悪魔はいない 25
たった3週間。その間に彼が招待され、参加した茶会や舞踏会に園遊会は10をかるく超えていた。
その全てを把握する事は公爵令嬢である私には難しくない。
そして彼の行動について逐一報告を受けていた私は、妙な共通点に気づいていた。
彼が積極的に接触を図るのは、それなりに後ろ暗いことを持つ家ばかりなのだ。
鼻が利くのか、偶然なのか。
偶然であるなら、誰かの意図があるだろうとわかる人選?いや家選なのだ。
「・・あなたがこの国で何をしようとしているのか、教えていただけますか?」
これは賭けだった。
私という、名目上の監視役が居なくなった時、彼はどう動くのかそれが知りたかった。
彼は、人質としてここに来たのか、それともまた違う役目を持ってここにきたのか、3週間という時間をかけて見ていたのだ。
1週間では短い・・動くにも探るにも3週間が妥当だと判断した。
そして思惑通り・・彼はこの3週間の間にたくさんの交流を得ていた。
「・・・何も」
「っ・・」
あぁ・・・話してはもらえないのかとそう落ち込んだ自分が居た。
「そう言えば、お前は俺を殺すのか?」
そう続いた。気づかれていたのかとそう彼を見れば、まるでなにもかも悟ったような・・凪いだ瞳をした彼がいた。
「・・・わかりません・・あなたを知りたい」
うそ・・本当は知りたくはない。
そうだ、知ってしまったら何かが変わるだろう。それだけはわかるから。
濃い緑の香りに溶けるこの香りは、このひと自身のものだ。
「随分だな・・・つい2ヶ月前には殺し合いをした仲だっていうのに・・今更」
「っ」
今更と言った後、立ち上がった彼は、私の前に立ちはだかった。
「・・・俺とお前の関係が変わってもいいのか?・・俺はお前にとってなんなんだろうな」
「えっ・・あの・・その」
「もう逃げないんだな。」
「逃げてなど・・」
いや、確かに逃げてはいた。
こんな突然にいろんな事が勝手に進められてしまえば、誰だって落ち着きたい。誰だって逃げたい。
「先ず・・お前がいうホップキンス家っていうのは、王家の守りって事でいいのか?」
「・・えぇ」
「どこの国も似たようなものだな。・・で3週間で俺をどう判断した?」
「どうにも・・ただあなたが何も起こさなければ、殺してました。」
殺すの意味は、殺されてもいいという対応にするが、正解だ。
彼は、動いた。そしてその動きがレヴァンの王子としてなのか彼個人としての事か・・その判断が出来なかった。
「このままでいいぞ・・お前はそれが楽なんだろう」
見透かされている。
「できません、それが私だから」
そう素直に言えたのは、この3週間で得た彼の全てを見たからだ。
私はズルい。だって自分はなにも教えないのに、相手には全てを教えてほしいと願い、それを調べ上げた。
「・・・やっかいだな」
「あなたが・・レヴァンの王家のなんなのですか?」
聞いてはいけないことだった。
「言ったら信じるか?」
「いいえ・・でももしもの時にあなたを生かせるかの判断の一端にはなります。」
グレスは、もういない。
だけど・・きっとこの人を見る度に私はグレスを思い出す。・・どんなに割り切ろうとしてもそれだけは変わらない。
「・・・変な奴。」
「っ」
たくさんの人間を殺してきた。それが私がホップキンス家の娘である事と関係するのは確かだ。
でも死を前にそれは些細な事だとも知ってる。
幾度とも覚えてないが、確かに私は死にかけていてその度に生かされてきた。
守られてきた。
だから私は守るために生きるんだ。
「あなたがレヴァンの王子として生きるのか、それだけも教えて下さい」
もしもの時、彼が死をどう処理するかだけは聞きたかった。
「・・なぁ、お前がそうやって俺を見ているうちは、無理だ」
「なにがですか?」
「お前が俺を生かそうとする理由はなんだ?」
「えっ」
「お前は俺がどんな立場でどんな過去をもっていればいいと思う?・・違うだろう。お前の望みはなんだ
?」
いつの間にか彼がすぐ傍にまで迫っていた。
怖いとは思わなかった。
ただただ、見透かされていた自身に情けなさがあった。
「・・俺はレヴァンの王子として生きたいとは一度たりとも思った事ねぇよ。・・ただ母さんたちがそれを望むから・・だけどそのためにたくさんの人の命が使われたから・・ユーリとしては生きれないだけだ」
「なら・・」
「現王は、もうただの傀儡だ。二男のセークリオが国に持ち込んだフォストの所為でな」
「フォスト・・・フォレスではなく?」
響きが似ていた。つい口に出ていたのは痛恨のミスだ。
「この国ではフォレスでいい・・俺はその出所を探ってる。」
やっとつながった。
「・・・俺は国を滅亡しようが戦争が起きようがどうでもいい。でも・・・薬なんてアホな理由でなんてのは許さねぇ」
その目には確かな覇気が込められている。金色の瞳は鮮やかに私を映した。
「俺が俺であることが出来なくても・・あのバカどもの頭を覚まさせてやらねぇといけない。そのためなら・・俺の全てを掛ける」
「・・・薬の出所を確かめて・・どうしようと」
言葉がなかなか出なかった。ただ目の前の男の言葉にはウソ、偽りはないように感じた。
18年しか生きていなくても、それが確かに彼の本心だと私は経験で知っている。
そして私は、これでやっとこの男の本質を僅かに垣間見たのだと思った。このまま彼を生かす事で私は何を得て何を失うのか。
その後悔は、ないか・・選択は今だ。
「・・・あなたの望みは、そのフォレスの根絶でよろしいですか?」
「望み?」
「その望みを叶えて差し上げましょうか?」
「はっ?」
「もし、あなたが・・私を信じてくれるなら・・我がホップキンスの力をお貸ししましょう。」
母のように・・赤い悪魔のように。
そうこれは契約。
彼の望みが、その麻薬の根絶だというのならそれを叶えてもいい。
元々この国でも、中流階級の貴族どもに蔓延しつつあるフォレスが、最近では民にまで流れてしまっていたのだ。
まだ、高級志向という感じで流れて来ているがこれがもし誰もが手に入る嗜好品としての体裁を持ってしまえば手の打ちようがないとも考えていた。
母でさえルーモン国の方から流れてきていると思っていたのに、レヴァンにはすでに王室中枢まで魔の手が及んでいる。
これは、何かしらの意図がありそうだ。
彼を生かす理由には十分になった。
「・・・お前って・・全然似てないな」
「えっ?」
突然そんなことを言われて、私はぽかんと相手を見つめてしまった。
「面白いかもな・・」
私、今かなりバカにされてませんかねぇ。
イライラしながらも、それを面に出さない様にして私は彼を見返す。
「じゃあ・・その力を貸してもらおうか。婚約者殿」
「・・・えぇ。いいでしょう。こちらとしてもフォレスの存在は許せないものでしたから・・」
契約は成立だ。
「・・で俺がここ3週間で集めたのは、たった2つだけだ。」
「2つ?」
「5日後にやってくる魔法ギルドの一団・・・たしか銀の帆って奴らに怪しい奴がいるらしい」
「えっ」
いや、魔法師ギルドなら知ってるけど・・・怪しい奴って。
この人何を知ってるの。
何をしたの・・私もそして母も知らない情報をどうやって手に。
「ここの奴らって面白いよな・・」
母上・・国防は穴がいっぱいのようです。




