礼じゃないかと思うのだが……とりあえず、我は手土産を見せびらかした。
「まあまあ。とりあえずお菓子でもいかがですかな?」
商店街にある和菓子屋、永木庵のちょっと値が張るモナカ6個入り。転素殿が寮の食事で出されるデザートを残さず食べるのを見てたから、甘いものは苦手ではなかろう。案の定、転素殿の顔が一気に綻んだ。
「いいの?」
「どうぞどうぞ。お近づきのしるしですぞ」
「ありがとー! じゃあ一緒に食べよー? お茶出してあげるからねー」
転素殿は麦茶を出してくれたが、入れ物はゴテゴテした装飾がついた縄文土器であった。うーん、さすがは縄文少女といったところか。
「で、わたしとお話したいことって?」
「転素殿のクラスメート、須賀野守殿について聞きたいことがあるのだ」
「あー、あの口うるさい子!」
一瞬だが眉をしかめたのを我は見逃さなかった。須賀野殿のことをあんまり好いてないと見える。
「あの子の何について聞きたいのー?」
「趣味とか、授業中の態度とか、面白い話とか。何でもいいから知っていることを話して欲しいのだ」
我はメモ帳とボールペンを用意した。
「なんでー?」
「実は、我は諸々の事情があって須賀野殿の仕事を手伝っているのだ。仕事を円滑に進める上で須賀野殿の人となりを知りたいのだが、本人相手だと聞きにくいから転素殿に聞こうと思ったのだ」
「わかるー。あの子ったらとっつきにくいよねー」
転素殿は共感してくれた。正直に理由を話して良かった。
「じゃあ、英語の授業でのエピソードを話そうかなー」
「伺いましょうぞ」
「知っての通り、国際科の英語の授業って他の科よりも英会話に力を入れてるんだけど、ある日『あなたの好きな言葉を英語で話してみんなに説明しなさい』って課題が出たんだよねー。そのときに須賀野さん、こう答えたんだ」
――Hast thou not gone against sincerity
――Hast thou not felt ashamed of thy words and deeds
――Hast thou not lacked vigor
――Hast thou exerted all possible efforts
――Hast thou not become slothful
(と言っていたらしいが、転素殿の発音が流暢過ぎて我の貧弱なリスニング力では聞き取れなかった)
「……それってどういう意味ですかな?」
「『至誠に悖る勿かりしか』『言行に恥づる勿かりしか』『気力に缺くる勿かりしか』『努力に憾み勿かりしか』『不精に亘る勿かりしか』」
「……それってどういう意味ですかな?」
何だか難しい言葉だということしかわからなかった。
「んとねー、わたしにもよくわかんなかったけど、要は一日ちゃんと有意義に過ごせましたかってことらしいよー。ひいおじいちゃんが海軍兵学校で毎日唱えていたんだってさー」
「海軍兵学校と言えば旧海軍のエリートの養成学校ですな……」
「ちなみにおじいちゃんも航空自衛隊で戦闘機のパイロットやってたし、おとーさんはバリバリ現役の陸上自衛隊員なんだってさ」
ほえー、という感嘆が我の口から漏れ出た。須賀野殿はまさに武人の血が凝縮された結晶のようなものではないか。父親に相当厳しくしつけられて育った結果があの女軍曹なのであろな、と我は勝手に決めつけた。
「他に何か知っていることはありませんかな? こういった意外な一面がある、というような話だと嬉しいのだ」
「意外な一面ねー……あっ、そーだ! あの子ね、犬がチョー苦手疑惑あるんだよー」
「犬?」
「うん。わたしのクラスメートが言ってたんだけどー、校内に迷い込んできた野良犬から逃げてきて窓から教室に入ってきたことがあったんだってさー」
「ん? んんんん? 一年生の教室は二階ですぞ……?」
「うん。だから校舎をよじ登って入ってきたの」
「……」
ス◯イダーマンですかな? あの人ならやりかねないが……
「しかし、犬が苦手というのは確かに意外な一面ですな」
我は「イヌにがてらしい」とメモに書き加えた。須賀野殿の伝説的逸話の中に、市内に迷い込んだイノシシを退治したというものがあるが、イノシシは平気なのに犬が苦手というそのギャップがどうにもたまらなくなってきた。あの奇人にも人間臭いところがあって安心したというか何というか。
「もっと聞きたいですぞ! さあさあどんどん話してくだされ!」
「いいよー。美味しいお菓子持ってきてくれたからどんどん話してあげるー」
転素殿は終始ご機嫌で知っていることを全て話してくれた。そのおかげで、一ページ半しかなかった須賀野殿に関する記述を倍以上に増やすことができたのであった。
「うん、いい感じで埋まりましたぞ!」
そのほとんどが破天荒な逸話だが、犬の件と、あともう一つの件に関しては赤ペンでアンダーラインを引いて強調した。
「あの人も相当モテているのですなあ」
何でも、須賀野殿に叱られたいというマゾヒスティックな生徒たちが裏でファンクラブを作っているのだという。確かに須賀野殿は凛々しく自他に厳しいお方。奇癖がなければ惹かれる人がいてもおかしくはない。
では須賀野殿自身は誰か憧れの人がいるのであろか。あの性格だから恋愛感情を抱く、とまではいかないであろうが……。
「ぐああ、知りたい、知りたくなってきましたぞー! でもそんなこと直接聞いたら命の保証は無いし……どうしたもんですかなあ……」
我の好奇心のメーターは振り切っていた。本来であれば須賀野守という人間は関わりたくない類の人間なのに。
ゲストキャラ:
転素牟亥(壊れ始めたラジオ様考案)
登場作品『少女と少女のヒストリア』(藤田大腸作)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054952188133




