報復はまだ早い
ズキズキと痛む。
頭・・首と足。
特に足が酷い。息も出来ない程じゃないが、動かそうとすれば、それは確かに激痛の部類に判断できるものだ、これは折れているかもしれないと僅かながらに焦ったが、それよりも今自身がどこにいるかが分からず、私は冷静に自身の状態を把握する事を優先する。
多分どこか狭い場所に詰め込まれたのは、分かった。
息をすれば、自身の呼気が感じられるのだ。どれほどの場所に入れられているのかは大体分かった。
頭痛は多分解毒による反動だ、解毒が出来てはいてもその反動で体調は最悪だった。浄化の魔法を唱えようとしても頭痛のおかげで集中できずに魔法が仕えないが何よりも今、自身の状況を把握しなければと焦る。
「足・・折れてないといいなぁ」
水系の魔法を扱うとはいえ、私の基本のスペックは母や兄には遠く及ばない。
特に魔法は、威力は半分以下。
とにかく戦闘になればほぼ肉弾戦が主になる。母が得意とする魔法は、炎。父が得意とするのが水だ。
私の容姿は、母に似たが持っている魔法の属性は父と同じ水だ。
攻撃魔法には向かないのが難点だ。
風魔法のように情報収集も出来ない。ほんと水属性はあまり役には立たないが浄化魔法だけは他の属性よりも威力を持った。
痛みの感覚を探りながら、自身の身体を確認する事に集中すれば、足は多分折れてはないが確実に負傷している事、手は後ろに組まされて括られているが、無事。
魔法は、使用が難しいが後一刻もすればどうにかなるだろう・・かなり狭い場所、埃っぽい匂いと土と草の匂いが遠くからする。
耳を澄ませても人の足音、動物のものは聞こえないが風が僅かに吹き込んでくるのでここは密封されては居ないとまで判断でき、窒息の危機はない事はありがたかった。
足首に巻いたワイヤーを使ってどうにか手の拘束を外せないか試すが、痛みが酷いのでなかなかうまくいかない。
他にもいくつかの武器が仕込まれている筈の身体を動かすが、狭い場所での作業はあまり上手く行かないものだ。
諦めそうに何度もなりながらなんとか手首の拘束を解く事が出来たのは多分1刻程かかった頃だと思う。
なんとか拘束をといたはいいものの体力は既に限界に近い。頭痛のする頭で何とか浄化魔法を行使すれば自身の内側に妙な感覚がした。
回復魔法は出来ない。
音から得られる情報が少ないし、なによりも体感がズレている今、とにかく状況把握を真っ先する必要がある。足以外には問題ないと判断した体調、自身のドレスが一部破かれている事と足に仕込んだナイフが4本とも無くなっている事を把握した所で、明らかに人間の靴音が私の耳が察知した。
「おいおい・・本物なのか?」
「当たり前だろう。ほらもうすぐお前のものになるぞ」
男達の会話はかなり鮮明に聞こえた。感覚のズレたまま戦闘に入らなければならないと思うと恐怖を感じたが、ここで捕まる訳にはいかないし、なによりも他のお庭番たちにも迷惑が掛かってしまう。
そっと足に触れて、状態を確認し、近づいてくる男達に身構えれば、結局は男達は私の前を通り過ぎて行き、どこかへ行ってしまった。
遠ざかる足音に安堵したのもつかの間、どんどんと私が閉じ込められた扉がノックされた。
「いるのか?」
聞き覚えのある声とその声音。彼がユーリ王子であろうとわかるがもしかしたら、違うかも。
だから、わざと言葉を選ぶ。
「・・王子?」
「だから、俺はユーリだ。うわ、いるのかよ。・・今開ける。」
本人だと確認するには、丁度いい会話となったが、小さく舌打ちが聞こえたのは聞き間違いであってほしい。
しばらく何かをいじる音がして、鍵が開いた。
暗い世界に光がさし・・一瞬前が見えなくなったが、確かに目の前にユーリ王子が私を心配気に見ていた。
なんでか、安堵を覚えた。
「まぬけ・・」
「っ」
悪態はつきながらも、伸ばされた手はまっすぐに私に向けられていた。だからそれに手を重ねたのだ。思いの外強く握られ引き寄せられたおかげでよろけてしまった。体重がいきなりのった足が悲鳴をあげる。折れていないと思っていたが、ヒビは入っているようだ。
「足か・・・毒は?」
「浄化で」
「のわりには、随分な顔色だぞ。ちょっと見せろ」
そう言って彼は、繋いでいた手を離し、私の頬、首、手首と純に確認していった。
その手つきは慣れたもので、嫌悪さえ感じる事もなく、大人しく私は彼に身を任せていた。
「熱があるが、脈の乱れはない。浄化の反動だな。吐き気は?眩暈とか」
「ないわ、それよりどうやってここに?」
「お前・・・あれからどれだけこっちが」
そういいかけて、あわてて彼は私を抱き寄せた。
あまりの事に驚いていると、耳に囁きが届く。
「このままでいろ・・俺の光魔法は、そこまで万能じゃない。物を消すよりも別のものに見せた方が楽だ」
そう言われてしまい、私は息をひそめた。
遠くから先ほど聞こえた声の主が近づいてくる。あまりに強く抱き込まれているから視界が少ない。
相手の心音も息遣いも、そして温かい体温も全てを全身に感じるこの体制は、とても窮屈だった。そしてなによりも落ち着かない。さっきまで感じていた安心感が嘘のようだ。
「あいつ・・」
腕の間からなんとか伺えば、耳が拾う声の主が誰か、その相手はすぐに分かった。
『おいっ逃げられてるぞ』
『そんな訳ないだろう』
二人の男が開いたままの扉をみてそう言い合いを始める。
『どこにいるっていうんだ』
『どうしてっ・・・痺れ薬の効き目がうすかったんじゃないか』
『致死量ギリギリだった。あれ以上では呼吸もまともにできない状態だったはずだ』
『そっそんな・・俺のココットになんてことを・・』
『待て・・まだ温かいぞ』
私がさっきまで居たのは小さな物置なようで、その床を触った男が残った体温でそう推測する。
『これならまだ近くにいるなっ・・お前の従者を使って探させろ』
『っ・・それは』
躊躇する男の煮え切らない様子に男はどこか面倒そうに吐き捨てる。
『今更だろう。馬鹿が、お前があの女を欲しいと言ったんだ』
その言葉に誕生会の主役であるギニア子爵の息子、バレットが押し黙った。
どこか気弱そうに見えた顔が今は、別人のようだ。薬でも使っているのかしら?そう考えたのがわかったらしいユーリ王子が僅かに頷いた。
『うるさいっ!俺に相応しいのは、ココットだけだ。だからだからお前が言う通りにしたのに』
『そういうわりに、パティ―会場では声さえかけられなかったじゃないか』
そうあざ笑う声もやはり耳に心地がいい。銀仮面が黒に変わったおかげで印象が大分違う。仮面の大きさが小さいのか、赤と茶色・・ケロイドの痕が残る肌が見えてしまっている。
確かにあれは貴族のご令嬢たちには隠した方がいいだろうと思うぐらいに酷い火傷の痕だった。
『それはっ!お前が言ったんだ・・彼女を俺のものに出来るから今日は傍にはいくなって』
『いやはや、アレだけお膳立てしてまでものにできない木偶の棒だとは・・』
『っ・・意識のない人間を好きにするのは趣味じゃない』
『ただ意気地がなかっただけだろうがっ・・こっちは抵抗ができないように足を折ってやったのに』
『うっ嘘だろう・・そんな事したのか?』
『逃げられれば一族もろとも絞首刑が決まるというのに呑気だな、ジキルの四男よ』
『貴様っ』
『とにかく・・急げよ。俺の香がまだ近くにある。急げば捕縛もたやすいぞ、その後で楽しんだらいい。あれは中々の身体だった』
そう下卑た声がした瞬間、私はヒヤリと背筋が凍った。
自身の足に仕込んだ刀は外されていた。衣服の乱れもあった・・。嫌だ。急激に眩暈がして吐き気までする。
『っ貴様、彼女に何を・・』
『おいおい、誤解するな。こっちはお前のために準備しただけだ。』
『準備だと?』
『お前には荷が重い相手だった。それをお前でもいけるようにしてやったんだよ』
下卑た笑いとともに男は何かを取り出した。
『それは?』
『遅延性だが質のいい媚薬さ・・魔法薬だからそこらの浄化魔法じゃどうにもならん強力なものだ』
・・・殺したい。
一瞬で殺気だった私を冷静にさせたのは、私を抱き寄せた腕の持ち主だった。
腕の力が強くなったからだ。
そしてそこから伝わるのは、冷静になれというものだ。
ええ、分かってます。・・ただ報復はします。




