これでも公爵令嬢 24
自室にある小さな応接用の机には、数十枚の招待状が並び置かれていた。
ここ数年私の元にお茶会の招待がここまで集まる事はなかった。
どうしてかしらと疑問に思いながら、招待してもらった相手を分けるとラインナップが異常である事に気づくまでに5分。
原因は大体わかったが、それでもこれは多すぎる気がする。
特に最近結婚したばかりの方や婚約者がいるご令嬢やそのご令嬢が居る奥方からのお誘いだ。
私が婚約したからだと思うが、いくらなんでも多すぎやしないかと疑問に思いながらも穏便に断れないものだけを選ぶ。
ダブリスの首都から呼ばれた領地に行くまでに馬で1日だが流石に病弱設定である私がそうたくさんの茶会にはいけない。
「あの男・・・何を考えているんだか」
私の知らないうちにどれだけの人脈を築こうとしてるのか。
頭を抱えそうになりながら、どの手紙の最後にも“婚約者様とご一緒にどうぞ”とある。
困ったものだ。
「大人しくなんてできないのよね・・お互いに・・でもこれってあてつけなの?」
体調がすぐれない事を理由に城を辞したのが、そんなに不満か。
テオグ領にもどったのは、これ以上彼の傍に居る事が苦しかったからだ。
護衛の任を受けていながら、任務放棄に等しいとわかっているが流石に落ち着きたかったのだ。
たった3週間で何があったと思うが、招待に応えるために、そしてまだ殺されていないか確認するために私は城に上がる事になった。
ーーーーー
「久しぶりだね。ココ・・おいで」
たくさんの女性に囲まれてその男は嬉しそうに私を迎えた。
離宮の一つを貸し切ったらしいが、何人の人を呼んだんだか・・・。主催は彼ではなく王妃様であるためそれなりに格式高いが、妙齢の女性たちが私と彼を見つめる。
何故腕を広げるの?そこに飛び込めって事?
ゼッタイ嫌です。・・・だから嫌だってば・・なぜ腕を広げたままこちらにやってくる。
ぎゃーーーーーー助けて。 以上私の内心だ。
やわらかく抱き寄せる腕に身を寄せれば、周囲からはため息や笑みが溢れ、一部嫉妬からの視線が寄こされた。
「ココ・・体は大丈夫かい?」
「はい・・・大丈夫です。ご心配をおかけしました・・」
そう微笑と共に離れて彼を見上げれば、ものすっごい笑顔でよかったと返された。
「王妃様にご挨拶に行こうか?」
「はい」
そう言われて部屋の上座に用意された大きなテーブルに優雅にほほ笑む女性へと私たちは挨拶に向かった。
『久しぶりだな・・・、もうそろそろ来る頃だとは思ってたよ』
『・・お体の方は、もういいんですか?後いい加減にしていただけませんか。ここからホップキンスの領までは3日かかるので、あまりご婦人やご令嬢をたき付けられると面倒なのですが』
『俺じゃない。アレクの仕業だ』
『・・・・そうでしたの。』
『後で話がしたい。時間を取ってくれ』
『わかりました。』
数十メートルの間に小声で会話し、王妃様の前で一礼をする。
「よく来てくれました。ココット・・体はもう?」
「はい・・・ご心配をおかけしました。」
「よかった・・今日はあなたのために場を設けたわ。あなたと同じ婚約者を持つ人や新婚さんの子も呼んだからいい話が聞けると思うの。楽しんで行ってね」
「お心遣い感謝いたします。」
「ユーリ王子もココット嬢をよくエスコートしてくださいな。」
「もちろんです。」
そう彼は笑い、私へと腕を伸ばした。肩を抱かれたので、恥ずかしげに目を伏せて見せればまわりから黄色の声があがった。
もう・・どうでもいい。これでも公爵令嬢だ。
注目ぐらいいくらでも浴びてやろう・・と思ってましたが。数名の淑女からは嫉妬と妬みが籠った視線が寄こされ、そして不穏な空気を持つ者が何人かが確認できた・・だがその顔触れには妙な共通点がある。
『お話・・出来るだけ早くしたいの』
王妃様から離れて、数名のご令嬢やその婚約者たちと世間話をしながら、私は彼にそう伝えた。
扇子で口元を隠しながら、仲睦まじい婚約者と秘密の話をするように。
私の言葉に一瞬だけ眇められた瞳は、鋭く獰猛だ。
『いいだろう・・・確か庭園の横だよな』
『・・それを聞いたのは、アレク様よね?』
ユーリ王子が言おうとした場所は、幼い頃アレクシア王子と一緒に遊んだ秘密の遊び場だ。
秘密というには知られすぎているが、一般の人間は入れない場所にあるのでしょうがなく頷く。
『あぁ・・お前結構面白いな。・・普通、あんな所で綴りの練習』
『やめて・・・』
レンガに文字の練習で簡単な単語綴りを書いた7歳の私・・・もっと考えて。
軽石でレンガの表面を削ってあるから、消えないし。
『ごはんはすき・・・おはげはこわいね』
『おばけって書いたの・・・』
王子と二人で書いた練習用の言葉がまだ残っているのだ。
『かわいいな・・・ハゲは確かに怖いよ』
『だから・・おばけよ』
言い合いは静かに続き、そしてしばらく相手をしていた令嬢たちとそのお相手に断りを入れて一度庭園へと向かった。
ーーーー
離宮の裏にある小さな丘。枯れてしまった木を捨てる場所にはレンガで囲んだドーム状の腐葉土の中に捨てていたらそこからたくさんの花が息を吹き返したこの場所は、幻想的に美しかった。
なにも整備がされていない丘が数多の花に覆われ、季節ごとにいろんな花が咲くため花が尽きる事がない其処が私は大好きだった。
初めてそこを見つけてから、王子との遊び場に選んだのは私だった。
「アレクからどこまで聞いてる?・・」
「・・・なにをですか?」
唐突にしゃべり出した彼は、いきなり態度を豹変させた。
さっきまでの紳士な青年はここには居ない。
「俺がここに来た理由は、知ってるんだろう」
「・・はい」
「じゃあ・・お互いに答え合わせといこう」
「答え合わせですか。」
王子と二人で作った小さなベンチ・・・子供の手で作った割にはそれなりに出来たレンガの椅子だ。
ユーリ王子は軽くそこに腰かけた。
「・・・俺は、本物だって言ったよな。」
「はい」
「・・俺は、現レヴァン国王の第一子だ。・・こんな見てくれだが一応今年で20になる。お前が本物のホップキンスの娘だというのは、アレクから確認を取った。・・ここに来れたのも証拠だしな」
あぁ、だから私を先導させたのか。
「何故、レヴァンに居た?」
そう切り出した彼は、まっすぐに私を見つめた。
彼の金色の瞳が・・・偽りを許さないとそう語っていた。
「・・・ダブリス国で、ホップキンスは特別な家であるとご存じですか?」
「はっ?」
「私の母が赤い悪魔であるとはご存じのようですが・・ホップキンスがダブリスではどういう役目をもつのか、御存じないのですね・・」
「いや・・お前の母親が嫁いで・・公爵位を得た成りあがりの伯爵だろう」
「・・・ダブリスは元がどういう成立ちかはご存じでしょう。」
彼にとってホップキンス家がただの成りあがりというカテゴリーなら、少しだけ安心した。
「まぁ・・・それが」
「貴方の前に居るのは、ただの公爵令嬢ではない」
「赤い悪魔の娘なんだ・・そりゃ」
「母の娘でもあり、ホップキンスで在る事が私をただの令嬢にはさせてくれないんですよ。それが答えです・・・それよりユーリ王子」
「何?・・・・あぁ、ダブリスの核は、ホップキンス家ってことでいいんだよな」
「それより先に教えて下さい・・・あなたが今している事を」
「・・・はっ?」
「私・・これでも公爵令嬢ですから・・それなりに情報は得ております」
貴方が何をしているか、それ次第で私はあなたを殺すかもしれませんよ。
そう内心で彼に告げた。




