婚約者として 22
暖かな日に照らされる室内は、静寂だけがある。
人の気配はない。
十年以上前に過ごしていた部屋だった。
来客用なのに、子供用に誂えられた家具には見覚えがある。部屋の隅には見覚えのありすぎる人形が並び、それをプレゼントしてくれた王子とこの部屋で昼寝をしたことまで思い出した。
あの頃は、ここが実家より安全だったが今は違う。
眠りは浅くだがとれたし着替えようと思うと既にベットの上には用意されたドレスが綺麗に畳まれ置かれていた。
ドロシーだよねぇ。赤いチューリップの生花がピンと一緒にあるから間違いないだろう。
胸元に飾れという事かなと思いながら、一人で着替えられるものだ。
昨夜体調不良で大切なパティ―を辞したのだ。今日は大人しくしてろというわかりやすい支持だ。
ゆったりとしてドレスは若草色でかわいらしくコルセットも必要ないものだ。その分ナイフ以外にもいくつか武器を仕込めそうだ。
ここにドレスが置かれているなら、湯あみの準備も整えられているだろうと予想をつけ、隣の備え付けの湯あみの用の部屋に向かえば、やはりあたたかな湯気がふんわりと体を包んだ。
ドロシーは優しい。
「ありがとう・・」
そう感謝しながら、湯あみをする。
スミレの香りがするバスに体を沈めて、ゆったりと筋肉をもみほぐす。
昨晩は色々とありすぎて、疲れてしまった心と体も一緒に休めて、私はそっと息を吐く。
「・・結局、婚約はそのままか・・」
一人しかいない空間に響く自身の言葉。
一度は本気で殺し合いをした相手・・・レヴァンの第四いや本当は第一王子。
私と同じ、いやそれ以上に命のやり取りをしてきたかもしれない人。
一瞬、グレスの笑顔が浮かんで、次は彼の最後の顔が浮かぶ。
ダメだ。
ダメ・・今度こそ、感情のままに動く事は許されない。
昨夜見た彼の事を思い出す。
最初に馬から降りた後、アレク様に向けた笑みは、本当の笑みだろうか。
彼はどんな目的で密偵の真似事をしていたのか。
あの動き・・・騎士の者に似ていた。でもそれだけじゃない・・・彼は何を学んできたのか。
第一王子のブラウン様ならご挨拶だけしたかなぁ。
濃い紺色の髪と緑の瞳だったと思う。レヴァン王に良く似た面差しだったがちょっと暗い感じだった。
昨夜、あの後に届けられた数十枚の紙にあった各王子の遍歴と現在のレヴァン城内の勢力図を思い出す。
どの国だってそう変わりはない。
いつだって人は、自身の益のために動く。
「アレク様に聞く方がいいのかしら」
未だ掴みきれてない。
あの日、軽口で私を挑発した男っ・・ちょっと待って。
あれ・・・私、ユーリ王子と・・・・キスしてない?しかも2回。
フラッシュバックする映像は酷すぎる。
ダメだ、その記憶は今全て消去すべきだと本能が告げている。それに従わないとどうにかなってしまう。
あの男・・・。
苛立ちがじわじわと心を埋め尽くすのを止められない。
初心とか・・股広げるなとか・・・っああああああああああ。
ヤバい。殺したい。
怒りに支配されそうになった思考をなんとか取り戻したくてバシャッバシャッと勢いよく顔を洗う。
落ち着け・・・。
「あれが・・婚約者」
ものすっごく嫌。
これならアレク様の方が数倍よかったかもしれない。たとえ天然でもタラシでも、あんな変態よりはマシだ。
「・・・とにかく、彼を知らないとダメか」
そこまで結論づけて、私は湯あみを終えて、着替える事になった。
ちなみにドレスの中には昨夜とは段違いの量の武器を仕込んだ。
ドレッサーの前には化粧品がずらりと並び、それを使用して簡単に身だしなみを整える。
やはり昨夜の事があるため、薄く、出来るだけ病弱らしい感じを意識した化粧にする。口紅は差さない。
髪を結うのも出来るだけゆったりと髪を編み込むだけにしてみれば、母とは違う印象になった。
「そういえば・・・なんで本物って言われたんだろう?」
このダブリスでは母の娘が私だとこの容姿を見れば一目瞭然だったし、隣国でも私の容姿を見て疑う人なんていなかったのに。
色彩ってそんなに気になるものなのだろうかと鏡の中に自分を見つめる。
胸元にチューリップの生花をピンで取り付ける。このピンには毒が仕込まれているのでつける時はきをつけないといけない。
真剣になって鏡を見つめ曲がらない様に注意しながら、手元を動かすと彼の言動が頭を過ぎる。
“悪魔らしいな”
“この容姿が褒められるのは国外だからだ”
“こいつの髪も瞳もあんたとは違うけど”
どうも容姿についての言及が多かった気がする。
まぁ、彼自身がその容姿のおかげで母親と引き離されてしまったのだから、固執することもわかるが、随分気にしているように思えた。
彼は、私と母との容姿を気にしていた。
私は母とは違い赤い髪もエメラルドの瞳も持ってない。それが気にくわないとか?
私の髪も瞳も父譲りだしなぁ。
ただ造りは全て母譲り、後数年もすれば双子見たいになれるかもしれない。
そう思うぐらいには、私と母は似ていた。
淡い若草色のこのドレスは、ところどころ白いレースに縁どられて少女チックだ。
母の好む色とは違う。
緩く編み込んだ髪もまた母はしない髪型だし。
だが母に似ている。
生き写しとはいかない・・髪も瞳も父譲りだったから。
でも皆の期待は高かった。
母のようになれとそう願われて生きてきた。
この国のためにあれと・・ずっとずっとそう希われてきた。
でも私は、母のようには出来なかった。
容姿が似ていても、あの人のように国を超えてなにかをしようとは、思わなかったし出来なかった。
ただ守りたかった。家族を・・友達を・・民を。
とにかく毎日それだけを思って生きてきた。
守るために力が欲しかった。守るために学び、考え、情報を集め、たくさんの人を失った。
私が未熟だから、私が弱いから。
もし彼と婚約する事でなにかが変わるのだろうか。
彼の命を守る。
そう決める事で何を失うだろう。
彼を殺す。
そう決める事で何を得るだろう。
私は・・・なにを望む。
彼はに何を与え、何を失わせる。
婚約者とは・・・。
しばらくの間自問自答をして、答えのでない自身に呆れ、私は城の中央に位置した庭園へと足を向けた。
ただ、ただ部屋に居る事は出来なかった。




