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わかりたくない 23

花の香りを楽しみながら、朝の陽ざしを浴びて進む。

貴族令嬢なら日傘をさすのがステータスだがそれをしなかったのは、両手を空けておきたかったからだ。


清々しい朝の香り。水と緑と花。

造り込まれたこの空間を歩く。ついここを全て農園に変えたら城内の食事は自給自足が出来るかもという貧乏くさい事を考えてしまったが、それを口にすることはない。


バラの庭園まで来た時、そこには先客があった。

気配は6人。

その人数に覚えがあった私は、自身の気配を消すことを意識してそっと身を隠した。


休憩のために用意された白い東屋の中。


そこには今朝、いや昨日から私を振り回してくれた張本人がいらっしゃった。

しかも・・一人ではなくどこぞのご令嬢を連れてだ。

随分と速く新しい婚約者を見繕われたようだ、そう考えながら気配を消して近づく。護衛としてはあたり前の行動だが・・私の婚約者という地位が或る意味邪推を生みそうで嫌だった。


風上まで来てから周囲に意識を向ければ、お庭番の一人が私に気づいてやってくる。


「・・・お嬢様、その・・ご報告を」


「・・・報告して」


「はい」


気まずそうに彼女が話し出す。

報告の内容は、昨夜彼はアレク様との歓談を楽しんだ後に数名のご令嬢と踊ったらしい。

ご婦人まではいない事に安堵したのは内緒だ。その後に数名のご令嬢と仲良くなってしばらくは大人しくご歓談をしていたらしいが、会が終わった後に一人のご令嬢と密会していたというのだ。


「密会・・ね。じゃあまだ閨を共にはしてないのね」


「お嬢さまっ!」


「落ちついて・・でそのご令嬢って?」


「元フレル家のご令嬢・・ミーア様です。」


ミーア様ねぇ。

確かにあの髪色とドレスは彼女だなぁ。向うを伺うと僅かに表情が覗いた。

うん、かわいい。少女のまろい頬を飾るバラ色は、傍に咲くバラをもしのぐ初々しさを持っている。

淡いブロンドと青い瞳、小柄ながらメリハリのある体躯でとても魅力的な少女だった。

・・・父親が問題だが。


「・・・ミーア様とその朝の散歩をなさっておいでで、会話に問題はありません。」


「奇襲とかは?不穏分子とか」


「今の所・・昨夜はお嬢様が撃退された者たちだけでした。」


そう報告を受けながら、様子を伺う。

可愛らしい令嬢が頬を染めながら、彼に微笑む。まるで絵本の中のような光景だったが彼の本性を知っていると全く違く見える。


「あの子・・・お父上の事があったから、」


「父親の方は、処分を言い渡されました。ミーア嬢は母君のご実家に引き取られると」


「よかった。気づいていただけたのね。・・・」


花言葉は届いたんだ。それに安堵していれば、ミーア嬢が東屋から出ようとして振らりと体を傾がせた。

転ぶっとそう思った時には、彼女はユーリ王子がしっかりと支えていた。

おう・・さすが。


「お嬢・・・・」


「あら、そんな顔しなくても」


隣にいたお庭番が王子に向かって殺気を放つのでこちらに気づかれたらしい。

ユーリ王子がこっちを見て固まった。

一瞬だが、顰められた眉が私を認めた後は、表情を歪められた。


「・・・ミーア嬢がお好みなら、私は正反対ね。」


そう言えば、隣からより一層の殺気が放たれた。

嬉しいけど、落ち着いて欲しい。


ミーア嬢が顔を真っ赤にしてユーリ王子から離れてしまい、その後は恥ずかしげに走りさってしまった。

そこまで見守ってから隠れていた茂みから体を出せば、こちらにやってくる相手に私は息を吐いた。


「おはよう・・・ご」


「監視ならついてる・・お前が来る必要ないだろうが」


「え?」


なんか嫌がられてるなぁ。まぁ婚約者だし一応挨拶ぐらいさせてくれてもいいのに。


「そこの無駄に殺気だった奴をどうにかしろっ・・ウザイ」


そう言われて、隣に居た侍女が彼を睨み、私の後ろに下がった。


「・・・ジーナ、ありがとう。」


「で、朝から俺の浮気を報告されて、わざわざ咎めにきたのか?」


そう余裕そうに話す。さっきまで少女に向けていたあの清々しい程のさわやかな笑みはどこにいったのだろうか。

まるで別人だった。


「・・・いいえ、ここに来たのは偶然ですが」


そう言えば、彼は静かに息を吐いた。


「じゃあ、監視対象のご機嫌伺いか?それとも婚約者としての義務か?」


「・・・ミーア嬢がお気に召したのでしたら、もう少しお時間をいただきます。」


ミーア嬢は、現在やっと周囲の環境に慣れてきた所だし、彼女を手にしたいなら私ではなく婚約を決めたアレクシア王子や陛下に願い出てもらわないといけない。

問題は、彼女の父が彼女を利用しようと考えた時だ。そのための対処ができない限り彼女との交際は待ってもらいたいとそう思っていえば、何故かものすっごく嫌そうな顔をされた。


「殺すのか?」


えーっとなんでかなぁ・・・・。

誤解が酷すぎる、しかももしかして私が嫉妬して彼女を殺そうとしていると思われてます?

違うからね。彼女の周囲が落ち着くまで待てって意味だよ。


「・・・誰を?」


そう返すとぽかんとした顔をされました。

どういう事だ。


イライラする自分を落ち着けて、彼を見つめると朝日の中で見る彼は、やはり年齢よりも小柄に見えた。


「お体がすぐれないのですよね」


ホップキンスの毒の解毒は、専用の解毒剤を要する。ただその遣い方が問題で順番と量を間違えればそのまま死ぬのだ。


「っお前が盛った毒でな」


「・・・お嫌でしょうけど、手首と右肩を触ってもいいですか?」


「うん?なに・・・さっきの事を怒ってるなら」


「お早く・・解毒剤は手持ちがありませんが、マシには出来ます。」


「っそれを俺が信じると思ってるのか?」


「昨夜、あなたが助けたエヴァン家の末姫は・・・修道院へと送りました。彼女の命を救っていただいた礼です」


緩く編んだ髪の間に仕込んだ簪・・その簪をいじれば細い針が出てくる。

恐る恐る出された手を片手で掴んで、脈を診る。


「おい・・」


「静かに・・・リンパの流れを促すツボです。今夜は熱い湯につかってください。・・しばらくは体を冷やすものは控えるように・・・針を打ちますけど逃げないでください。ずれたら無意味ですので」


たった数秒だ。針を打って、そのまま脈を確認して。

昨夜の少女を思い出す。彼女はもう・・貴族社会に戻る事はできないだろう。

右肩がピクピクと痙攣してるのが分かる。こんな状態であの動きをしたのだ、そこは素直に関心した。


この人はどんな人生を送ってきたんだろうか。

細い手首だった。

肩も腰も・・とても20歳とは思えない。

体格のいい兄が居るせいでより一層そう感じてしまう。


「・・・もういいのか?」


たった30秒程で離れた私は、彼に向き合う。


「後1ヶ月はその痙攣は取れません。・・うちにある解毒剤を使ってもです。」


「マジかよ」


「この国もまた、あなたが思う程平和ではありません。殺されないようになさってください。」


これだけだった。

今はただ、これだけが彼に求める事だ。


「本心?」


「・・・私はこれで失礼します。」


「おい・・待てよ」


「なにか?」


「俺は・・お前が分からない。」


それはこっちのセリフだと思う。


「・・・なぁ、俺に生きて欲しいか?」


それはまるで今日の天気を聞くかのような調子で。

私に問われた。


「・・・・はい」


今は、ただそう思うから、私はそう応えた。

ただそれが何故かはわからなかったし、わかりたくなかった。




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