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普通とはなにか 12

母の言葉は私を茫然とさせるには十分であった。


「普通・・ですか」


今更だろうと思う。だってあなたの娘ですよとそう言いたいのをなんとか堪えるとなぜか視線を感じてそちらをみれば、父もそして兄たちもみんなで無理だと首を振っていた。


「母上・・」


「アイエ・・」


「・・・とにかくココ、手当をしてもらってこい」


そう言ってくれたアル兄上に私は、頷いて席に戻る。

ドロシーが素早く消毒をしてくれてガーゼで止めてくれた後に包帯がものすごい速さで巻かれた。これで終了らしく、彼女は一礼して私の元から離れる。


「ロベルト、ちょっとお話があります・・・あなた達、もうすぐ妹は居なくなるのだから少し兄妹の時間を持ちなさい」


そう兄たちにつげて母が食堂を出て行くと父もまたそれに続いた。

残された私は手当を受け終えてから、二人の兄と対峙した。うん、久しぶりに見ても鮮やかな赤髪だ。

特に上の兄は母と同じというかそれよりも鮮やかな赤である。

母の血は見事にこの二人に受け継がれているが母と同じ緑色の瞳を持つのはこの長兄だけで、その色は母よりも淡い。


「ロン兄様は、お久しぶりですね。お噂はかねがね・・」


「それはお互い様だろう」


そう言う兄上はやはり流石は紅の皇帝だった。ただ互いに立てられてしまった噂が最悪なのだ。


叔父にあたるこの国の国王陛下よりも王らしいとまで言われる容姿を持つ兄、ロレンス兄上は、相変わらずだった。

大きな戦争は起きてなくても小さな小競り合いが多いこの国の中枢を担う国軍将校である兄上は、何故か地方遠征が多い。


理由はたった一つ、その見た目だけで相手が戦意喪失するからだ。


「先日は、レヴァン地方にも行かれてましたよね?」


「あぁ、だがあの時は野党狩りだったしなぁ。フォレスなんて面倒なモノを見つけることはなかった。ただ2年前ぐらいに遠征中に二度、フォレスを利用するバカが居たから根性を叩き直すために稽古をつけたぐらいだ」


「兄上、その者の名は?」


「確か・・・ノーヴァン家の二男と・・・すまない忘れた。」


「ノーヴァンか」


「アル兄上、ご存じですか?」


「・・・・・ちょっと待て・・お前が嫁ぐならコレはもう無意味な話になるぞ」


ロレンス兄上がそう告げる事で話は中断した。


「えっ・・・」


「ロン兄上、本気ですか?」


「お前、あの母上が自分の言ったことを実行しない事があると思うなよ」


私達兄妹は嫌と言うほどそれを実感している。

例えば子供たちの自衛のためにと7歳になってから1年に一度抜き打ちで3日間は山奥に一人でサバイバルさせる親はあの人しか知らない。

10歳を超える頃は他国に一人旅。私の時は、父のたっての願いでこれが遊学という事になったのだが、その際に色々と・・・問題が付随しただけだ。


「お前が普通の淑女になれるかは、わからんがな」


おっと随分なお言葉ですねロン兄上。


「だから普通ってなんですか?」


「俺の知る普通の淑女は、お前のように鞭を振り回し男を調教はしないな」


「そうですね、・・・茶会の席で粗相をしたというだけでどこかの令嬢を平手打ちにもしないですね」


「やってません。」


「でもハゲにしたのは本当だろうが」


「先月の王子の生誕祭で王子の婚約者候補を何人か失神させたのは?」


「・・・・すみません」


どうしてかしら、すべて不可抗力だというのに。

私のせいじゃないと叫びたい。


「頼むから火種で止まっててくれよ。引き金にはなるな」


「ロン兄上っ!まるで私が好き好んで争いごとを起こしているかのように言わないでください。」


そう言い返しては見るが、私自身が自覚がありすぎる事がとても悲しい。

目の前においてある紅茶を一口飲めば、少しだけ落ち着いた。


「まぁ、これは(うち)の家系的なものだからなぁ・・・」


そうロレンス兄上は言った。


「俺なんか、ちょっとかるーく敵を脅してみたら、まるで俺がどこぞの魔王みたいな感じで言われたし」


「・・・兄上、なにを?」


「いや、野党共の処理をレヴァン側から申し出られたんだがどうも癒着っぽい感じがしたから、軽く火で燃やしてみた」


何をだろう・・・それを聞かないといけないのが辛いです、兄上。

野党との癒着を役人の言動から感じとられたのは流石ですが、それを確かめるのに燃やすってなんですか。

他国で何をなさっておいででしょうか。


「兄上」


「人間じゃないぞ。レヴァン側の役所を少し焼いてみた」


「役所っ!?」


一応遠征時には、許可を取っているとはいえ役所を燃やしていいなんて許可は貰ってないだろう。


「野党たちがねぐらにしていた古民家も一緒に焼いてみた」


「・・・兄上、焼いてみたって」


何かの料理をするみたいな軽い口調で言わないでほしい。


「山の中腹で洞窟の中に在ったんだが、この季節でもよく燃えたな」


確かにあなたもまたあの人に血を受け継いでいる。そう言ってあげたい。

一番上の兄上は、多分一番母上に良く似た性質をもっているのだ。普段の言動が天然なので気づきにくいが、母と同じでどこまでも合理主義である。


「癒着しているのが末端なら反応はないと思ってたが面白いぐらい狼狽えていたな。」


「焼き討ちで狼狽えない人間がいないとでも?」


「・・・兄上」


「焼いたのはごく一部だ。民に被害はない、ただ気になる相手だったんだよ・・・、だから脅しも兼てな」


流石は紅帝・・・炎の魔法を使える兄は、その力を存分に発揮する機会が少ない。わざと少ない様にしているのだ。彼の力は争いを引き寄せる。


「国家間の問題になったらどうするんですか、私よりよっぽど兄上の方が火種です」


「面白いぐらいに、べらべらとしゃべってくれたし、脅しも上手くいったが?・・・そう言えば、あの時に手練れを何人か取り逃がした。」


「えっ・・手練れ?」


この兄に手練れと謂わしめる程の相手・・。

一瞬の間もなく脳裏に過ぎる月を溶かした瞳。

あいつかもしれない。


「兄上っそいつ、瞳が鮮やかな金色ではなかったですか?」


「悪いが顔は見なかった。」


「そう・・・ですか」


もしかしたらと思ったが、すぐに母の嫁がせるという言葉が浮かぶ。

私があいつと次に戦う事は、もうないかもしれない。


「とにかく、このままお前がどこかに嫁ぐなら俺もそれなりに準備する。守ってやる・・だから安心していい」


守ってやるとか安心してとか言われるような人間が普通になれると本気で思っていらっしゃいますかと問いかけたい。


「母上を止めてはくださらないの?」


「それが出来るなら、この世界は終わる」


私が嫁ぐ事はもう確定した事なのだ。


「兄上、私が嫁がされるならどこだと思います?」


せめて傾向と対策をしようとそう聞いてみる。


「俺も予想がつかない・・母上の事だ、もしものためにも護身術はしっかりと練習しておけ」


そうですよね。

なにせ火種ですもの。私という存在が何を背負っているかを痛いほど知ってる。


「はい・・・・後ロン兄上、アル兄上・・・私がもしダブリスのためにならない時は、どうぞ切り捨ててくださいね」


私の言葉を兄たちは二人とも正しく受け取ってくれたらしい。

私がホップキンス家の娘である以上は、もしもの時は国を取ってほしい。


この身は既にたくさんの命の上に立っているのだから・・。



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