1章-花街の仇花-①
■■1章-花街の仇花-■■
エドガーはニルクッド商店を出たあと、
中央区を挟み真逆に位置する商業区の一画にある特別商業特区花街"ススキノ"にいた。
特別商業特区とは現国王が、先代である慈王デオスタの依頼で、
ハンニバルの前身である開拓村を作り上げた際、
限定的に施行された法律や制度をそのまま継承している区画である。
その根幹は単純にして明快。
"立場や爵位による減刑、温情は一切ない。"である。
特区内で法を破れば、いかなる立場、爵位をもってしても、
平民と同様に捕縛される。
場合によってはその場で処断する事も容認されている。
グラウス大陸広しと言えど、
自国の王であっても罪を犯せば処断せよと定められているのは、
ここ特別商業特区だけであろう。
「お兄さん、遊んでいってくんないのー?」
「おい!どうする、どこに入る?!」
「慌てんなよ!初めてだから浮かれるのはわかるけど、俺まで恥かくじゃねーか!」
「き、今日も来てしまったのだが、良かっただろうか。」
「来てくれて嬉しいです!さ、はやく上がって下さい。」
誘う者、うかれる者、慕う者、慕われる者などなど、
エドガーは活気づく夜の街の騒々しさに笑みを浮かべて歩いていた。
「まぁ、最初の頃は色々もめたって聞くが、みんな元気そうにしてやがる。なによりだ。」
"伏魔-パンデモニウム"が隣接する魔境に開墾村を作ることなど、
当時は絶対不可能と言われていた。
その不可能な偉業を成せと慈王より賜った冒険者たちは、
たった一つだけ条件を提示した。
「いかなる国、いかなる地位を持っているお方。
もちろんここオーカスタン王の王族の方であっても、
この開拓が成り、強固な要塞が作り上げられるまでの間。
開拓村地域における自治は我々の裁量のみで行います。
そして開拓の弊害となる者への処断は、
仮にどの様な地位を持つお方に対しても実施致します。
それらをお認め頂けるのであれば必ずや成し遂げましょう。」
冒険者の代表の1人が高らかに発したその言葉に、謁見の間に激震が走る。
その場にいた文官、武官、貴族の激しい非難の声と悪意に満ちた視線が、
振りかかるも涼しい顔を冒険者たち。
慈王デオスタは騒ぎたてる者たちを手をあげ制止し理由を問うた。
「わかってらっしゃるのにお人が悪い……。」と冒険者の1人はこぼし、
王の問いの答えた。
「魔境を開拓を成すと利権が絡むからです。
不可能だと騒ぐ事があっても赴かなかった方々が後からやってきて、
やれこの鉱山は私が管理を、やれこの石材は、この木材は!魔物の素材が!
そんな中、開拓をせよと?
私どもは慈王デオスタを信頼している。
そして、慈王デオスタは"誰も着手しようとしない"これを成せと、
私どもを信用して仰った。故に、成しましょう。
敬愛する国王陛下のために!そして国民、移民を望む民のために!
…もし、その邪魔をする者は、死ぬ覚悟をもって仕掛けてこい。
いや、生ぬるい。一族郎党滅ぶ覚悟で参られよ。
その軍が千でも万でも我らがお相手すると約束する。
……と、理由としてはそんなところです。」
その後もひと悶着もふた悶着もあったが、
想定していたほどの邪魔は入ることはなく、開拓は円滑に行われた。
努力した移民者たち皆一様に、
貴族や王都の商会の横槍が入る事がなかったため彼らに感謝した。
「安全と信頼があれば、人は努力し、利益を生み出す…だったか。
聞いた時は眉唾だったが、こうして目にしてちまうとな。
てめぇはやっぱ大したやつだ。」
最近ご無沙汰してる憎たらしい笑顔の友人の言葉を思い出し、
この場にいないその友人に称賛の言葉を口にした。
エドガーは活気ある花街を再度見まわす。
特別商業特区として守られている花街の店舗や商品である彼女たちは、
立場や爵位による理不尽から今も守られている。
給料の支払いに関しても、花街の知恵者たちが取り纏める自治会から、
支払われるため、悪い商会や商人にピンはねされる事もない。
嬉々として働く彼女たちは誘蛾灯の如く爛々と灯り、男たちはお金を落とす。
このサイクルが健全故に、
ここススキノは今夜も大陸最大の栄華を誇る花街であり続ける。
今日に至る成功の本当の功労者は、開拓成功の報酬に"ススキノに限り、
引き続き特別自治権"を要求した冒険者たちなのかもしれない。
「さてと、着いたか?ここだな。」
華美な装飾は施されてはいないが、どこかその佇まいから、
品の良さを感じさせる建物の前でエドガーは足を止めた。
多種多様で豪奢な店構えの建物が乱立するススキノの中で、
異彩を放つこの館"夢操りの館"。
この遊郭に客として認められることが叶えば、
その客が求めるのどのような要望であっても、必ず叶うとまで言われてる。
オーナーである女将自ら各国を渡り歩き、
その土地土地の花街で働き夜に咲き誇る美姫はもちろん、
華やかな夜の灯りの影でつつましく咲く灰かぶりの下女や奴隷であっても、
容姿や強い意思が彼女の目に止まれば、美しく磨きあげられ、
その土地より遠く離れたススキノに咲き乱れる。
そうして集められた至高の商品たちとの一夜の夢を求める者は多い。
しかし、いくらお金を都合しようとも、
いくら権力を有していてもこの館の主が客として認めぬ以上、
この館に足を踏み入れる事すら許されない。
数多の無法者が命を散らしたこともあり"帰らずの館"と揶揄する者が出るほどだ。
「いらっしゃいませ、"夢操りの館"へようこそおいで下さいました。
大変恐縮ですが、当館は完全紹介制となっておりまして……
どなた様か当館のお客様のご紹介でございましょうか。
紹介状をお持ちでありましたら、お見せ願えないでしょうか。」
館より3人の男が現れ、エドガーの前に立ち並び一礼の後に言葉を発した。
さすが一流どころと名高い遊郭。
とても花街のそれとは思えぬ、
どこかの貴族の屋敷で働く家令のように気品のある立ち振る舞いと口調である。
「以前、招待は受けた事はあんだけどよ。紹介状の類はそん時もらってねーんだわ。」
「大変申し訳ないのですが。
生憎、紹介状がお手元にないのでしたらご案内差し上げる訳には……。」
「ああ、紹介者がいねーと入れないのは知ってんだ。
悪いんだけどよ、女将に…ってか"仇花"に伝えてくれ。
7人がかりでボッコボコにのされた1人があんたに用があってここにきた。ってよ。」
3人の男から笑顔が消える。
姿は見えないが周囲から、こちらを"先ほどから伺っていた"者たちから、
隠しきれない殺気が溢れだす。
「どんな事情がおありでも、ご案内する訳にはいかないのです。お客様。」
「あ?んだよ、今日は休みなのか?それなら伝言だけでも…って、おいおい。」
言い終わるのを待たずに、1人の男が短剣を投擲する。
エドガーが事もなげにそれをはじく、
その短い間の中で残りの2人は武器を構え臨戦態勢をとった。
「お前さんらが、職務に忠実なのはわかった。
それにこっちが無理言ってる自覚もある。
この短剣一発だけなら水に流す。ただ、まだ続けるなら1、2、3…。」
むせかえる様な殺気が支配する空間の中、世間話をするようにエドガーは言葉を続ける。
男たちを右から指さし数を数え……ぐるっと大げさに周囲を見渡す。
「隠れてやがるのが8人。あー、誇っていいぞ。そこのお前とそれからそこのお前。
お前らは隠れるのうめーよ。他は、まぁまぁだな。それでなんだっけ?
ああ、まだ続けるなら、11人まとめてかかって来い。
知り合いの店先に死体積む趣味もねーから、半殺しで許してやんよ。」
「「「っ!!」」」
立ち込めていた彼らの殺気は、エドガーの嵐の様な殺気に上書きされ、かき消される。
目の前にいるたった一人の男が戯れ放った殺気に、
訓練され腕利きと組織内でも称賛される彼らは身動きがとれなくなる。
「…あ、あなた様は、一体。」
恐らくこの中で一番の手練であろう短剣を放った男が、
息絶え絶えなんとか言葉を口にする。
その重苦しい雰囲気を打ち壊すように、2度柏手が鳴った。
――パンパン
「そこまでしておきなさい。」
館から執事姿のモノクルをつけた女性が現れ、燐としたよく通る声でそう言った。
それから周囲をひと睨みし、小さく頷きエドガーへ近づき足元に膝をついた。
「うちの者が大変失礼しました。…ご無沙汰しております。」
「やめてくれ、そういうのは。久しぶりだな"サミュル"、変わりなさそうだな。」
自分に足元で膝をつくサミュルと呼んだ女性にバツの悪そうな表情しつつ、
手を伸ばし立たせ膝の土を払う。
サミュルは少し笑顔を称え、最初に出迎えた3人に手信号を送る。
「な!」
「なんと!」
「「「大変な無礼を働き申し訳ありません!」」」
エドガーのことを説明したのであろうサミュルの手信号を受け、
顔面蒼白にした3人は慌てて頭を下げた。
周囲を取り囲んでいた先ほどの者たちも、
別の同僚から事情を聞かされ同じように顔を青くしていた。
「あー、さっきも言ったがそれがおたくらの仕事なんだろ?あんま気にすんな。
それにしても、サミュルが出てきてくれてよかったぜ。
"アイツ"がきたら殺せ。って質の悪い命令でも出てるのかと思ったぜ。」
本当に気にしてないと、手をひらひらさせて男たちに労いの言葉を送り、
サミュルにむかって大げさに安堵したと胸に手をあてエドガーはおどけて見せた。
「お戯れを…くすくす。仮に、そのような命令が下ったら、
王都全域にいる仲間を全て呼び戻し、
決死の覚悟で籠城戦に挑まねばならないでしょうね。
そもそも、私はそんな命令が下ったら、雲隠れさせて頂きますけど。
こんな場所で立ち話もなんですから、ご案内させて頂きます、どうぞ。」
サミュルは冗談めかしそう言い口元を隠して笑った。
「おう、頼まぁ。…おお!」
案内されるまま、館内に足を踏み入れたエドガーは、
少年の様に目を輝かせて感嘆の声をもらした。
眼前に広がる大きな吹き抜けには、
中央広場の規模に負けじ劣らずの大きな噴水が座し、
相当な水量であるはずだがその"水音は消されている"。
噴水の周りを"さまざまな鳥を模した炎と雷"が空間を彩る様に舞い。
見ていて飽くことがない、つぎつぎと表情を変える噴水の本流からはずれ、
舞い散る水しぶきは"その場で凍りつき"幻想的に光を反射する。
"無音-サイレント-" "電撃-ライトニング" "火炎-フレイム-" "冷凍-コールド"
様々な効果の魔道具が惜しげもなく使われているのか見て取れる。
「とんでもねーな!この噴水周りの魔道具の金額考えただけで笑えてくんぜ、
カッカッカッ」
「私はこの遊郭を作る際に、この噴水の企画を聞いて予算考えた時は、
笑えませんでしたよ。」
「それはご愁傷さまだな。でも目は引くが派手さがあっても嫌味はねー。
内装もすげーいいな。この柱…ん?おいおい。」
その当時を思い出しサミュルは目元に手を当て疲れた声を出す。
そんな彼女に労いの言葉をかけ、
噴水を囲うように上階へと続く緩やかな螺旋状の廊下を、
サミュルに付き従い歩くエドガーは、自身の目を楽しませてくれる美しい内装や、
調度品を興味深そうに眺め、不意に柱に触れた途端、怪訝な顔をサミュルに向けた。
「やはり、お気づきになられました?この建物だけで…そうですね。
100~200人規模の騎士団の装備は作れると思いますよ。」
「やっぱり"エルダー木"か!"トレント木"ならともかく、
"エルダートレント"の木を建材に使った遊郭なんて前代未聞だな!かっかっか!」
一部の"魔窟-ダンジョン-"や、魔物が多い森などに繁殖するトレントという魔物がいる。
木に擬態し根や枝などで攻撃してくる魔物で、擬態を見破れない実力の冒険者や、
森での戦闘に不慣れな騎士は苦手とする者も多い。
一方でそのトレントの身体を構成している木材は、トレント木と呼ばれ、
粘り強く強度があり杖や弓の材料として需要も高く、建材としても人気を誇る。
そして、エドガーが口にしたエルダートレントとは、トレント同士の生存競争の末、
稀に進化するとされている長寿のトレントであり、
その体躯は小さな個体と言われるものでも、7メートルと言われ、
文献に残った逸話では最大で20メルトルの個体が存在したと記載されている。
当然、トレントより危険度が高く設定されているが、それからとれる木材は杖、
弓を作る材料としては最高級品とも言われているため、
遊郭の建材に使っている事にエドガーが驚くことは無理もない話である。
「一階から三階までは同様の作りになり、
この様に廊下に沿って座敷が各階3部屋ずつ設け、
ゆったりとした空間が用意されております。
魔道具を駆使した噴水、豪華な建材、そして、この様なひろびろとした各座敷。
ススキノ内に限らず、この世界には存在しないでしょう。」
「いや、本当にすごいぜ。今まで色んな城に呼ばれたり"攻め落としたり"したが、
こんな雰囲気のいい建物になんざ、お目にかかった事がねー!」
「ここは攻め落とさないでくださいね。
先ほどは、本当にひやりと致しました。…こちらへ。」
螺旋の廊下の最奥の扉をあけるとまた赴きの違う広い空間になっていた。
左右には奇麗どころがずらりと並び、皆こちらに顔を向け華やかな笑みを浮かべている。
「こりゃ……すげぇ。」
「あら、エドガー様もやはり男性なんですね。こう言ってはなんですが、
女性を侍らすことを好む殿方ではないと思ってました。」
煌びやかな服装をした女性たちに、じっと少し熱が籠った視線をおくるエドガーを、
意外だと表情に出し、サミュルはエドガーを覗き見てそう言った。
「あはは!そりゃテンションも上がるだろうさ!こんなに奇麗どころばっか集めて、
"ここまでにする"なんてなぁ!…サミュルが普段見てやってんのか?」
「ああ、なるほど。そちらの評価ですか…くすくす。
ええ、基本基礎は別の者が指導致しましたが、
一定に達したと判断され私から見ても適正があると思った者たちが、
ここで働く事を許されています。では、こちらの座敷になります。」
エドガーの返答に得心がいったと頷き、
サミュルはエドガーの質問に答え座敷の障子戸を開け促した。
知人の影響で"この手の作りの座敷"の作法を知るエドガーは、
靴を脱ぎ奥へ行き上座に腰を下ろした。
「"女将"は少し遅れて参りますが、酒と肴のご用意させましたたので、
それまでしばしお寛ぎ下さい。」
それを見送りサミュルはそう告げ、小さく頭を下げつづけた障子戸を閉じた。
エドガーは女将がくるまでの間、
すっかり目を通すのを失念していたルーファスの報告書を思い出し、
目を通して待つことにした。
途中サミュルが米で造られたという酒と、
何度か食べた事がある殺したばかりの新鮮な海の魔物を、
生で食べる変わった肴の"刺身"を運んでくれたが、
エドガーの邪魔をしない様にすぐに退出していった。




