緊急事態です 27
たった2日でなんとか手に入れた情報は、その裏付けが取れていないものが多い。
そしてただ集められる情報を集められるだけ集めて、全てを繋げて予想を立てるまでも時間が足りなかったがしょうがない。
とにかく私は彼との約束の場所に向かった。
そして・・見つけた彼は、小さな丘の上に気持ちよさそうに寝そべっていたのだ。
花々に囲まれた彼は、絵画のようだ。風が髪を撫でて花ビラが飾る彼はとても綺麗だった。
ムカつく。
本当に・・なんでこれを守ろうと思ってしまうのか。
「起きて下さいっ!いつからここに」
「起きてる」
言葉が遮られのっそりと起きた男が、いつもとは違うように見えた。
気のせいかもしれないが、しかもいつもと言っても私が知っている限りのものだから、とても確認できない。
「お約束のものです。・・お読みになられたら燃やしますのでこちらにお渡しください」
「ほう・・流石」
青年は、そう言いながら、渡した紙の資料を興味深そうに読み進めた。
なかなかの速さで読んでいたと思えば、彼は立ち上がって私の傍にやってきた。つい身構えてしまって肩や腰に力が入ってしまった。
「この出身がレヴァンかもしれないというのは?」
「子爵家のメイドがブラドと話した時にレヴァン特産の大麦を使った麦パンを分けて欲しいと願われた事があったらしく・・ただそのメイドは、現在産休中でして言われた本人には確認できていません。」
「そうか・・魔法道具を使えるというのは、扱ってる楽器のせいだろう?」
「それは、確認済みです。ブラドの所属する銀の帆のギルド長からの貰った情報ですので」
「ほう・・そのギルド長に」
「彼は、今フェルベスとの鉱山契約が終わるまでにと奔走中で忙しく、なかなかコンタクトを得られないのです。彼が遠話の魔法を持っていたのでなんとか聞いたのがそれだけです。そして銀の帆に所属する魔法師は5000人を超えます。その全てを把握しているわけじゃないと思われますよ」
「そうか」
彼からくる一つ一つの言葉にそう返していると、やはり彼の様子がおかしいと感じた。
何故かわからない・・だが確実になにか。
「・・あの・・どうかなされました?」
「は?いや、お前が持って来た情報をお前に確認したら悪い?」
そう返されてしまう。聞きたかった言いたかった事が違うのだ。どう聞いたらいいだろうか。
「御加減でも悪いのでしょうか?」
そう聞いた途端、彼の表情が消えた。数瞬殺気のようなものを向けられた私は、その場を跳び退ったが、一瞬遅かった。いつの間にか体が彼に覆われていたのだ・・地面と彼の間に体があった。
「っ!」
殺されるっ!そう思った時・・彼は私のすぐ上で笑った。
「その反応は、この事態は、お前の画策じゃないんだな」
「なにが!」
恐怖と脅えを悟られたくないのに、この状況はとても怖かった。今私の命は彼が握っているのだ。震える声が出てしまった。
「・・・お前が俺から逃げてたのは、殺そうとしてたからじゃないのかって疑ってたんだよ。こっちは」
すぐ近くで感じる吐息が熱い。
そして彼の目には覇気があった・・射すくめられるような感覚がした。
「っ離して!」
嫌だ・・・胸元を押す手に力を込めれば、異様に速い鼓動が伝わってきた。
「あっ・・毒っ!!」
そう判断した後は早かった。一番近い首筋に手を伸ばしても、相手は急所を守る事なく、荒い息をこぼすだけだった。
脈を図り、熱を見る。汗が伝う首は細い・・手を離せば、手袋には多分白粉が着いた。これで誤魔化しているのだ。彼の飴色の肌色に合わせた白粉が手袋に目立つ。汗の匂いに嫌な感じがした・・何故汗?
「白粉に毒を?」
「・・ねぇよ。それならここ1月以上続く事なんてない。これを使ったのはおとといが初めてだ」
「1ヶ月・・なら・・湯あみでかもしれません。とにかくどいてください・・処置しないとまずいです。この匂い・・・アマドコロ・・クレアに・・ヴィント・・」
手袋からの匂いで判断出来るものは、全て神経系・・精神系。
「流石・・あの毒を使ってる・・だけある」
男の腕が力なく動き私から離れる。私は腕を伸ばし、そのまま彼の着ている服を脱がせた。
驚いているのがわかるが、今は淑女らしいなんて考えてられなかった。
こんな事で死なせてたまるかと思ったのだ。
上着、ベストと続き、最後にシャツを脱がせれば、やはり彼の身体からは毒の香りがした。そして飴色の肌にはいくつかの大きなキズが見える。
「大胆だな・・・」
「うるさいっ!ちょっと待ってて下さいっ・・・人を」
不規則に動く心音、これはまずいと・・冷静な自分が判断していた。
ここで死なせる訳にはいかない。まず近くに居るだろうお庭番たちを呼ばないといけない。探した気配が既にこちらに向かってくる。
ならと私は自身の腕から手袋をはぎ取った。
そのまま汗の浮かぶ細いがかなり鍛えられている体を手袋で拭った。
「お嬢様っ!」「なにかっあり」
「報告をっ、今すぐに母上に伝えて。遠話術が使えるわよね」
「はい」
視線は王子から離せなかった。かけられた声に指示をとばす。私達が居るのは庭園の裏・・私とそして王子の秘密の基地。
解毒薬となる草花だってここにはたくさん生えている。
「アマドコロならシレイの茎・・シレイを探して」
「お嬢さまっ・・シレイは生では」
シレイの茎は、解毒作用の強いものだが、それ自体は毒にも成りうるため、薬にするためにはたくさんの工程を踏むのだ。
「いいからっ!いま直ぐよ」
4人のお庭番たちがあたふたしながら、なんとかシレイの茎を渡してくれたので、それを持っていたハンカチで包み、パンッと殴りつける。
沁み込んだ草の汁を彼の上半身に塗ったのは、思いつきだった。
シレイ自体を口に含ませれば、作用が強すぎる、なら体表からの摂取でならと考えたのだ。
「おいっ・・」
「呼吸は楽になる筈です・・」
そのまま2分もしない内に彼の苦しそうな呼吸は収まった。
急性期は抜けたが、これからだ。
「医師を呼ぶと大事になるから、あなたは今までなにもなされなかったのですか?」
彼の言葉から、体調不良がすでに1ヶ月程は続いていたというのだ。ならなぜそれを他人に話す事がなかったのか。
「いや・・」
「私たちを信じられなかった?」
「・・それもある。だが・・」
「完全にはできませんが、治癒魔法をかけます」
「・・」
「殺すなら、どうぞ」
「・・」
「私を信じて下さいますか?」
彼は黙ったままだった。ただ見つめられる、金色の瞳はまっすぐに私を映すとそのまま一度閉じられた。
「やれよ・・・お前の事、信じてやる」
その言葉と同時に私は自分の知る中で最も強力な浄化の魔法をかけたのだ。
彼の身体が淡く光だし、光の収束が腎臓に集まった。毒が最も作用している場所だろう・・腎臓の回復は難しそうだと判断して私はそっと力を抜いた。
後は本職に任せるべきだと感じたからだ。
「・・・下手くそ」
開口一番の言葉に驚きながら、彼の幾分よくなった顔色に安堵した。
「・・・回復魔法は使えないので」
「浄化は出来るのにか?水の属性なんだろう」
彼がそう言いながら上半身を起こしたが未だふらりと揺れる体が頼りない。開けたままだった上着を手繰りよせ、ボタンをしめる。
「お嬢さま・・医療班なら後5分程です」
「なら、彼の部屋にお願い・・移動しますが、動けますか?」
「あぁ」
立ち上がった彼に手を貸そうとすれば、首を振られ拒絶された。
「・・やっと、決心がついたよ」
そう彼は告げた。ニヤリとした嫌味な笑みを浮かべながらだ。
彼が倒れる時にグシャグシャにした書類は、全て一瞬で燃やされた。
「っあ・・・えっ」
彼が全ての資料に目を通したのかはわからない。
「お前がいい・・・」
そういいながら、彼はどこか楽しげだった。そして手が伸ばされた。
なんだ結局は手を貸して欲しいのかとそう思い手を差し出せば勢いよく掴まれ引き寄せられた。倒れるとそう思った時にはその薄い体に抱き込まれ、首筋に熱い感触がした。
「っ何を!!」
唐突な行動の意味が分からないが、抵抗しようとした時には鋭い痛みがした。
慌てて目の前の胸を押して離れれば、彼は満足そうに笑っていた。
「礼だ・・・」
「礼?」
首を咬むのが礼ってなんだっ!そう怒りたいのを私は堪えて男を睨んだ。
首筋には見事に赤い痕が出来ていたのを私は知らなかった。




