混乱の渦中 19
ダンスの動きに合わせて揺れるドレス。
その中にはナイフが6本。仕込みの毒が4つ。
コルセットが鎧の代わり、扇子はドレスのベルトに挟んでいる。
そう自身に言い聞かせることで平常な心を手放そうとする自我を宥める。
「そう、怯えなくてもいい」
その声は、周囲に聞こえないようにトーンは抑えられ、口元は笑みのままだった。
「っ・・・怯えてなど」
「なら、もっと腰を寄せろ。不自然だ」
正論だった。だがそれならもっとその身に纏う恐ろしいまでの殺気を抑えて欲しいものだ。
「なら」
「悪いな・・・今は、あんたに向けてんじゃない。別だ」
自身の身に向けられていると思っていた殺気は今は別に向けられているらしい。
「それより、あんたの兄をどうにかしろ」
そう言われてから視線で兄を探せば、うん・・・2人とも随分と酷い。
紅帝と悪魔は、私たちをまるで視線だけで射殺そうかという具合で見つめている。
「貴方が只者ではないと知っているので」
「ほう・・そっちこそ、まさか本物とは思わなかったよ」
「・・・こっちのセリフです。」
そう返すとぐるりと体を廻された。
3回。
ターンして体を入れ替える。
「俺が本物かって事なら」
っ近い。体が密着した。胸が彼の硬い胸板に押し付けられるのを体を逸らして逃がそうとすると周囲から感嘆の声や悲鳴?らしきものがあがった。
「残念ながら・・本物だ」
そう鼓膜が揺らされた。
ダンスの終わりまで後4小節・・・一度放れる体。最後の最後ホールドのまま二人同時にターンして一礼。
私たちの礼を合図に次々と自身のダンスのために何組もの男女が進みでる。
手を放そうとした私に彼が目配せした。
なんだろうと思った時には遅かった。腕が一瞬、そう一瞬の隙を突いて押された、私が履いているのはピンヒールで後ろへの力の動きには弱い。
グィなんてかわいいもんじゃない、結構な力が一瞬でかけられた私がふらつくなんて、薄明の利だった。
「っあ」
なにをっとそう目だけで文句を言おうとした時には、彼は素早く私の身体を支えた。
自分で倒しておいてだ。
ダンスを組むための小節のため同じフレーズが流れるなかに私がよろめいたのを周囲は驚いたように見つめ、ざわつく。
「おっと」
随分とわざとらしいセリフと共に、体がふわりと浮いた。
硬直する自身の身体・・なぜなら咄嗟に防御態勢を取って目の前の相手に攻撃しようとした反射をどうにか抑え込んだからだ。
マジで嫌。
難たる失態・・・・。血の気がひくどころじゃない。
「陛下っ・・・気分がすぐれないと」
「っココ、大丈夫かい?」
オケの音楽が止まってしまい陛下の声がより一層よく響いた。
これ以上目立つのは避けたいが、もう遅い。
「っ・・・」
「彼女を一度休ませたいので・・お時間をいただきます。よろしいでしょうか?」
「あぁ、頼んだよ。侍医が必要ならすぐに呼ぼう」
「有難うございます。」
ほぼ体の自由を奪われる姿勢に恐怖が勝り、顔色が悪く見えるようだ。
視線が集まる中で彼は、一礼をして、慣れた仕草で私の腰を支えたまま歩き出した。
大扉の前まで来て、母の方を見れば既にそこには居なかった。
侍女たちの格好をしたお庭番たちが私達の方へとやってくる。
「ご案内いたします。・・・そして少々お時間をいただきたいと主人より言伝を」
「あぁ、わかってる。そのためにこうした。そう殺気立つなよ・・お前の主人は無事だろう」
応えたのはユーリ王子だった。随分と対応に慣れている。
「淑女に恥じをかかせるやり方は関心いたしませんわね」
そう彼に告げたのは、いつの間にか私達の後ろに立っていた母だった。
「それ以上ココに触れれば、その首を断つところです。」
平坦な口調でありながら、含まれた刃は本物だ。
「・・・怖いな」
「百合の間に・・・ココ、あなたは、そのままでいいわ。行くわよ」
母の声に従い4人の人間が会場を後にする事になった。
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「陛下に侍医は必要ないけどこのまま今夜は休ませると伝えて。ココは元々病弱という事になってるから問題ないわ」
ドロシーが母の指示で部屋を出て行くとその場にはカウチに座らされた私と窓に寄り掛かるユーリ王子、そして私の後ろに陣取った母だけとなった。
「まず、ユーリ王子・・・その殺気を収めてくれないかしら?」
「バルコニーに3人、屋根裏に・・4人でどうやってだ、しかも俺の前には赤い悪魔だ」
「・・・そう怯えなくても、こっちとしてはあなたの護衛のために付けたのよ。後4人ではなく6人よ」
「っふ。色々と聞きたい事がある。昼間に聞いた事をこちらはどう受け取ったらいいかわからないんだ、なにせ四男なんでね」
「嘘をおっしゃいな。あなたは第一王子よりも二つは上じゃない」
「えっ」
母の言葉の意味を理解する事が出来なかった。
「・・・ごめんなさいね、ユーリ王子・・・この子はね、元々ホップキンスの外に出す子だったからあまり詳しい事は説明してなかったの。面倒だから先にこの子に事情を話すわ。」
「母上?」
「ココ・・・目の前に居るユーリ王子はね、本来なら第一王子の地位を持つ筈だった子なのよ。年齢は20でいいのよね?」
「っ・・本物か」
「誰があなたを救ったと思ってるのよ」
「っああ」
「どういう事ですか?」
母の言葉を理解できずにいると彼が忌々しげに応えた。
「何から話したらいいかしら・・そうね。現在レヴァンには4人の王子が居るのを知ってるわね?」
「はい」
「王妃の地位を持つのは第一后妃であるルーン王妃。だけど彼女にはお子がいない。そして側室のエヴァン姫、シーリア姫が各々一人・・そして最後にセレン姫が二人の子身ごもったとなってるけど、本当は、ルーン王妃はたった一人、子を産んでいるのよ。20年前にね」
聞きたくない。
そう率直に思いながら、私は隣国レヴァンの政権の勢力図と家系図を脳内で引っ張りだす。
私が国外に嫁がされる時には必要になる知識だからだ。
「ならルーン王妃は」
「そう、彼女はわざと我が子を隠した。ユーリ王子の容姿を見ればわかるでしょ」
「?」
「彼女の父方の血筋がこの子と同じ飴色の肌を持つ人だったのよ、ただね、あの頃宰相でフ・・・フ・・えーっと」
「フラヴェスだ」
「そう、フラヴェスっていうのが・・まぁ、その飴色の肌を持つ人間をあまり良く思ってなかったの。で飴色の子が生まれても多分毒殺って感じだろうから守って欲しいって願われちゃったのよね」
うん、嫌だなぁ。
ここまで言われて、そして20年以上前に母を巡って戦争紛いが起きたことを重ね、丁度その頃もまだ出稼ぎをなさっていた母を重ねれば。
「フラヴェス宰相を暗殺するのを頼まれて、でもまぁその後の混乱もあるだろうから王子は信用のおける彼女の異母の妹まだあの頃は子爵令嬢だったセレン様に彼女の息子を届けたりしたのよ。私」
あぁ、なんでそんな簡単そうに。
頭痛がする。これはストレス性で間違いがない。規格外である母が規格外にも他国の権威争いに手も足も出していたなんて。
知りたくなかった。
「あの・・・ではセレン様は」
「そう、実際はお一人だけ身ごもられてたの。ただその子は今の王の子じゃないんだけどね」
・・・うん。軽ーくなんてことを口に出すのかしら母上。
「よく、御存じで」
「あら、三番目の子綺麗な亜麻色の髪だったから、あの子の騎士が死ぬ前に残したのでしょ」
「母も亜麻色の髪ですよ」
「その亜麻色の髪があなたたちレヴァンの国では劣性遺伝子なのよ?」
ききたくないなー・・・。
さてと色々問題のある言葉を聞きながら、私は妙な感覚に陥っていた。
何故って、それは、母とこのユーリ王子様がどうも知り合いのような気さくさで言葉を交わしているからだ。
「母上・・・話がズレてます。で、そのユーリ王子は、母上がお助けしてセレン様の御子になり、秘密裏に4番目として育てられていたと・・」
「私が依頼を受けたのは、レヴァンの建国祭に呼ばれた時だったわ。賓客として行ってね、確かあの頃はまだ旦那様は、伯爵位だったわね。丁度いいしついでにお仕事もしようと思ってね・・・その仕事がふ・・」
「フラヴェス・・」
「母上、もういいです。で依頼はルーン王妃から直接受けられたのですか?」
「そういう事・・・面白いでしょ」
いえ全然・・・まったく面白くありません。
ただただ混乱する脳内を整理するので精一杯です。母上。




