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吟遊詩人は謳わない30

面倒な人間とのやり取りの後は、それなりに平和だった誕生会は、贈り物を紹介する時間となっていた。

次々と読み上げられていく贈り物が掲げられていく。


「・・では今宵の花を飾る銀の帆自慢の歌い手・・バラッドによる・一夜の千夢のひと時」


どうぞお楽しみください。そう言った執事の声はよく響いた。

一瞬で部屋が暗くなった。

全神経をユーリ王子に向けると、彼もこちらを伺っているのがわかる。そっと暗闇に乗じて彼の傍へといけば、会場の中央が照らされた。照明を絞ったのだろう。

黒と銀の装束を身に着けた男がそこにはいた。

金糸というのは濃すぎるくすんだその髪は長くそれを高い位置で結んでいる。聞こえたのは笛の音。

高くゆるやかな響き・・たった一音を強弱だけで奏でる。

なんて息遣い・・繊細な指の動き。

彼の頭上には、いつの間にか煙が炊き込まれていて・・それが彼の笛の音でなにか形を象り始める。

魔法・・風の?


ゆるやかな動きで煙が人方を作る。

一人の女性が現れた。


「今宵は・・子爵様よりお呼ばれいただき参上いたしました。我が名はバラッド・・・初めての方もいらっしゃるでしょう。どうぞ、まずはご挨拶を」


耳に心地よい声だった。男のものだが甘く響く。暗闇に浮かぶ銀の仮面は繊細なつくりをしている・・あれは商人が持つには随分と高価な品だ。

その銀の仮面で顔の半分以上が隠れているが僅かな隙間からその下の肌が惨くただれているのはわかった。

火傷というのは嘘ではないらしい。

緩やかに曲が流れる。その音に合わせ、煙で出来た女性が優雅に舞う。

幻想的な光景だった。

煙が何かの香と合わさっていて、絞られた光の筋が数本・・・・まるでそれは雲間からのびる天上の光のようだ。

女性の形をした煙の人形が踊りだし、一人が二人・・二人が三人と増えていく。

その数が7人にまで増えたあと、笛の音が一度止んだ。

煙で造形しているというのに、それぞれが美しい女性たち。一列に並んだ彼女たちがそれぞれに礼をする。


「今宵は特別なゲストをおよびと伺いました・・・・私の拙い芸がお気にめすか不安でして・・」


男はそういいながら、煙の人形に近づいていく。

まるで感情があるかのように、女性たちが彼を取り囲み慰めるように腕を伸ばしすり寄る。


「本来は、私の歌を思っていましたが、今宵は彼女たちに代理をお願いしょうと思います。」


煙の人形たちが彼から離れて会場を飛び回る。

結構な速さだが、上半身だけはしっかりと造形されたままだが、下半身はドレスのように広がって周囲にその香りを漂わせた。

甘い匂い・・・と何か。

柑橘類に似たものだ。これなら、食品があるこのパティ―会場にも問題ない。

女性たちが再び彼の元に戻って、そのまま一礼をするのを合図に笛の音とどこかからギターの音がする。

ギターが奏でる音は、どこか物悲しいメロディーであったがそれに合わせて女性たちが踊り出す。

7人のうち4人が何かを演じている。


「フレデリカの歌劇かよ・・」


横でそう言ったユーリ王子は嫌そうに顔をしかめた。

フレデリカの歌劇とはフェルベス国の昔からの教訓めいた昔話の一つだ。

内容は、ありふれた踊り子と領主の息子の悲恋。

女の名はフレデリカ、領主の息子はクルべスといった。

フレデリカは国一番の踊り子として有名だった。クルべスはそんな彼女を一目見たいと彼女が踊る劇場にお忍びでやってくる。

国一番というその踊りは確かにクルべスの心をとらえたが、彼には婚約者が居た。彼は婚約者を愛していたが病弱である彼女を見舞う日々に少し疲れていたのだ。

そんな時に出逢った明るく快活なフレデリカの美しさと気性にクルべスが恋におちるには時間はかからなかった。そして彼女のために金飾りが美しい靴を贈るのだ。

彼からもらった靴を履いて彼女は踊る。二人は短い時であったが確かに幸せな時間を過ごし彼は、側室にフレデリカを望んだがフレデリカは拒む。

踊り子としての自分を捨てられないからだ。そして病弱な婚約者が居る彼に彼女の元に帰ることを願う。

男は苦しんだ。確かに幼い頃から慈しんできた婚約者は大切だったが、フレデリカの事を諦められないクルべスは婚約者との婚約を破棄しようとする。

フレデリカはそれを知って、激怒しクルべスとの別れを決めた。

そして金飾りのついた靴を彼に返すのだ。そして静かに彼から離れていったのだ。

ここまでであれば只の悲恋だが話には続きがある。

フレデリカは、彼と別れた後に事故にあったのだ。

そしてその足は二度と元のように動くことはなく、踊る事だけで生きてきたフレデリカは失意のそこに落ちる。

そしてそんな彼女を知ったクルべスは、靴を贈る。

もう二度と踊れない彼女に・・それは彼にとってはそれは変わらぬ愛情の証だったが、彼女にとってそれは引き金だった。もう踊れない自分を意識させるものだった。

そう快活で明るい筈のフレデリカは変わったのだ。そしてその靴を履いて・・彼の元に行った。

彼の元に行けばそこには病弱な婚約者と仲睦まじい姿があり、靴を履いた自分はどこまでもみじめであった。

フレデリカは彼等が憎かった。・・・そして悲劇は起きるのだ。靴についた金飾りで殺し屋を雇って彼等を殺させたのだ。

そしてそんなことをした自身に失望したフレデリカが自害したのだった。


そこで話は終わり・・なにも救いはない。

教訓というには少し難しい内容のものだ。


煙の人形が、音楽に合わせて踊り、最後には崖から身を投げるシーンを作って終わる。


音は止んだ。

周囲から拍手が起きる。


「お楽しみいただけましたか・・・このようにどうぞ、ご自分の立場を超えた恋は危うくそして溺れる程に心を病む。お気を付けください。」


そう彼が言って一礼。

とても内容的には誕生会には似つかわしくない。


「さて・・・今宵、この演目を選んだのは今宵だけは特別にという意味を込めました。」


男が進み出る。煙の人形たちに囲まれたあとに一人ひとりに口付けるような仕草をすれば、人形が形を無くしていく。

彼が歩みを進めると人垣が崩れ、まっすぐに私の前まで来た彼は、作法通り・・それこそ手本のような美しい礼をして私の前に頭を垂れた。


「どうぞ・・今宵だけは、夢を見せていただけませんか。我らが勝利のニケよ」


彼は私の呼び名を知っている。そう解ったことはまあいいが・・まさか婚約者のいる淑女を婚約者の居る前で誘うとは思わなかった。

周囲から避難の声が上がるだろう・・そう予想していたというのに・・聞こえたのは黄色い悲鳴だった。

おいおいおい・それでいいの。わが国はっ!

面に出さず差し出された手を見つめるのは3秒。

迷いはなかったといえば嘘になるが・・ここでこの手を取らなければいけない。虎穴に入らずんば・・だ。

そっとおずおずと・・手のせれば、やはり作法通り、指の付け根しかも薬指に口付けられる。


「夢のような時間・・期待してもいいかしら?」


そう優美に見えるように必死にほほ笑む。


「もちろん・・・それでは少々お時間をいただきましょう・」


手が離された時、彼が煙に包まれ消えた。

これが一幕目という事だ。


温かい息が触れた手袋を見つめれば、横から伺うような気配がしてそちらに視線を返す。

別に私をなんとも思ってないのならこれくらいとそう思っていたというのに、そっと彼が口付けた手とは逆の手が握られた。


「えっ」


「随分と大胆な浮気ですねぇ・・・我が婚約者どの」


「そのような・・事・・」


言葉を紡げなかったのは、その瞳が考えていたよりも強く本気で眇められたいたからだ。

演技ですよね?

ちょっと怒気というか殺気が・・・怖いです。

震えそうになる背をなんとか支えてが握られた手は痛みを感じる程に力が込められている。

そのまま手を引かれた後・・再び手袋越しに熱い息を感じる事になった。

周囲からまた黄色の悲鳴が上がるのはその数秒後の事だった。









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