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誕生会 29

中流階級という括りがいけなかった。

そう思わずにはいられない、現在、私の周囲には野心に満ちた目をした紳士淑女で溢れ返っていた。

令嬢の幾人かは、多分急ぎに用意したであろう今季の流行ドレスを着ていて、しかもそれが本人たちにあまり似合ってなかったり、逆に場に沿わない程無駄に豪奢で・・目にイタイ装いの方もいる。


さて・・・どうしよう。

私の周囲は野心家の中でも随分と積極性の強い方が多い状態だった。そして彼のまわりには・・・。


「ユーリ王子・・先日は・・その素敵なお話をありがとうございました。」


「そうですか?気に入って貰えたならよかった、我がレヴァンでは有名な商人の話だったんですよ。僕も彼から学ぶことが多かったから」


「ユーリ王子っ・・コレは先日いただいたレヴァンの塩の結晶をアクセサリーに加工したものでして」


「フーレア嬢、覚えていてくださったんですか、嬉しいっ・・あぁ、素敵ですね。コレはその・・いただいても?」


「もちろんですわっ!」


「ありがとう」


「アンネ嬢っ!素敵な皮飾りをありがとうっ!あれはとてもよかった」


「・・・お・・お気に召していただき・・嬉しゅうござい・・ます」


「かわいいね、アンネ嬢」


流石・・記憶力抜群だなぁ。

傍に居るご令嬢の名前と顔、その時に話した事を各々で対応する姿は流石と言える。

私も幼い頃から叩き込まれているが、彼は彼女たちをたった1ヶ月足らずで覚えたのだ。

おっと、彼の方は彼に任せて、私は私の仕事をしなければとそう意識を切り替えなければいけない。今日の装いは母のおさがりでしかも旧型の衣装だった。

流行には少しズレた型なのだがこれと私の容姿があれば、まるで母の生き写しのような印象を受ける筈だ。


「ココット様っ!ご機嫌麗しゅうございますっ、私を覚えておいででしょうか?」


薄い髪を揺らしひょろ長い印象の体躯をせわしなく曲げた男は、一礼する。

公式の場ではないので彼等は力式のあいさつしか言わない。脳内の情報を引っ張りだして思い出す相手は、以前に話した事がある商業ギルドに属する人間だった。


「あら・・たしかゲルジーの・・」


「はい、ゲルジーの祭典で私がお売りした飼料はどうでしたか?」


ゲルジーというフェルベス国にほど近い街でダブリスでは使用しない飼料を売っていた彼だ。

以前フェルベスに出向いた時にゲルジーに一泊する機会があって、その時に気になって購入したが、あまりダブリスのブタには合わないとわかった。食べさせた途端にお腹を壊した個体がいたのだ。

さて・・・誕生会の席には似合わない話だが、しっかりと対応しておかないといけない。


「・・・そうですね。我が国のブタには合わなかったのようなの。気候の問題だと思うわ。あなたの方は子爵と取引が?」


「はいっ!フェルベスとの国交はまだ盛んですので、銀の帆からの遣いで参りました。」


彼が銀の帆の一員だと知れたのは嬉しい事だった。


「あら・・じゃああなたは知ってるの?」


「何をでしょうか?」


「吟遊詩人の事」


「あぁ、フーガですか」


「あらブラドじゃないの?」


「それは、芸名ですよ。本名がフーガ・ヴレルです。ちょっと変な奴ですが・・その声と歌は天下一品です。最近はフーガのおかげで貴族の方々との繋がりができて助かってます。」


これは使えるのかも・・・この人からもっと話を聞きたいが私の周囲には私に取り入りたい奴が多すぎた。

タイミングが悪い。


「あらそうなの?では銀の帆の方々にとって彼は最高の客引きというべきかしら?」


「はい・・あっその・・」


「ココット様っ!こちらにいらっしゃってましたの」


「ココット様っ・・その」


3人の令嬢がこちらにやってくる。さっきまでユーリ王子と話してた子も今度は私の方へとあいさつに来るようだ・・・まずい。


「皆様っ・・此度の席は無礼講ですの・・私よりも主役である彼に挨拶を」


そう声を僅かに張れば、今日の主役である子爵の息子のバレットがこちらを伺っていた。

私の方を気にしながらも従うのはご令嬢たちだった。

だがここで我の強い子息たちは未だ私の元を離れない、これは一度場を改めないといけないようだ。


「では、私はこれで」


いけない。・・一番の情報源が遠ざかろうとしている、そう思った時には、私は彼に微笑みを浮かべていた。


「お待ちになって・・・そのフーガという人の話をもう少し聞きたいの。私は吟遊詩人なんて初めてだから興味があるのよ・・そのフーガという男は今日はきているのよね?」


「はい、では後程奴を連れてきましょうか?」


流石は、商人だ。私の要望を先に読んでそう言ってくれる。本人との接触が叶ったというのはありがたい。

これで自分の目と耳でフーガという男を見極めるチャンスができたのだ。


「ありがとう・・・楽しみにしてるわ。時間は侍女に伝えるから」


「わかりましたっ!」


男は満面の笑みと共に一目散にその場を去った。これは逃げたともいえるのだ。

数分もせずに私を取り囲むのは商人と貴族の子息たちだ。


「ココット嬢・・・お久しぶりです」


先ず最初は、この場にいる中で一番の高い地位を持つ伯爵家の長男が私に話しかける。

本来ならこんな場には居ない筈の人間だった。この男が来ているのは、お庭番たちからの情報で知っていたが、面倒でしかたがない。

その内心を面に出さないよう慌てて繕う。


「久しぶりね・・レ―デル」


「はい、ご機嫌麗しくはなさそうですね?ココット嬢」


「いいえ・・そのよな事はないわ」


貴方でなかったらもう少しよかったとそう心で添える。

彼は、ヴァーム伯爵家の長男だ。

ホップキンス家とは元々は、同格であったが母が嫁いだ後に公爵家にまで成り上がったため我が家とは疎遠になりつつある家である。


「あなたに似つかわしくないこのような場にいらしたのは、あのよそ者のおかげでしょう?」


「・・・」


ここは否定できない。子爵には婚約者との仲を深めたいという理由でここに呼んでもらっているのだから。


「あまり無理をなさらなくてもいいとそう陛下に進言していただけませんか?」


私よりも9つ上のこの男は、そういいながらユーリ王子を睨みつけた。

分かりやすいというかなんというか。

緑色の瞳は苛烈なまでの感情を内包しているのだ。なにか不満な事が在るとそのありふれた亜麻色の髪をかき上げる癖は変わってない。

この国でも随一の好戦的バカな家の次期当主だ。彼の叔父が現在治めるのはレヴァンとの国境境であり、彼の姉が嫁いだのがフェルベス国と因果があるフーレ領である。

そして我がホップキンス家を無駄にライバル視してくる傾向にある面倒な人間なのだ。


「・・・どういう意味ですか?」


「わかっている筈ですよ。・・もう準備はほぼできているのだから・・あとは」


と続かない言葉に私は静かにため息を吐いて、この男に見切りをつけた。


「私の婚約者をどうするつもりなの?」


「いえいえいただ、我々はあなたを他国のものに奪われた間抜けですので・・・」


上辺はどこまでも穏やかであるがこの男の本質はどこまでもダブリス国らしいものだ。優男に成りきれない容姿のおかげで大分損をしていると少しは自覚して欲しいものだ。


「せめてあなたをお救いしたいのですよ」


顰められた声が周囲の人間には届かなくとも、まわりの子息共が邪推をするには十分なやり取りだ。

だから・・なにをわかったという風に顔を見合わせてるのよ。

数名の男達がすっと背を向けて離れていく。

ちょっとそこのバカ共っ・・聞いてよ。誰も戦争なんて望んでないし、ユーリ王子を殺して欲しいなんて思ってないから。


アホなことはしなくていいから、これ以上仕事を増やさないでくださいっ!!

私の悲痛な叫びは、決して声にも面にも出すことは出来ない。


なんでこうなるのだ。









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