それは求められたもの 28
結局、彼を彼自身に用意された部屋に運び込み、医療班と侍医の治療を受けさせれば夕餉の時間も既に過ぎている時間になっていた。
寝台の上には、幾分顔色がよくなった彼が思考の海に沈んでいるのが分かる。
「いくら魔法により回復したとはいえ、ご無理は出来ないでしょう・・誕生会は私だけで参加します」
そう切り出しても彼は無言のまま、一点を見つめていた。
彼の護衛としてつけていた者たちからの報告を受けた後、彼の湯あみを担当するもの、着替えを用意するものをリストアップさせた私は、彼等の中から今回の事に関与できるものを既に見張らせた。
数日もしない内に目の前の男に毒を盛り続けた相手はこの世から消える事になるだろう。
私がそれを指示したのだから。
彼が侍医の治療を受けている間に、別室でのお庭番たちとの会話を思い出す。
ーーー
「お嬢さま・・私共がついておきながら、申し訳ありません」
侍女の一人がそう切り出した。
そしてここ1ヶ月程の彼の状況を事細かに再び報告を受けながら、気になる点については、もう一度調査をさせ、これからの対処を相談する。
このままではいけないと思いながらも彼への干渉は出来るだけ断てというのが裏目に出た。
とにかく回復魔法を使っても
1ヶ月程も毒を使われていたのは問題だった。
「何を狙って・・」
やり方が回りくどい。これは毒殺法には時間が掛かり、病死に見せかける必要性がある人間というのはある意味面倒な相手だった。
好戦的な方法じゃないが、病死に見せかけるにしては中途半端だ。あれぐらいなら何とか浄化魔法と回復魔法の混合でどうにか救える。
何を目的で盛られた毒なのかが分からない。
「お嬢様・・・そのご報告が」
最初の一人からは、数名の侍女の入れ換えがあった事。次には侍女だけじゃなく近衛の数名がいきなり辞めた事などが報告される。
近衛の方は兄に確認する事を伝え、侍女の入れ替えについては侍女長への確認を支持する。
とにかく敵が誰かが分からない今、出来るだけたくさんの視点から多くの情報を得る必要があった、状況の整理のために私はその場に居るお庭番たちに全ての情報を報告させ、全てを紙に書き出して行ったがそれでも答えは見つからなかった。
彼の護衛を増やすことを決め、その後の指示を母上に仰ぐ事で一度落ち着いたが、私は静かに後悔したのだ。
このままでは、彼は殺されるだろうと。
私が傍観者になるわけにはいかなくなった今、彼への不信は一度捨てようとそう決めて、彼の前に立つ事を決めた。
「とにかく、報告は母上と私に・・母上はまだこの城内よね?」
「はい。テオグにはアルベルト様がいらっしゃいますから・・ですが2日後にはテオグに戻るという事でしたので」
「母上は、御存じだったの?」
「いえ・・我々も彼の不調は気づいておりましたが、環境に慣れていないからではとそう報告をしてました。また彼が不調を面に出したのはここ3日です。それまでは一切そのようなそぶりはありませんでした。茶会や、夜会の席で盛られた毒には見事にご自分で対処をされてましたし・・自衛の術をお持ちのようでしたので・・我々も油断しました。」
「いいえ・・全て私の責任よ。だから・・もう後悔はしないわ、次の報告を終え次第処理して」
そこで再びその場にいた者たちが私に頭を下げると報告を終えたものから指示されたことを実行すべく部屋を出て行く。
最後の最後一人置いて行かれた私はその場にそっと息を吐いた。
彼の事はほぼ私に一任されている。これもまた、全て私のせいで起きた事なのだ。
「読みにくい・・・」
相手の目的が分からない。
どうして病死にみせかける必要があるのだろうか・・・。もしかしてこちらの陣営に?
嫌な感じだ。
まさかお庭番の中に内通者がいるのだろうかと。
守りたいなら、傍に居ろという警告か、それとも彼の自作自演の可能性もある。
多くの選択肢で一番嫌なものを考え、それを潰すために必要な根拠を探すがそれには時間が足りないと判断した。とにかく今は彼の傍に居て、彼を守る必要があるのだとそう考えをまとめ全てを一度思考を止め、彼の傍に戻った。
ーーー
「あの・・ユーリ王子」
流石に10分以上待ったが、これ以上は困る。あまり遅い時間に婚約者とはいえ男性の部屋に居るのは醜聞が悪いからだ。
「王子・・・王子っ!」
だんだんと声を大きくしても、彼はただ思考にふけるばかりで、私の存在は意識の外だ。
二度目でやっと視線がこちらに向いたが、彼は私を見て、再び思考に耽る。
えっと・・バカにされてるのかしら?
そう思いながら、私は無視されないために椅子から立ち上がり、彼の正面に陣取った。
「王子っ!いい加減に無視しないでいただけますか?」
「・・・俺は王子って名前じゃないんでね」
「はっ?」
・・・子供みたいな事言われた気がするんだけど。
そう驚きのままに彼を凝視してしまった。いやニセモノかもなんて思ってないわ、ただ毒で頭までヤラれたかとちょっと失礼な考えが浮かんだだけよ。
ベットの上にゆったりとした寝間着を纏う彼はとても20歳には見えない。
兄上と比べてはいけないのだけど・・頼りないというか儚いというか。先ほどよりマシとはいえまだ完全に回復はしてないだろう彼は、見た目だけなら深窓の令嬢も裸足で逃げそうな清廉さを醸し出していたのだ。
そんな彼から出たまさかの理由にイライラする。
「では・・ユーリ様でよろしいですか?」
「ユーリでいい・・俺もココって呼ぶし」
「っそれは!」
「アレクには許しを得てるから、公でも呼べるし」
「やめて下さいっ、いくら婚約者とはいえ」
「なら・・・俺はユーリで・・公ではお前をココット嬢と呼ぶ。今後俺を王子なんて呼ばなくていいから」
彼はそれは楽しそうにそう要求して来た。
子供みたい・・・これでも私より2つ以上は上なのよね・・。
「わかりました・・・ですが、あまり私を愛称では」
「ココっ・・・」
「ですから」
何故か頬が熱く感じた。だって・・あまりにも自然に・・そして大切そうに囁くから。
「わかったよ・・ココット嬢。まず本題に入ろうか?」
彼が纏う空気を変える瞬間、確かにあの日、見た金色の光をみた気がした。
覇気に吞まれる訳にはいかない。
だがその美しさに見惚れる自身をあの日のように、恥じる事はなかった。
だって・・彼は私の敵ではないから。
守るのだ。・・・もうそう決めた。覚悟を決めろとそう自身を律する事で私は彼と向き合う事がやっとできたのだ。




