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父と母と普通の淑女 11

3人での帰還はDのルートを利用したおかげで行きよりも1日早くダブリス国に戻る事ができた。

ホップキンス公爵領に戻った私を待っていたのは、母とそして城いる筈の父だった。


既に報告はグレスがしてくれていたらしい。

逆に私達の帰りが遅かったので、母が父を呼び戻したと聞いた時は背筋が凍った。


旅装束を着替えて、湯あみもせずに呼ばれた食堂に向かう。2週間足らずで戻ってきた城はまるで魔窟だった。


食堂にというのは多分、ここには兄たちもそして父も居る事だろう。

覚悟を決めて、私は静かに食堂の扉を開いた。


キーという音と共に食堂に入れば、そこにはまさかのホップキンス家大集合状態。他国で言えば悪魔の晩餐中だ。


真ん中に居るお父様が気の毒なくらい天使の容姿。

まさにこれから悪魔に食べられる生贄だ。


「ココッ」


と声を上げてこちらに走ってやってくる姿もまた、お父様は美しい。

私と同じプラチナブロンドはカールしていて、柔らかな毛がふわふわと動くたびに揺れる。飴色の優しい色を持つ瞳が私の姿を見て安堵に緩む。

腕を広げる父に、しょうがなく私はその胸に飛び込む。これを拒否すると後々面倒なのだ。

華奢とは言わないが、父は陸軍総司令であるのだがその美しさを武器にした方が断然いい気がするぐらいか弱くていらっしゃった。

その分、その頭脳はある意味母上がこの国でもっとも恐ろしいとまで言った相手なのだ。

そんな父は私を溺愛してくれていた。


「ココっ!!お帰りっ・・・よかった、無事で」


華奢なみかけからは想像できない力で抱きすくめられてしまえば、呼吸さえ止められそうだ。

うん、うん・・・わかったので、離して。死にます。

流石は、腐っても陸軍の総司令官・・・細い腕は全て筋肉で構成されてますね。


「父上・・・ココットが死にそうです。もうそろそろ」


一番上の兄がそう忠告を入れてくれたのでなんとか離されたが、それでも父の瞳は濡れていた。


「あああ、ごっめんねぇ・・僕のかわいい天使」


それはあなたですとは言えなかった。本人は自身を屈強な戦士というカテゴリーに入れたがっているからだ。どう頑張って見繕っても屈強という言葉は似合わないと自覚していただきたい。

そんな父は、母とは違う意味で他国から恐れられている。たしか・・"断罪の堕天使”だったか。


「父上・・ただいま戻りました」


「うん、おかえり」


お母様の美が動なら父は静である。

その微笑は、確かに美しいが作り物めいていて母のそれとは少し趣が違う。

まるで人形のようだというのが形容としてふさわしいぐらいの父が、動いて話す内容はとてもシビアな内容が多い。


「父上・・・そのまずは」


「ロベルトいい加減にしてくださいな。まずはココにこの度の報告をさせなければ」


そう母が告げる。

うん、これはもう大体は私の行動を把握されているパターンだ。

母に呼ばれた父は寂しそうに私から離れて、席に戻って行く。私もそれに続き、食堂の大きなテーブルにつくとドロシーがすばやく紅茶を置いてくれる。


「で・・あなたは貴重な岩塩をダメにして何をしてきたのかしら」


うん、しっかりと報告がされているらしい。

私の報告っていらなくない?とそう疑問に思いながらも口には出さない。


「母上がおっしゃったとおりに」


「何時そんな命令をしましたか?もっとやり方があったでしょうに・・ああいう輩は、たかだが末端を潰しても意味がないと言っているのよ。・・グレスの命を無駄にするその行動を許せるほど私は、あなたを甘やかしてはいません。」


その言葉と共に彼女の扇子が飛んできた。

咄嗟に左手で掴んだが、鉄線が編み込まれたそれを上手くは受け止めれられず手が切れてしまった。


「っ!」


「母上っ」


「やめろ、アル」


アル兄様がたしなめてくれようとしてくれたがそれは、一番上の兄、ロレンス兄様が止めた。

うん、助かった。このままじゃ兄妹二人でタコ殴りになるから。


「あなたがグレスの死を愚弄した事に変わりないの・・わかってたのよね」


そう、私はあの日、あの瞬間・・自身の感情だけで動いた。

私には自覚がある。それでも・・あの時私は、私の心を抑える事が出来なかった。


「はい」


「失望したわ、ココット」


「っ・・申し訳ありません」


「ホップキンスを穢したあなたをこのまま娘としてここに置くことはないわ。・・・・近日中にはあなたをどこかに嫁がせる。わかるわね」


「っ・・・」


母の言葉に驚きを隠せないのは私ではなく兄たちと父だったらしい。


「ちょっと待って、アイエっ僕の天使を嫁がせるなんて」


「母上、いくらなんでも急過ぎです。それにココは、まだあの子自身が進めたい農法を試し始めたばかりです。」


「母上っお待ちくださいっ」


と三者三様の反論を母は、パンッと手を叩く事だけで留めてしまう。

流石は赤のニケ。


「この子が浅慮でしでかした事を、自身に責任を取らせるのは当たり前ですわ。そして・・もうそろそろと思ってましたから」


「なんでっ、この子は別に」


「ロベルト・・・お分かりいただけてませんの?この子は」


「わかってる、だからこそ・・この子を守るためには」


「どこに嫁がせても火種になる子です。」


おっと正直にそう言われると心が痛いです母上。

血が流れる左手をドロシーが手当を始めようと動き始めている。ついさっき膝においたナプキンが血がおちた。


「だから、そうならない場所を作ると言っているだろう。」


「無理ですわ。この国のバカ共の頭を全て体から切り離さない限りは、この子はどこに居ても同じ・・・ただの火種です。」


実の母から聞かされる自身の評価が火種ってどうなのかしら。

ドロシーが手巾を持ってきてくれて、血の流れる手を抑えてくれる。


「ココ・・あなたは、もうホップキンスではなくなる。それを自覚してこれからどうしなければならないか、よくお考えなさい。」


そう言い切った母はやっと大きなため息を吐いた。


「此度の件・・・私も予想外でした。フォレスと呼ばれる薬は、あなたを行かせたレヴァンではなくルーモン国の方から流れてきているとばかり・・・まだ薬物のルートが確立されていないのなら、潰すのはたやすいと甘くみたこの母の誤りです。ですが、あなたはおかしいと思いませんでしたか?グレスがたかだか薬物を密輸するような輩にやられるなど」


「・・・はい・・あのそう言えば」


今の今まで忘れていたもの。

最後に託されたカフス。胸元に隠して入れておいたそれは、湯を使っていないので胸の中にあった。


「なんです?」


「ちょっと失礼します。」


母や兄と父に背を向けて現在来ているレース生地のドレスの胸元を開く。

私の行動に驚いたのは傍で見ていたドロシーだけだった。

そのまま胸の谷間に突っ込んだままだったそれを取り出す。

私の行動に眉を顰めながらも、母はなにも言わなかった。なぜならこの隠し場所を私に教えたのは母だからだ。


「お嬢さま」


「よいしょっ」


赤いカフスは、無事にあってそれを掌にのせて母の元へと行く。


「あなた・・・それを取り出すのはいくら家族であっても男性の居ない場所でやりなさい。はしたない」


母がそうたしなめてくれる。母が差し出した掌には明らかに淑女にはない剣だこがたくさんあった。

彼女はこの家以外では常に手袋を着用している。

小さな掌にそっとカフスをのせれば、母は驚きの表情を浮かべながら、そのカフスを一部なぞって分解する。

その様子を見ていた私に、やっと母は、よく戻りましたと言ってくれた。


「よく持ち帰りました。これの事はあなた以外には?」


「えっ・・はい」


確かに、なぜか一緒にいた二人の仲間にもなにも伝えてなかった。


「ありがとう・・・ほんとグレスらしい」


「少し入り組んだ暗号があるから・・・これの解読まではあなたを謹慎処分とします。それまで精々嫁入り修行をなさい。刺繍は覚えていて?」


「母上が教えてくれた方なら」


母が教えてくれたのは、刺繍で暗号文を作成しそれを解読するための方法だけだ。

普通の刺繍なんて知らない。


「なら、ドロシーにでも習いなさい。ココ・・・あなたは、もうホップキンスではなくなるの。普通の淑女になりなさい。」


母はどこか寂しげに笑った。



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