武闘を舞う 17
私の髪を彼の指が放した後、そっと体を放した。
「ホップキンスっていうのは悪魔の血を持つ一族だと聞いているが・・・あんたが本物のココットでいいのか?」
「・・・どういう意味でしょう?」
「そのままだ、どこの公爵家に他国へと潜入するような令嬢がいるんだ。お前が本物のココットではないなら話が通るだろう」
すみませんねぇ。普通の公爵令嬢でなくて。
後、その言葉そっくりそのまま返してやりたい。
「・・・ユーリ王子・・私がココットでないといえばどうなさいます?」
「そうだな、・・・殺すかな」
おっと、明日の天気を言うような軽さで言われたぞ。
私達の周囲は本物の殺気に満ちた。
「お嬢様を離せ・・若造」
侍女の一人である女性がそうユーリ王子(?)に告げる。
「無礼だな、たかだか侍女風情が」
冷めた響きと共に男が腰に履いた剣に手をかけた。
もちろん模造刀だ、この国で帯刀が許されるのは騎士章を持つものと王族の血を持つ者だけだ。
ユーリ王子がいくら隣国の王家のものでも帯刀までは許されていない。だがこういうのは、スタンスだ。
ユーリ王子が隣国からの大切なお客人であることを周囲に示すために模造刀を渡しているのだ。
そう模造刀である筈・・それなのに、彼の覇気がそれを本物に変えている。
ゾワッと背筋を駆け抜ける嫌な感覚。
剣が抜けるその前に私は彼の前に立ちはだからっていた。
「侍女の無礼・・心よりお詫び申しあげます。ですが・・・そちらもまた無礼が過ぎるように思えますが?」
「・・・ふーん」
「あまり時間もありません、あなたがユーリ王子である以上はこの場を収めていただきたいのですが」
「・・・いいだろう。」
剣から放れた手が私に差し出されるまでに1分。
その大きく硬い掌は、とても私より3歳も下だとは思えなかった。鋭い視線は、そのままに彼が顎で指示する。
「行くぞ」
「はい」
手袋越しでも冷たい手を重ねて、私達は、会場へと向かった。
分厚い絨毯に足音が全て消されている。
侍女2人が私達の後ろについてくれるが、何故かユーリ王子へつけていた侍従の姿がなかった。
「ユーリ王子・・・あなたにつけていたレアドはどこですか?」
「・・・監視にしては随分ぬるい相手だったから撒いてやった」
「あなたの護衛です。」
勝手に撒くなよ、この野郎。
市井に出てから覚えた口汚い言葉が浮かんだがそれを口にはしなかった。
歩く速さが僅かに遅くなった。
もうすぐ会場だった。元々そんなに離れた場所ではなく、また大きな会場ではない。
彼を守るためにはそうする事が最良であったからだ。
大扉の奥・・・代々のバカな王が自身の側室のために用意した宴会用の広間・・蓮の間の前には大柄な兵士が二人私たちを待っていた。
「ほう・・・護衛か」
指が僅かに強く握られた。
「えぇ・・」
「護衛ならいらない・・・監視もな」
金色の瞳が一際鋭く光った。
「・・・それは、」
言葉は続かなかった。
兵士たちが私たちを大扉ではない場所に移動させたからだ。
主賓の一人である王子が紹介される時は、大扉からと決まっていたのに、何故だろうと思いながら、彼らに続いて奥の方の横扉に案内された時、ななめ後ろから侍女が現れた。
見かけない顔の少女は、どこか落ち着きのない視線を寄越して私達の方へやってくる。
マジか・・・ここでですか。
ちょおっと待ってくれないかな?
後ろの御庭番たちは下がる事しかできない。少女の身に着けるメイド服の裾には王妃様直属の者しか着ける事が許されない瑠璃色の飾りボタンがついているからだ。
この城では王妃付の侍女が最高位を持つ。
地方貴族の中で有力なものの血縁であり幼い頃から侍女としての教育を施された者たちであるからだ。
彼女たちをないがしろにすることはできない。
「お待ちください・・・ホップキンス嬢」
震える声。
そうよね、多分そのボタンはあなたが身に着けることを許されないものだし、なによりも青も白も通り越して土気色の顔色の幼い少女が侍女である筈がない。
「何かしら・・」
どうしたらいいか、このままでは彼女は死ぬ事になる。
いや確実に殺さないといけない。
「お・・おうひさまからっ・・で・・こ・・言づけが」
哀れな少女は、震える背に何かを隠し持っている。そして今は夜だ・・城内がこの廊下より明るいおかげで窓が鏡の役目を果たしていた。
明らかに金属の何かを持った少女。多分彼女はなにかしらの事情で捨て駒としてこちらに寄越された警告用の駒だろう。
可哀想に。
「言づけね」
後ろに控えてもらっていたユーリ王子がいっそ楽しそうに笑って繰り返す。
「そ・・その・・レヴァン国からの・・・その」
「いい子だから、このまま行きなさい」
そう彼女に告げたのは、彼女の瞳が涙に濡れていたからだ。
土気色の肌、震える細い肩。
どう誤魔化そうとも髪もそして少女の荒れた唇も、とても有力者の血縁である者が持つ者ではない。なによりも、王妃付の侍女がガタガタと震えながら、客人を相手にする事なんてありえないのだ。
何をさせられようとしているのか、彼女は本当はわかってない。
「っ・・・れ・・れヴァ・・た・・すけて」
遂に涙がこぼれる。と思った瞬間・・彼女は勢いよく隠していた両手を振り被った。
私より先に動いた御庭番たちが彼女を取り押さえようとした時、その場に居る全員を裏切り、彼女はその小さな胸に銀色の刃を突き立てようとした。
「っやめ」
元々ユーリ王子の護衛である私は、彼から一定の距離を離れる事が出来なかった。
その分、彼女との距離があった。
どんなに踏み込んだとしても、足が手が届かないとわかっていながら、それでも自身の瞬発力と彼女の生存本能に一分の希望を持って踏み切る。
目の前の少女がほほ笑んだ。数瞬・・ダメだと声も上げられずに私は手を伸ばした。
彼女はもう決めてしまっている、侍女の一人が私の前に入った・・・私に見せないようにという配慮だ。
私は、それで諦めた。
そう諦めたのに・・瞬きもできない隙に少女の手には何にも掴まれておらず、私の後ろに居る筈の男が少女の手を打ち据えていた。
「っ」
「ほら・・いらないだろう」
一瞬だった。だが私は確かにその軌跡を見る力があった。
彼女の腕を的確に打った模造刀は、今目の前の男の手にある。
「俺を守ろうとか、よく言うね」
茫然とする私達の前に彼は悠然と微笑む。だがその彼の後ろには先ほどの大柄な兵士が居た。
その男達がやろうとしていることに気づいた後は、もう迷わなかった。
鉄線で編まれた扇子は腰にある。
普通のものよりもずっと重いそれには隠し刃が織り込まれていた・・高いヒールでも全力で踏切った、絨毯が全ての音を消してくれると知っているから。
彼と入れ違いに体をバネにして跳ぶ。
兄上が言っていた通り、ドレスは動きづらい・・・手加減はしなかった。
的確にそして確実に。
一人は延髄を打ち据え、もう一人すれ違いざまに回し蹴りを加える。
遠心力を殺さずに扇子に隠された刃を取りだし、首に突きつける。
「・・・そうですか?」
そう微笑返してやった。




