―悪魔の正体―
アレクの手紙には必ずと言っていいほどとある少女の話が書かれている。
内容は様々だが、毎度思うのは苦労してるだろうなという事だけだった。
俺の日常には常に血なまぐさい事ばかりで、とてもじゃないがアレクのような生き方は出来ないだろうとも思う。
同じ一国の王子という地位を持ちながら、なぜあいつがあそこまでまっすぐにそして天然に育ったか、その訳を知る事になったのは、文通が始まって半年程過ぎた頃だったがとにかく俺にとってあいつの手紙に出てくる女はとにかく苦労性だろうと思っただけだった。
本物に出逢う事になろうとは4日前の俺には思いもよらなかった。
白銀の髪はとても綺麗だった。ただその瞳と声は見覚えと聞き覚えがありすぎた。つい殺気を隠せない程だ。
あの女だ。
そう思った時にはあっちもまた俺から一定の距離を取っていた。
左手が僅かに浮いている。ナイフでも仕込んでるか。そう思いながら、淑女らしい礼を受ければ、それはとても美しく、さすがは公爵令嬢という具合だった。
俺の知る公爵家の令嬢は自国のと隣国フェルベスとの二人だけだが、彼女らに比べるとやはりその美貌は飛び抜けて見えた。
そう覚えのありすぎる容姿に・・・。
ダブリスの赤い悪魔。
この国の元王女だが、彼女が自国の伯爵家に嫁いだのはこの世界では七不思議とまで言われている。
確かに相手の伯爵は容姿はとても天使と言われているらしいが、あの女が自身の好みで夫を選ぶとは思えなかった。
俺が記憶しているアイエス・ユエ・ダブリスなら、何かしら訳があったのだろう。多分内部抗争の抑止じゃないかと俺は考えているが、未だにそれが何故か俺には分からない。
そして目の前の彼女が、その娘であるのは見ればわかった・・あの日見たままだ。
髪色だけは染めていたらしいが、容姿は変えてなかったのだ。あの日油断した俺に毒を盛った女。
冷酷なまでにそして残酷に薬を売りさばいていた男達を岩塩の檻に閉じ込め中毒症状を起こさせ最後には酸素を断った悪魔。
ああいうやり方は、好まないがあいつの怒りが透けて見えた気がした。
ーーー
「さて・・君への説明は以上だ、なにか疑問があればそこにいる公爵夫人に聞いてくれるかい?」
そう言って俺にほほ笑む男がこの国の国王だ。
うちのとは天と地ほど違う。あの色ボケ変態金喰いブタ野郎に比べれば100万倍マシだろうが、この天然の親だというのは良くわかった。
「いえ・・私が留学したのは」
だから聞けよっ!怒鳴りたいのを必死にとどめる。
「あの子は良い子だよ・・器量もまぁこの人と同じだから。気に入らないかな?」
笑って指した相手は彼の元姉であり現公爵夫人だ。記憶にある2年前とほとんど容姿は変わらないし母が持っていた姿画と寸分たがわない。あの画が描かれたのは25年前って言ってなかったか、とつい記憶を確かめるぐらいには目の前の女性は変わりがなかった。
「ダメかな?婚約」
「それは国家間で決められたのでしたら、私も否とは・・ですがそんな話を私は先ほどお話いただけるまで知りませんでした。私の一存では」
「うん、それはわかってるし・・これはうちに居る間だけでいいんだ」
「は?」
「いや・・もし彼女と君が互いに思いを寄せる間になってくれるなら、そのまま婚約を認めてもいいよ」
天然王子の親は、理解不能だった。
突然に自国の公爵令嬢と婚約しろと言われてそれを是と言え人間が居ればそれはよっぽどのバカか、策士だ。
「あなたは、・・もう少し順序立てて説明なさいといつも言ってるじゃないの」
そう口を挟んでくれたのは、俺がこの世で一番逢いたくなかった相手でもあり、この国では勝利のニケ他国では赤い悪魔という異名を持つ女で・・俺を今の母に届けた人だった。
「そうかなぁ」
結構がんばったけどとそう続く言葉につい反応してしまいそうになった自分を抑える。
「・・・もういいから、あなたと王子はお黙りなさい」
自国の王をいくら元は、弟とはいえこんな風に扱える人間がいる方が驚きだったが、やはり母に聞いていた通りの人だと実感が出来た。
「ユーリ王子・・まず率直に言います。あなたがここに送られてきたのを我々はあまり歓迎できない。その理由はお分かりでしょうけどね。あなたがここに生贄としてでも引き金としてでも死ぬことを望まれているのをどうにかして生かすためにあなたの“命”を正当化したいというのがこちらの考えなの。そのために私のかわいい娘をあなたに託すのです。」
おい、今さらりと主観を入れたし、とても俺本人に言ってはいけない事が多大に言われた気がする。
「・・それはそちらの意見だろう?」
「そうよ・・そしてあなたがこのままこの国で死ぬ事で起きるのは、戦争という名の略奪よ」
「脅しでしょうか?」
「あら、親切よ。そしてこれはあなたの母親から届いた嘆願書」
俺の前に置かれた装飾の多い紙には、確かに見覚えのある署名が2つあった。産みの親と育ての親の両者の名が連なっているのを見るのは初めてで、一瞬だが偽造を疑ったが確かに王家の紋があったのでそれもないとわかる。
育ての方は、弟と共に療養に領地に居るのにどうしてとそう声を上げなかったのは、彼等に知られてるのかが分からないからだ。
「っ」
「あの子ったら面白いわよね。あなたの命と引き換えに一国をくれるって言ってるわ」
「なっ」
まさかとそう思いながら、目の前の紙に書かれた文書を読む。
嘆願書・・確かに嘆願だった。内容は一国の王妃から他国の公爵夫人に送られたものとは思えない程にくだけたものだが書かれた内容を要約すれば、俺の命の代わりに国を攻め落とせとある。
「・・・」
あまりの内容に脳が悲鳴をあげた。思考が真っ白とはこういう事なのだろう。
これが祖国の誰かに見られれば母もそして産みの母もただでは済まない筈だ。嘆願書というか密書をどう扱うつもりで俺に見せたのかが分からない。
このまま婚約を受け入れる事で俺はこの国で自由には動けなくなる。
「悪いけど、この要請には応えられない」
茫然としながら、間抜けに見上げた女性は、どこまでも冷静に俺を見返していた。
「元々フェルベスを攻めるつもりのバカ共がレヴァンを標的にするとなると色々と問題が大きいのが一つ。もう一つは、ダブリスにはあなた方のような貿易と国交は出来ない。性質でわかるでしょ?・・元が元なの。農耕なんてやってこなかった奴らが突然にそれを得たところで豊穣の土地が荒野に変わるだけよ」
それだけは避けないといけないと続くと彼女は静かにため息を吐いた。国と人の性質をここまで辛辣に評価する為政者を見るのは初めてだった。
重々しいそれをにこやかに笑って受け流す国王は、再び話出した。
「まぁ、そうだろうね~」
「あのねぇ・・・褒められた事じゃないってわかってるの?」
「国政は一応整えたよ?でも元が荒くれなんだ。力は力にしか屈しないよ、姉上」
「だから、お黙りなさい。力をはき違えたものはこれから私と夫がどうにでもするわ。後10年待ちなさいな」
「何するつもりなの?」
「あら・・楽しみにしててと言ったでしょ。そのためにもこのユーリ王子には私のかわいい娘を婚約者にもらって貰うのよ」
「って訳だから・・僕のかわいい姪をよろしくね?」
なんの訳だ。そうツッコミたいが流石に一国の王には出来なかった。
「殺されないために私の娘を大切にしなさいね・・あなたに言えるのはそれだけよ」
意味が分からない。




