冗談ですよね 20
「・・・とにかく、あの頃は、私もアルを生んだばっかりだったしね・・・害虫除去のために色々国内外飛び回ってたわ」
「母上・・その随分と・・ユーリ王子と面識がありそうですが」
「あら・・だってこの子私のおっぱい飲んでたし・・おむつも」
「やめろっ!!」
おっととんでもないカミングアウトパート2いや3はユーリ王子の怒鳴り声で止まった。
「あら、そんなに恥ずかしいの?赤ちゃんはミルクがないと死ぬのよ、あなたをセレンに届けるのに5日間かかったんだから当たり前でしょう。」
うん・・・なんだろうなぁ。
規格外が傍にいるといろいろと慣れてくるなぁ。
さてと・・ここまでのことを整理すると・・今から20年以上前に私の母は、隣国レヴァンの后妃であるルーン様に依頼されてその頃の宰相であるフラヴェス宰相を暗殺したと。
その時にユーリ王子をその頃はまだ側室に迎えられる前の異母の妹のセレン様に届けたという事になる。
そして秘密裏に育てられた第四王子であるユーリ王子。
さてとここまでは理解したが・・・知りたい事が聞けてません。
「で、今回人質としてこっちに寄越されたのがこの子だったのは幸いだったわ。三番目はひ弱だし、二番目は・・・報告じゃ随分とやんちゃしてるのね」
「なぁ、間者はどれだけ置いてるんだよ」
そうこわごわと聞くユーリ王子に私はそっと同意した。
「あら・・・私が誰かよく考えてから口をひらきなさい」
彼女は艶やかにそして楽し気にほほ笑む。
「・・・俺の監視役にあんたは娘を寄越したってことか」
「監視?違うわよ、この子はあなたの護衛兼婚約者」
「・・・ほう、護衛なんて必要ないと言ったら婚約者をつけるってどんなだ」
そういう事ですか、母上。やっと話が見えてきた。
母にとって赤子の頃のユーリ王子を見ていたのだからその容姿を把握していらした。
彼女の中でユーリ王子は、これからのダブリスになにかしらの影響を持つ人間で利用価値があると判断出来た。だからこそ私を婚約者に据えて、彼の護衛に着かせることにしたと。
だけど、この人が本物なら・・私はあの日の事を。
「母上・・・」
「受け入れなさい・・後はあなたに任せるから」
そう告げた母の瞳はどこか寂しげだった。そしてその髪には隠れるようにあの日グレスが渡してくれたカフスが髪飾りとして造りかえられて飾られていた。
「殺されかけた相手が婚約者とか、ないだろう?」
「・・そう言えば、どこか痺れてる?」
そう母が聞けば心底嫌そうに笑ったユーリ王子は左手で自身の身体を抱くような仕草をした。
「あぁ、俺が怪我してる方の右背の裏からみぎの裏腿がしっかりとな・・こいつがあんたの娘なら解毒剤を出せよ。赤い悪魔」
「それが人に頼む態度かしら?礼儀を勉強してからでなおしなさい」
そう母は切り捨てる。
ですよねぇ、こんな風に母と渡り合う相手を私は知らない。
怖いモノ知らずというのだろうなぁと現実逃避をしながら、さっきの母の言葉の真意を考えた。
あの受け入れろというのはグレスの死で間違いない。そしてその上で任せるというのは、彼の処遇の事だろう。
ユーリ王子を守るのも・・・そしてグレスの仇として殺すのも、私に全て委ねるという事だろう。
我が母ながら、すごい人だ。
「なぁ、・・こいつの髪も瞳もあんたとは違うけど」
「ココは、父親似なの。」
そう嬉しそうに言う母は、妖艶だった。
何時までも夫婦仲が良いのは嬉しい事だとだけ言っておこう。母は父にぞっこんだ。
しかも惚れた理由が理由なだけに素直には見習えない。
「ほう・・あんたに似て、えげつないやり口だったけどな」
「あら、・・・私ならあなたがここに居ることはなかったわね、あと・・・あまり舐めた口を利かないことね。あなたが思う程私もそして陛下もあなた一人、もしもの時はどうにでもしてよ?」
母はそう言ってから、持っていた扇子を広げた。
「さて、ユーリ王子、あなたはもう会場に戻りなさい。言っておくけど婚約者のいる身であまり嵌めを外さない事ね」
母はそう釘をさした。
「他を見繕うとは思わないよ・・一応・・まだね」
そう言って彼は歩き出すと扉を侍女に開けさせた。
「あら、そう。」
「ただ、事故は起きるかもな」
不穏な一言を最後に彼は部屋を後にする。天井裏の気配が4つ減った。多分彼の護衛のためだろう。
私は彼の気配を追うのを辞めた。
「さて・・ココ」
母が私の前のカウチに座ると、いつの間にか用意された紅茶がテーブルに置かれた。
マナー通りに手にとり、香りを楽しみ、次に口に含む。
母の頬が緩み、笑みの形を取るとほっと息をついた時、私は抑えていた感情がこぼれていた。
「・・・色々と酷いです。母上」
そう責めても私は悪くないと思う。婚約の事は知っていても、その相手がユーリ王子でそのユーリ王子が私が殺そうとした相手で。
とにかく本当に酷いと思う。
「・・・ごめんなさい」
そう聞こえた気がした。
一瞬幻聴か空耳か・・聞き間違いを疑ったが、確かにその言葉は目の前の人から聞こえた。
「此度の件は、私が悪かったわ。・・・あなたに非はない。」
そう母は、私に告げ、手に下紅茶のカップを置いて、真剣に一度、頭を下げた。
美しい赤い髪が彼女の動きにそってサラサラと音をたてた。
「あなたに伝える時間がなかったと言う言い訳はしない・・ただ言いだせなかったのよ」
彼女の瞳がまっすぐに私を移す。
「どうして・・ですか?」
「・・・・あなたから報告を受けた日、コレを渡された日に陛下から密書を受け取ったの」
コレと指差されたのはグレスのカフスだった髪飾りだ。そしてあれから1月半は時間が経っている。
「密書?」
「密書の中身は教えられないの。ただレヴァンと秘密裏に交渉していた案件の一つが第四王子の暗殺阻止だった。」
「っ・・暗殺って自国の王子をですか?」
「そう・・彼の出生の秘密を知り、この世に生きている人間は私とルーンそして陛下とセレンだけよ。ただね、彼の容姿は彼の母であり后妃であるルーンに生き写し」
「それって」
「そう、彼女はフラヴェス宰相に殺される筈だったのに、たまたま王女としてレヴァンを訪れていた私に出逢い、たまたま友人関係になってそして私が彼女を助け、フラヴェスを殺したのよ・・20年前にね。でも今、ルーンは重い病を患ってしまい、王はルーンという頼れる臣下を失う事になった。今のレヴァンがあるのはほとんどルーンのおかげと言っていいのよ。そして王は己の責を放棄して、次代の王である第一王子に全ての統治を任せてしまった。退位だけは、ルーンが命を懸けて阻止したのだけどね。」
「・・・それって」
「そう、うちのバカ共が知ったら喜び勇んでレヴァンを侵略しに行く状況なの」
「・・・・」
運がいいんだか、悪いんだか。
「本当・・・私がダブリスのため以外に動く事は、あの子以外にないのに・・ルーンたら、どうせなら手ひどく侵略しちゃってなんてすっごい密書送ってくるから、笑っちゃったわ」
・・・笑えませんよ。母上、しかもルーン様って一度もお会いしたことないし子を守るために母に暗殺依頼をするって・・・類は共を呼ぶって本当だったんだと納得しそうになった。
「そして彼女の最後の願いが自身の息子を守ってほしいと・・そのために彼はダブリスに送られてきたのよ・・本人は知らされてないけどね。」
と再びその瞳は寂しげに細められた。




