婚約は波乱の予感 13
普通の淑女を目指してしばらくは、ホップキンスの城で大人しくする・・・はずでした。
現在私は、ダブリス国の誇る要塞城 “白壁の盾”の前に居る。
そして私の後ろには先日ダンスを踊ったこの国第一王子がいらっしゃる。
「ココ、そこでは風邪をひいてしまうよ。こっちで一緒に待とう?」
要塞のようなというか、まんま要塞の体を持つのが我がダブリス国の城だった。
城下の街から離れて建設されたそれは、ダブリスらしさが過多に詰め込まれている。
周囲を約15メートルの城壁に守られ、その合間には大砲が覗き、周囲は軍施設に囲まれているのだ。
城内に入る前には大きな桟橋があり、水深10メートルの堀の中に水が張ってあるがその水は触れてはならない、表面は問題ないが奥深くそれこそ水面10cmを超えて潜るとそこは毒の沼となる。
以前事故でここに落ちた子供がたった数分も経たず命を失った事があるぐらいだ。それからは厳重に管理してきたが、ここにはあまり居たくない。
そしてそんな恐怖の堀の前、用意された豪奢な馬車の中、優雅にお茶を飲んでいらっしゃっる天然。
「お気になさらず・・」
アレクシア王子は、しゅんと寂しげに私を見つめる。そんなまた捨てられた子猫のような目で見られても困ってしまう。
今日は、もう一人の従兄弟のエリオットも居ないのだ彼を諌める相手はいない。
「ココの好きなアーモンドのクッキーも用意してあるよ」
「・・・お心づかい嬉しいのですが」
「まだレヴァンからの使者は来ないよ。さっき様子を見に行かせたからもう少し時間がかかる。だからそんな所で待ってないでここに居よう」
うん、だからね。いくら使者が来なくてもあなたの護衛も兼て私はここに居るんですとは、この天然には言えなかった。
小さな頃から一緒に居る時間が多かったおかげで、この人の美貌にそこまで惑わされないが大きくなっても変わらない天然お人好し体質をどうしたらいいだろう。
「紅茶が冷めてしまうし」
「アレク様、これから来るのはレヴァンからの使者とそして」
「遊学しにきてくれる第4王子の・・・」
「ユーリ・フォン・レヴァン様です。」
遊学という名目の人質様だ。
年齢は15歳で私よりも3歳も下だ。こちらとしては、飛んで火に入るという具合で彼を手ぐすね巻いてまってるバカ共を抑えるのに必死だ。
だからこそ今日、その遊学に来る可哀想な王子様をホップキンス家は、総出で守りに入っているのだ。
彼にもしもの事があればレヴァンとの間で戦火が生まれるかもしれないのだから。
今日の私は、彼を出迎えるためにわざわざ城の外に居るアレクシア様の護衛を担当していた。
「あの・・アレク様は城内でお待ちになられた方がよろしいのでは?」
「ダメだよ。これが代々のしきたりだって父上もおっしゃてたから」
3代前からあるこの人質献上は、城に迎え入れる際にこの国の誠意を示すために王位継承者が送られてきた王族を迎える。
最初に送られてきた王族が姫であってしかも側室として迎え入れられたのがそもそもの要因だからだ。
「ですが」
「大丈夫だよ。それよりも君が僕といっしょにお茶を取ってくれない方が寂しいな」
「わかりました・・・」
はい、折れました。
彼のその言葉に負けて、私は開けられたままの馬車の扉を潜る事になった。ここまで乗ってきた馬車に戻っただけだが。
優秀な侍女が私の分の紅茶を用意してくれるので、ありがたく受け取る。
「・・・ねぇ、ココ。」
「はい」
紅茶を飲み、外に居たおかげで冷えてしまった体を温めよう。
「結婚するの?」
「っ!!ごほっごほっっげほっ」
今まさに飲もうとしていた紅茶が思いっきり気管へ入ってしまった。
まさかのタイミングでとんでもない爆弾をおとしてきたなっこの天然王子。
「大丈夫?熱かったかな」
「っごほ・・いえ・」
淑女らしくない自身の状況をなんとか取り繕う。口元を抑えるためにハンカチを取り出すと侍女が上手いタイミングで紅茶を下げてくれた。本当に助かる。
「もしかして・・・結婚ヤダ?」
苦しいっ・・でも咳はなるべくしたくない。
「いえ・・」
「あぁ、泣かないでココ」
咳を治めようとすると自然と涙が出るのは人間の生理現象です、王子。
「あの・ごほっ・王子?」
「もしどうしても結婚が嫌なら僕がどうにかしてあげるから」
あれー、なんか誤解をしてらっしゃる?
私は必死に私を慰めようとする彼をどうしたらいいだろう。・・うん相変わらず我が従兄弟は美しい。
だけど今欲しいのは、もう一人の従兄弟だった。
お父様・・・何故今ここにエリオットお兄様を置いてくれなかったの。
「私の・・縁談をご存じでしたの?」
「う・・・うん、ただ父上が伯母上と話しているのを聞いてしまったんだ。君をその・・・」
「・・・」
さてと、私の相手は誰なのかしら。
この感じだと相手まで知っている感じですね、アレクシア様。
押し黙った彼が心配そうに私を見つめている。私に通達がないということは、多分まだ本決まりではないのだろうと予想がついた。
「君がもし、もしね、よかったら・・」
彼の言葉は、外から掛けられた侍女からの連絡で最後まで聞く事はできなかった。
レヴァンからの使者が来たというのと、相手は馬車ではなく馬でここまで来ているのでもうそろそろ外で待って欲しいという事だった。
それに了承を応えて、王子が先に馬車の外へと出て行く。
すぐに私に手を差し出してくれる彼に習い、私はその白く綺麗な手に手袋で隠された剣だこのある手をのせる。
「足元に気を付けて」
彼のその言葉に私は頷いておく。
今日のドレスは母が特注したもので中にはたくさんの仕込み武器がある。変な動きをして中の刃で体を傷つけないようにしなければならない。
見た目は優雅で可憐なスミレ色のドレスだがその中身は毒と剣の仕舞われた恐ろしいびっくり箱。
外に出ると既に遠くだが肉眼で確認できるギリギリの距離に数騎の馬が見えその上には何人かの護衛であろう騎士たちが見えた。
その中心に見える少し細いがしっかりとした体躯の人間が見える。
馬を扱う姿は随分と堂に入っている。得意なのかもしれない・・・第四王子で確か側室が生んだ筈のユーリ王子だがそういう教育はしっかりしてたのかもしれない。
彼がどんな人間かは知らないが、彼がこの国に居る3年の間、ホップキンス家は彼の事を守る命令を受けていた。
現王であるエーリッヒ叔父上は彼を戦争の引き金にはしたくないとそうおっしゃられていたからだ。
そのためにも彼を知る事は、第一条件だ。
乗馬が得意なのはいい。もしもの時は馬を与えて逃げてもらえる。
後はその王子自身の戦闘力だなぁとそこまで考えている内に相手は馬を操りやってくる。私ももしものことを考えながら、彼等を迎える体制に入ろうとした時・・・・目があった。そう目が合った気がする。しかも私をみて驚きに見張られたその瞳は金色。
気のせいかしら。
いやでも・・・あの色って。
しかもなんだろう、あちらの纏う空気が変化した?
そして一瞬だが確かに向けられた感情は確かに負に準ずるものだった。憎悪?いや嫌悪・・・違う殺気かもしれない。
「アレクシア様・・決して私の傍を離れないで下さい。そして相手との距離を近づけないでください」
私の言葉にキョトンとした顔をする天然王子様。
「どうかしたの?ココ」
「いえ・・ただ念のためですから」
まさか目が合ってというか視認されて数秒で殺気を向けられたなんて言えない。
「もしかして・・」
ヤバい、必要以上に警戒心を持たれても困る・・・相手との間に溝が生まれてしまう。
第一印象は私には最悪でも、王子にまで伝染させる必要はない。
だって殺気を向けられているは、主に私だと感じるからだ。
「やきもち?」
だーかーらー、なんでこうも同じ血が半分は流れているのに、こんなに違うのかしら。
「違います。」
「大丈夫だよ、ココ。ココは僕の大事なお姉ちゃんで僕の大事な親友で僕の頼れる騎士なのは変わらないよ」
自然と頬が熱くなった。だから、誤解です王子。
「必ずお守りいたします。」
「大丈夫だよ・・・彼と僕は友人になるんだから」
そう微笑むのは、私の主で、私の従兄弟。
ダブリスという軍国家に生まれた最後の良心だ。
そう、彼は知らなくていい。彼が守るのは美しく優しい世界なのだから。




