互いに思うもの 31
演出とはいえ目の前で誘いを受けた婚約者を彼は静かに見つめている。いやそんな目で睨まれましても。
貴方が色仕掛けをしろっていったんでしょうが。
そう思いながら、先ほどまでの銀仮面の男を思い出していた。
あまりに綺麗な礼だった、あれは教育を受けたものの所作であると自身の勘は告げる。あの男が扱っていた煙は不思議な香であったが、あまり強くもなく、魔法を駆使しているせいか煙たくない。
あの男・・やり手だ。
あの煙がもし毒香であれば・・我々は死ぬだろう。
落とされた照明がつけられた。
再び音楽が流れる・・投げれるのはギターだ。二つの音色が重なり合う。
「・・・恋の歌が好まれるこの頃・・もっと甘く切ない時間をお届けしましょう」
男の言葉が歌のように響く。流れ出す柔らかな旋律・・男としては高めのテノールが紡ぐ愛の歌。
ー紅い紅い花を持ち 君は恋をする
きっと愛はそこにあると そう夢見るんだ
どうか教えて 君の運命
君だけを愛す・・君だけを幸せに だからどうかその蕾を枯らさないで
静かな朝、君が泣いてた
真珠よりも ずっと綺麗だ
その涙を 俺にくれるなら・・一生君を離さない
流れる詞の意味はどこにでもありふれているものだ。
ただその声とギターの音色がよくあっている。・・確かにこれは人気になる筈だろう。
銀仮面の男の方がギターの演奏を止めるがもう一人は続けていた。
そして男が来ていた黒いマントを脱ぎ捨てれば、真っ赤な衣装が目に鮮やかに映えた。そして男は、自身の腰に巻いたベールの中から数本のナイフを取り出し、空中へと投げる。
大道芸・・のような感じだ。
そのナイフ遣いは上手いが、あれくらいなら、私も出来るだろうとそう見切りをつけ周囲を探る。
この屋敷に探りのために忍び込ませたお庭番は6人。
とにかく彼等と一度落ち合ってから今後の動きを決めないといけないのだ。一度場を離れようとすれば、一人の男が気になった。
あれは確か兄上が言っていたノーヴァン家の。
男の様子は明らかに他と違っていた。何かを探している?いや違う・・何かを待っているのか。
きょろきょろとせわしなく周囲を伺う姿は滑稽だが周囲の人は歌と大道芸に夢中である。
音楽に合わせて様々な曲芸が始った時、より一層まわりの視線が彼等に集まった瞬間、ノーヴァン家の次男に貴族の姿をした誰かが近づいて離れた。
遠くて見えにくかったが確かに何かを渡されてそれを受け取っていたのを確認できた。
もしかして、薬の受け渡しが行われたの?そう考えて様子をよく確認するが、そのままノーヴァン家の次男も男も人ごみに紛れてしまった。
このまま後を追ってもいい・・あいつから辿った方が早いかもしれない。
そこまで考え私は静かに横を確認する。ユーリ王子は前の銀仮面から一切視線を外さずに観察を続けていた。私の侍女としてこの部屋にいるお庭番2人に彼の護衛を任せよう。
そう考え私はそっと彼の様子を伺い、横をぬける。
はずが・・何故か手が伸びてきて左手を掴まれた。
「っユーリ王子?」
周りに気づかれないように小声にする。
「どこにいく?」
そう真剣に問う声。視線は仮面の男から一切動かさないが、私に意識だけは向いている。
「ダブリスで確認が出来ている関係者がいます。あの男が今、何かを男から貰いました。それを確認しに」
「関係者?」
「ノーヴァンの次男です」
「報告書にあった奴か。・・一人で行くのか?」
「護衛はここに2人置いておきます。あなたの指示に従うように伝えておきましたから・・もしもの時はあなたの判断にまかせます。」
「ちがう・・・お前が一人でいくのかって意味だよ」
捕まれた腕が僅かに力を込められた。
「そうですが」
「まかれるなよ」
彼がそう言って私を離したので気づかれないように動こうとした時・・耳がひろったのは彼の声だった。
「気をつけろ」
それに応えるのはただ一つ頷くのみ。それでいい。
ーーーー
私の中でユーリ王子とは、どういう存在なのだろう。そう思考を別に回しながらも私は、思いの外簡単に目的の人物の後を追う事が出来ていた。
主賓である主の恥にならぬようにと必死に働く侍女や従者たちの合間をぬけて行くのはもう慣れた事だ。
古い造りの屋敷なのか死角が多い。それらを利用してノーヴァンの次男を追うのは容易かった。
途中にお庭番の一人とすれ違ったが、今は彼はこの家の雇われているのだ。
彼に頼んだ内情調査が済むまでは私は自分で目の前の男を探る。
挙動不審過ぎるノーヴァンの次男が隠れるように入っていったのは、彼自身に用意されていた部屋だろうと予測がついた。
今日はドレスを着ていてとても屋根裏部屋に入ったり、別の部屋からバルコニー伝いに部屋を探ったりは難しい。
せめてと持っていた集音機能のある魔法道具を耳に当てて扉に手を当て魔法を発動する。
私の魔力は母や兄たちとは違ってとても低いのでそこまでの精度は発揮できないが、中の音は何とか聞く事ができた。
【やっと・・やっと手に入れた。】
聞こえる声には狂気があった。
【これなら30いや40は稼げる】
今稼げるって言った?こいつが捌いているのかしら・・それにしてはあまりノーヴァン家の情報はなかった。たった2日じゃやっぱり足りなかったんだ。
これを捕縛して、どこまで着きとめられるだろうか、いや多分こいつはトカゲのしっぽだ。
大きな組織がある。
【あぁ・・なんでテオグなんだ。あそこじゃなきゃ俺だって】
何故か我が領の名があがった。兄の記憶では、彼は数年前に薬を手に入れ、それを嗜好していた。
兄に見つかった彼がその処罰を受け、薬の情報を軍に提供する事で罪が減刑されて数年の謹慎後に領地で新しく商売を初めたのが3年前だ。
その商売の内容までは報告書にはなかったし、なによりも彼が未だに中流階級の貴族との繋がりがあるのは半信半疑だったから会場で彼を見つけた後は注意深く観察していた。
薬の受け渡しにはタイミングが合いすぎて少し疑っていたが、これで黒だとわかった。彼に監視をつけてもっと深く探ろう。
そこまで考えた時だった、思考に夢中になっていた私は自身の身に起きたことを理解できなかった。
「あっ・・」
痺れている・・・足と左手。
なんで?その疑問が解決される前に意識に霞がかかった。傾いでいく体を支えようとすれば、そのままずるずると体が上手く動かずに目の前に大理石があった。
声を上げようとしても全く声帯が動かない。それ以前に呼吸さえ・・苦しい。
なんで・・・どこで。
とにかくせめてと自身の身に着けていた香り袋を取り出して遠くへと投げるつもりだったがそれも無理だった。もう体全体にしびれが廻っていたからだ。せめてと傍にあった置物の影に香を隠した後・・自身手袋の飾りボタンに隠された解毒剤を噛んだ所で意識は完全に途切れた。




