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本物です 18

太い首の静脈に刃を当てる。

汗の浮いた首からは、近衛の兵とは思えない据えた匂いがした。


いくら姿を偽れても、体臭までは気を使ってなかったようだ。切れ味の良すぎるこの扇子は、軽く当ててる程度なのに皮をえぐっているようで、騎士服が赤く染まっていった。


「私がホップキンスと知っての狼藉よね?」


そう明るいトーンで楽し気に聞こえるように告げる。


「っ・・・ご・・ごかいで」


「なにが誤解なの?」


無邪気に、そして妖艶に。


「私は、ただ・・っはっ・お守っりいたそうと」


苦しげな息の合間にそう男は告げた。


「そうなの?」


「はい・・・」


私から受けた蹴りが鳩尾に適格に入ったおかげで横隔膜が痙攣しているらしい。

こんな木偶の棒が城の兵士である筈もない。そんな事兄に確認する必要もないしここで殺してもいい。

だが私の後ろには確かにユーリ王子(?)が居る。


「あなた・・兄上の事をご存じ?」


「っ・・はい」


「そう、なら兄上に後はお任せするわ」


彼にとって確実な死刑宣告だろうそれを突きつけると力を失った体が痙攣し悶え始めた。


「やりすぎだろう・・痙攣が中途半端だし、わざとか?」


「それが?」


「えぐい」


力の加減では一瞬で意識を刈取る事が出来る。だがそれは許さない。

タイミングの良さから、彼等の雇い主が同一人物だとわかるからだ。あんな女の子を囮にした人間(ヤツ)なんかに楽に意識をおとしてやらない。

しばらくは呼吸困難で苦しめばいい。

顔色が赤、黒、青、白と変化してついに意識を失った男を侍女の一人が呼んだ憲兵が運びにくるまでに5分。


「会場に入る際は大扉よりお願いします。」


そう憲兵の一人が私に告げる。見知った者だったので了承の意を伝えると真っ青な顔で出て行った。


「本物か」


やっと扉の前に来た私の耳がきいた囁きはユーリ王子である男からだ。


「・・ではお願いします。」


その言葉には応えなかった。大扉の前に案内され、今度は侍女たちが私達に変わり扉を開く。

廊下よりも一層明るい其処にはたくさんの群衆がいた。


ついさっき私をそしてこのユーリ王子を殺そうとした黒幕の相手も居るだろう。

私達を認めた人々が皆一様に避けてくれる。


「どうぞ、上座の奥へとお進みください」


そう言葉にして、明るい光に照らされたその美醜を私は目の当たりにした。


紺色と銀糸の雑ざる髪は、太陽光の下よりもより淡く光る。飴色の肌もまたその色をよく引き立てていて金色の瞳は印象の深いものだった。

・・・美形だ。

まだ15だというが、これがどう成長していくか楽しみではある。

この場に呼ばれたごく一部の大臣と豪商たちが連れてきた奥方や姫たちは彼の美貌に見惚れていた。


「・・・うっとうしい」


聞こえてます。集まる視線の中にいくつか害意のあるものを感知するがそれの相手を上手く索敵できなかったのは、私に腕を貸してくれている男が一番強い殺気を纏っているからだ。


「・・・その美貌ですもの、慣れてはいらっしゃいませんの?」


そう嫌味も兼て行ってやれば、表情は薄く微笑んだまま、視線さえくれずに彼は言い放つ。


「この容姿が褒められるのは国外だからだ」


「?」


ずんずんと進んで行く私達に会釈がされて行く、それに応えながら、そこまで広くない会場を横断すれば、既に王家の人間は席に着いていた。


あれ?なんで先に居るのですか。

そう驚きながら、私は彼等の前に立った。


ユーリ王子が先に、そして私もそれに続いて最上礼を。

美しく見えるように、優雅に・・ゆったりと。サラサラと揺れる衣擦れの音が喧噪の中に響く。


「主役のお出ましだな」


そう声をかけてくれたのは、私の叔父でありこの国の最高権力者であるフランツ・ユエ・ダブリス陛下であった。

随分と嬉しそうな声だった。


「陛下、そのように言ってはユーリ王子が恐縮してしまうやも」


「そうかな、まぁ、我が国で一番の美姫を婚約者にするんだからこれくらいで恐縮されちゃ困っちゃうよ」


「でもまだ15歳でいらっしゃるのに、いじわるはダメです。」


ジュリア―ヌ王妃はとても楽しそうにそう言って彼を嗜めた。

相変わらず砂糖菓子のようなふんわりとした雰囲気を持つ美女だ。

亜麻色の髪が今宵は生花で飾られ今日は、まるで春の女王のようだ。その身を包む淡いピンクドレスは彼女の本来の美しさを引き立たせていた。

一応もうすぐ40近いというのに咲き初めのバラのような初々しい美しさは私の母とは正反対のもののように思う。


「今宵は、私のためにこのような場を設けていただき心より感謝します。ダブリス国王陛下」


そう彼が遮ったのは、あまり良い作法とは言えないが正しい判断だった。


「いや、こちらこそもう少し大きな会にする筈だったんだが・・・こちらの都合上こじんまりとしてしまってすまない。」


ただでさえ財政難なのに大きなパティ―なんて開けませんと心で同意する。

何時までも新婚夫婦の二人の間には第二王子のルメリオ王子がぼんやりとした顔で両親を見上げた。今年8歳のかわいい男の子だがもう起きて居られないのか眠そうに顔をこすっている。


「いいえ・・・」


私の意識がそのかわいい第二王子に向いていたその時、その言葉は世間話をするかのように放たれた。


「今宵、ココット嬢を婚約者として迎える事が出来て、こんなに嬉しい事はありません」


・・・えっ。

第二王子に向けられていた思考も警備に向けていた意識も全てが一瞬真っ白になった。

今なんとおっしゃった?

そう言葉を発する前に王妃様が嬉しそうに笑った。


「そうでしょう、ココちゃんって本当に素敵な淑女なの・・・それに内緒だけどココちゃんって寂しがり屋でね、むかーしね」


何故当事者が知らない事態が公然と話されているのかな?

おっとそれ以上はダメだ。


「王妃様っ!!」


「あっ内緒だった。」


ごめんねってそんなかわいくウインクされても困るけど・・・周囲の刺さるような視線が痛い。

イタイイタイいっ・・・。

無作法過ぎる自身の行動もさることながら、周囲が私と王妃様の関係を正しく理解してくれたことにも内心恐怖でいっぱいだ。


「後で教えて下さい。」


「もちろん」


仲が良い事で。

じゃない・・私の混乱は、ピークだ。つい視線で母を探せば上座の左に居てそこで優雅に扇子をゆらゆらを揺らしていらっしゃる。

兄たち二人もついでに探せば一番上の兄は知っていたのか、反応はないが二番目の兄であるアル兄様は、真っ青な顔で私を見つめていた。


王が一度大きく手を叩いた。

喧騒が止む。

今までが嘘のように、彼はここで最も高貴な空気を纏い、立ち上がる。

その頭上には重い・・王冠が光輝く。

彼は堂々と、そして重厚に声を上げた。


「皆・・今宵は、よく集まってくれた。・・・今宵の主役は、彼等だ。」


そう言われてユーリ王子が完璧な礼をする。

見惚れるような美しい所作に人々は彼を見つめる。


「さて・・・そなたらが3年程前から随分と気にしていた・・・この国一番の美姫が誰がために咲くかと」


「その栄誉は、彼に与えようと私は思う」


彼の言葉に皆が感嘆の声と言葉、拍手をくれる事で同意してくれる。


「私のかわいい姪だ。・・・大切にしてくれ」


「はい・・・この命に変えましても」


「彼の名は、ユーリ・フォン・レヴァン・・・隣国レヴァンの第四王子、そして第2王位継承権威を持つ」


「ココット、そなたは、私の自慢の姪だ。彼の事を支えてやってくれ・・・君のために彼はこの国にきたのだから」


・・・今なんとおっしゃいましたか?

そう言葉にすることはできなかった。


「・・・はい。ご期待に沿えるように・・」


笑みさえ浮かべられない。

だれでもいい・・この場から逃げる術をくれ。そして母上・・どういう事なのかきっかり説明をお願いします。


私はただただもう一度その場で一礼を捧げる事に一杯になった。

自身の着る赤いドレスが滑稽に思える。

これぞ道化というべきだろうか、母が私に赤いドレスを許した理由を今知った気がする。


自身の迂闊さを呪ったのだ。


たくさんの拍手と祝いの言葉がこの場にいる全員から送られる。

それが心からのものであるか上辺のものであるかはわからないが、そのどちらも現在私はそれを受け入れられない状態にあった。


混乱する思考をなんとかかき集め、私はただのココットではなくホップキンスの娘としての対応をしなければならない。


「では今宵の祝賀会を始めよう」


彼の声を合図に呼ばれているオーケストラが音楽を流し、会場の中心が男女の組によって埋め尽くされる。


「ファーストダンスは、今宵の主役に」


その言葉で中央が再び大きく開けられた。

行くっきゃないという状況だ。

ヤバい・・・・。


振りかえったユーリ王子が私の元へとやってくる。

たった2歩の距離だ。

彼は恭しく手を差し伸べた。シャンデリアの淡い光が照らす彼は確かに王子だった。

銀糸が雑ざる藍色の髪が動きに合わせてゆれ、細められた黄色の瞳が笑みの形を作った。

完璧なつくり笑い。


「どうぞ、お手を」


「・・喜んで」


決まり文句と共に彼の手に手をのせる。カツリとヒールが鳴って、オーケストラが踊りやすいようにとさっきから同じフレーズをなぞってくれている。


舞台の上までひきずられて行く私は、彼の瞳にはどのように見えるだろう。


腕を広げた彼に私はただただ無心になって身を委ねた。

殺気を纏う相手の腕の中に自身の身を入れる恐怖はとてつもなかったが、淑女として教育されてきた私の身体がなんとか形をつくってくれた。


「次で行く」


そう小さな声で合図され、私は彼のリードに慣れ親しんだワルツを踏んだ。




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